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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
第二章
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第三十五話


「マナ様ー!」


大聖堂付近で傷付いた人の治療をしていたマナは、セシールの声を聞いて顔を上げた。


こちらへと駆けてくるセシールの顔を見て、安堵の息を吐く。


「セシール。無事だったみたいね」


「ええ、何とか…」


肩に巻いた包帯を撫でながら、セシールは呟く。


「肩、怪我しているの? 待って、治療してあげるから」


「いえいえ、このくらい大丈夫です」


手を振り、セシールは何かを探すように周囲を見渡した。


大聖堂前には怪我をした者が集まり、信徒達の治療を受けているが、その中に探し人はいなかった。


「セーレなら少し出掛けているけど?」


「あ、いえ。セーレではなく、少し探している子がいて」


遠くを指差すマナに対し、セシールは困ったような顔を浮かべる。


見失ったサロメがここにいると思ったのだが、どうやら当てが外れたようだ。


だとすれば、一体どこに行ってしまったのだろうか。


「…? どんな子?」


「えーと、額に包帯を巻いたマナ様と同じ蜂蜜色の髪の女の子です」


「私と同じ…?」


自分では想像が出来ないのか、首を傾げるマナ。


その顔を見ていると、サロメの顔が重なる。


やはり、サロメの顔はどこかマナに似ていた。


「特に酷い怪我をしているようには見えなかったので、元気ならそれで良いのですが…」


一緒に姉を探すと言う約束を守れなかったことが少し心残りだった。


そう言えば、名前だけでサロメのことは何も聞いていない。


聖都に住んでいる子だろうが、名前には聞き覚えが無かった。


「名前はサロメと言うのですが、マナ様はご存知ですか?」


自分と違って顔の広いマナなら知っているだろうか、とセシールは言った。


軽い気持ちで言った言葉だったが、マナは何故かそれに過剰に反応した。


「サロ、メ? 本当に、本当にその子はサロメって言ったの!?」


震えながら、マナはセシールに詰め寄った。


「ど、どうしたんですか? サロメとお知り合いでしたか?」


今まで見たことないほど、取り乱すマナにセシールは困惑した表情を浮かべる。


「サロメは…サロメは、私の…!」


「―――私の、何ですか?」


その時、興奮するマナを遮るように冷たい声が聞こえた。


怪我人達の声で騒がしかった周囲の音が急に止み、痛いほどの静寂が包み込む。


人々は皆、たった一人の少女の雰囲気に呑まれていた。


蜂蜜色ハニーブロンドの髪に逆十字の髪留めを付けた少女。


額や左足に包帯を巻き、消毒液の臭いを漂わせている十三歳くらいの幼い子供。


サロメは、子供とは思えない冷ややかな笑みを浮かべてマナを見ていた。


「サ、サロメ、なの…?」


「ええ、そうですよ。久しぶりですね」


動揺するマナに対し、サロメは少しだけ年相応な笑みを浮かべる。


「サロメ、君は一体?」


「私はサロメ。サロメ=グラース」


にこり、とサロメは満面の笑みを浮かべて言った。


「マナ=グラースの実の妹ですよ」


サロメは子供らしい笑みを浮かべながら、そう告げた。


その言葉に、マナは感極まったようにボロボロと涙を流し始める。


「サロメ! ひっく…サロメ、私…! 一年前にサロメが殺されたと思ってて…!」


「一年前? ああ、父さんが死んだ時ですか」


泣きながら妹を抱き締めるマナに、サロメはどこか冷静に返す。


妙だ、とセシールは思った。


マナから家族の話は聞いている。


父親と妹が一年前に悪魔に殺され、そのことをマナが深く後悔していたことも聞いている。


死んだと思っていた妹が生きていて、感涙するマナに対し、どうしてサロメはここまで落ち着いている。


生きていたなら、何故今まで顔を出さなかった。


「姉さんは何も知らなかったんですね。一年前のこと。父さんのこと。何も、何一つ」


「…サロメ?」


「それもそうか。姉さんは使徒に選ばれて、人間では無くなったのだから。人間だった頃の家族の気持ちなんて分かる筈も無いですよね?」


サロメはそう言うと、笑みを浮かべた。


しかし、それは先程までとは明らかに性質の異なる悪辣な笑みだ。


サロメの責めるような言葉に、マナは罪悪感から俯く。


「父さんを守れなかったことを怒っているのね。それは確かに私のせいよ。そのことに関して私は言い訳しないわ」


抱き締めていたサロメから手を離し、頭を下げるマナ。


それを見て、サロメは口元を歪めた。


「守れなかった? 何から? 誰から? まさかとは思いますけど、姉さんは父さんが悪魔か何かに殺されたと思っていませんか?」


笑っているような怒っているような複雑な表情で、サロメは言う。


身に秘めた激情を抑えるように震えながら、サロメは言葉を続ける。


「父さんを殺したのは………姉さんですよ」


「――――――」


その言葉に、マナは頭が真っ白になった。


何も考えられなくなった。


地面が無くなってしまったかのように、足下が不安定になる。


「全部姉さんのせいなんですよ。父さんが死んだのも! 私がこんな風になったのも! 全部全部全部!」


明確な憎悪と殺意を宿らせて、サロメがマナを突き飛ばす。


力無く倒れるマナを見て、慌ててセシールが前に出た。


「何をする…!」


「関係ない人は引っ込んでいて下さい………と言いたい所ですが、そう言えばあなたにも用事がありました」


マナを庇うセシールに対し、サロメは嗜虐的な笑みを浮かべた。


人差し指で空間に文字を描きながら、歌うように唱える。


箱舟の章(アルシュ)。第七節展開」


「第、七節だと…!」


並の使徒でも使用できない上位法術に、セシールは戦慄する。


驚くセシールの前で、サロメを包み込むように光の陣が浮かび上がった。


「第七節が何か知っていますか? それは転移。遠い距離を一瞬で移動する『箱舟』です」


「何で使徒でも無いのに、こんな…」


「使徒とか使徒じゃないとか、それはあなた達が決めた基準でしょう? そもそも、あなた達は使徒や法術をどれだけ理解したと言うのですか?」


光の陣は段々と大きくなり、それはセシールさえも包み込んでいく。


「ッ! 私まで…!」


セシールは急いで光の陣から出ようとするが、足が動かない。


一度光の陣に捕らわれると、身動きが取れなくなるようだ。


「箱舟への乗車賃は『血』です。あなたからは怪我を手当てした時に少しだけ回収させてもらいました」


「まさか、最初からその為に私に…!」


「ええ。シュトリとの契約の為にあなたが必要なんです。一緒に来てもらいますよ」


全て計画が順調に進んでいることに笑みを浮かべ、サロメは視線をマナへ向けた。


「サロメ…!」


「キ…キャハハ! 良いですね、その顔! 罪悪感と怒りが合わさって言葉になりませんか! 姉さんのそう言う素直な所が昔から好きでしたよ! キャハハハハハ!」


童女のように嗤うサロメ。


それは外見相応だが、滲みだした悪意は常軌を逸している。


「私達はこれよりシュトリと待ち合わせている『ゴモラ』へ向かいます。七柱のかつての本拠地。追ってきたければ追ってくると良いでしょう」


そう言い残し、サロメは完全に光の中に消えた。

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