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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
第二章
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第三十七話


「準備は良いか?」


大聖堂前でセーレは確認するように、マナの顔を見た。


「大丈夫。ペンダントは付けたし、色々準備もしてきたよ」


普段より僅かに膨らんだ鞄を撫でながらマナは頷く。


確認した訳ではないが、アレの中身は対悪魔用の道具だろう。


シュトリ相手にどれだけ通用するか分からないが、無いよりはマシだ。


「よし、俺の手を掴め。一気に転移を…」


「ちょっと待ってー!」


甲高い声と共に、ドタドタと喧しい足音が聞こえた。


今まさに転移しようとした態勢のまま、不機嫌そうにセーレは振り返る。


「私も! 私達も連れて行って下さーい!」


見覚えのある三姉弟を見て、セーレが露骨に顔を顰める。


「あなたのことを法王様に聞いたのよー! お願い、私達も一緒に転移して!」


どうやら、法王ヴェラはマナの我儘にセーレが付き合うこともお見通しだったようだ。


マナ達だけでは心配だと思ったのか、お守りだけでなく援軍まで用意していた。


「誘拐された子を助けるなら、きっと私の権能が役に立つと思うわよ?」


頭上に浮かんだ光の輪を指差しながらテレジアは笑う。


テレジアの権能は『神の光輝』


悪魔を断ち切る光の輪は、七柱にも通用するレベルかも知れない。


戦力としては十分だろう。


「あなたは、セシールを知っているんですか?」


「…? 知らないわよ。だけど、困っている人を助けるのに理由は要らないでしょう?」


マナの言葉に、テレジアは平然と答えた。


まるで、当たり前のことを聞かれて不思議がるように首を傾げる。


迷いなくそう言い切るテレジアにたじろぐマナを、弟達は苦笑を浮かべて見ていた。


「違う?」


「…いえ、違いませんね。よろしくお願いします」


嬉しそうな笑みを浮かべ、マナはテレジアの手を取った。


「転移するのは俺なんだけどな………まあ、契約者様が良いなら良いか」


ややつまらなそうにそれを見ていたセーレは呟く。


「それじゃ転移するから全員俺に近付いて…って、熱い! そこの天使っぽい娘! 貴様の輪っか、超熱いからあんまり近づけんな!」


「え? おかしいな。この光は、悪魔にしか効かない筈だけど…?」


「とにかく今は消しとけ。行くぞ………『転移』」








「………」


セシールは瓦礫に気を付けながら、薄暗い空間を無言で歩く。


今、抵抗するのは得策ではないと判断し、大人しくシュトリに従っていた。


それでも感情は抑えられないのか、ずっとシュトリを睨んだままだ。


「そんな睨まないでくれよ。こうして二人きりになるのは初めてじゃないか。パパに何か聞きたいことでも無いのかい?」


「…私をどこへ連れていく気だ」


「君に会わせたい子がいてね。大丈夫、素直で可愛い子だから仲良くやれると思う」


温厚な笑みを浮かべて、シュトリは暗がりの中を迷いなく進む。


(会わせたい子? サロメとは別の誰かが、ここに?)


ここへセシールを連れてきたサロメはもうこの場に居ない。


何か準備があるとかで、いつの間にか消えていた。


「…あと、私の親を名乗るのはやめろ。私の親は、セシリア=トリステスだけだ」


「何と。親を親とも思わない発言である。コレが噂に聞く反抗期と言うやつか」


何やらショックを受けた様子で、シュトリは大袈裟に驚いてみせる。


「人間の少女は十代後半から父親を毛嫌いすると言うが…何てことだ。いっそ成長などせず、永遠に幼いままなら反抗期など来ないのに………そうだ」


そこまで言って、シュトリは名案を思い付いたとばかりにポンと手を叩いた。


セシールはそれに嫌な予感がして、一歩後退る。


「幼女になーれ! シュトリ☆ビーム!」


「ちょっ!? うわぁぁぁ!?」


馬鹿馬鹿しい掛け声と共に、シュトリの指先から暗い光線が放たれた。


慌てて身を屈めたセシールの頭上を掠めて、怪光線が闇の中に消えていく。


「何するんだ! 本当に何しているんだ!? 洒落になってないぞ!?」


恐怖のあまり少し泣きながらセシールが掴みかかる。


直撃したら幼女になるビームとか笑えない。


それを気まぐれであっさり娘に放つシュトリの思考が本気で分からない。


「…あ、よく考えたら我輩の悪法で肉体が若返っても、精神は若返らないんだった」


「コイツ…! コイツゥ…!?」


いけしゃあしゃあとそんなことを言うシュトリを本気で殺したくなるセシール。


怒りに震えるセシールを宥めながら、シュトリは前を指差した。


「まあ、そう興奮しない。目的地には着いた」


「目的地…?」


言われてセシールも前を向いた。


薄暗く広い空間の中に、白くぼんやりと浮かび上がる物が見える。


「………女の子?」


眼を凝らしながら、セシールは呟く。


遠目でよく見えないが、それは少女だった。


暗闇で光る奇妙な素材で作られた白い服を纏った少女。


年齢はセシールとそう変わらないように見える。


幽霊のように肌が青白く、痩せ細った身体は不健康そうな印象を受ける。


下半身には何か別の素材の服を着ているのか、光る上半身のみが闇の中で光っていた。


「彼女の名はシャックス。我輩の友人だ」


「シャックスって…」


どこかで聞き覚えのあるその名前に首を傾げた時、その少女がこちらに気付いた。


ゆっくりと近付いてきた少女を見て、セシールは硬直する。


「…?」


小首を傾げる姿は、どこにでもいる町娘と変わらない。


だが、シャックスには普通の町娘とは決定的に異なる所があった。


下半身が、無いのだ。


セシールは最初、シャックスの下半身が闇に隠れていただけだと思っていたが、それは違った。


否、シャックスの胴から下は確かに存在する。


存在するが、それは人の物とは形が異なった。


骨とは違う質感を持つ黒い殻。


四方に伸びる細長い四本の足。


まるで巨大な蜘蛛の頭部に、少女の上半身のみを繋げたような異形だった。


「ッ…!」


そこでようやくセシールは思い出した。


シャックスとは、セシールが以前読んでいた本に記されていた悪魔の名前。


「『怠惰』のシャックス…!」


七柱の一体だった。

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