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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
幕間
27/108

第二十七話


聖地『エノク』


賢者カナンの旅の始まりの地。


元々は普通の村人だったカナンはこの地で神の力を授かり、救世の旅に出たとされる。


ケイナン教では聖地と評される場所だが、聖都に比べればこれと言って珍しい物は無い。


豊かな自然に囲まれた、それほど大きくもない村。


村を横断するように大きな川が流れており、近くには名産品である葡萄畑が広がっている。


聖地と呼ばれるだけあって、ケイナン教関係の施設が多いが、それを除けばごく普通の村だ。


「思ったより、退屈な村だな」


「私の故郷を悪く言わないで下さいよ…」


村に転移して早々に失礼なことを言うセーレに、マナはため息をつく。


「前に来た時はもう少し…」


「以前、来たことがあるのですか?」


「………」


マナの言葉にセーレは首を捻る。


転移出来ている為に以前訪れたことがあるのは確実だが、それがいつのことだったか思い出せなかった。


村の景色に見覚えが無い為、風景が一変する程度には時間が経っているようだ。


「…昔のことはあんまり覚えてねえんだよ」


(特に生まれたての頃は自我も無かったからな…)


思い出せないことを不快に思いながら、セーレは内心吐き捨てる。


今でこそ人間と変わらない知性を持っているが、生まれてすぐの頃は虫並の知性しか持っていなかった。


ハッキリと『自分』を自覚したのがいつの頃か覚えていない。


「そんなことより、見られているぞ。聖女様」


「え…?」


「マナちゃん! マナちゃんじゃないか! 来てくれたんだね!」


セーレの言葉にマナが首を傾げた時、男の声が聞こえた。


年齢は三十代後半と言った所だろうか。


ずんぐりむっくりとした小太りの男だ。


周囲にいる村人達よりも幾らか身なりが良く、足下には毛並みが綺麗な黒い犬を連れている。


「あ、村長さん。お久しぶりです」


「久しぶり! 元気にしていたかな?」


人の好さそうな笑みを浮かべ、村長はマナの手を握る。


それから隣に立つ仮面の男に視線を向けた。


「マナちゃん、こちらの方は?」


「え、えーと、セーレさんは何と言ったら良いか…」


素直に悪魔ですと紹介する訳にもいかず、マナは言葉を濁す。


誤魔化す言葉を考えるが、嘘が苦手なのかもごもごと口を動かすだけだ。


「はじめまして。私はマナ様の従士を務めさせていただいている、セーレと申します」


「!?」


営業スマイルと共にそんなことを言いだしたセーレに、マナは思わずギョッとなる。


そんなマナには気付かなかったのか、村長は不思議そうに首を傾げた。


「従士さん? マナちゃんの従士さんは女性の方じゃなかったかい?」


「使徒様の従士は一人とは限らないのです。優秀な使徒には何人もの従士が志願することもある」


「へえ、やっぱりマナちゃんは凄かったんだねぇ。おじさんも鼻が高いよ」


納得したように何度も頷く村長に、セーレは口元を愉悦に歪める。


ふと、そこで気付いたのか村長の連れている黒い犬へ目を落とした。


「綺麗な犬ですね」


「おお、そうだろう? 全然吠えない大人しい犬でねぇ。名前はノラースって言うんだよ」


「………」


セーレは口元に笑みを浮かべたまま、ノラースへ手を伸ばす。


頭を撫でようと近付く手を見て、ノラースは嫌そうにセーレから離れた。


「おや? 珍しいな、コイツが嫌がるなんて。気を悪くしないでくれ」


「いえいえ、昔からどうも動物には嫌われる性質でして。気にしておりません」


楽しそうに笑いながらセーレは手を振った。


「何もない所だが、楽しんでくれよお客人。それじゃ、マナちゃんは後でウチに来てくれるかな?」


「はい。すぐに向かいます」


愛想のよい笑みを浮かべてそう言うと村長はノラースを連れて去っていった。


その姿を見送った後、マナは恐る恐るセーレの様子を伺う。


「…そんな丁寧な口調で喋ること、出来たんですね」


「何年生きてると思っている。契約者に合わせて態度も口調も変えるのが一流の悪魔と言う物だ。願いの為なら奴隷のように尽くすぜ、俺は」


セーレは堂々と胸を張りながら言った。


変な所で生真面目と言うか、律儀と言うか。


マイペースに見えて、空気を読んだり、相手に合わせたりすることも出来るらしい。


「ところでさっきの奴が貴様を呼びつけた者か」


「ええ、村長さんです。何でも、娘が病気みたいで」


「何? 死にそうなのか?」


マナの言葉にセーレは訝しげな表情を浮かべた。


聖都のマナを呼びつける程の重病にしては、村長もマナも落ち着いていたからだ。


「いえ、命に関わる程の病では無いそうですが…心配なので、そろそろ向かいましょうか」


そう言って歩き出すマナ。


真っ直ぐ村長の家へ向かう姿を眺めながら、セーレも後に続いた。


(それにしても…)


村長とマナの言葉に違和感を感じつつ、セーレは先程の村長を思い出す。


見るからに人の良さそうな男。


表情にも言葉にも何の悪意も無い一般人。


「退屈な村だと思ったが、少しは楽しめそうか?」


セーレはそう呟き、ひそかにほくそ笑んだ。








結論から言って、村長の娘は大した病気では無かった。


少しばかり重い風邪をひき、高熱と咳が出ていた程度であり、放っておいても数日で治っていただろう。


「マナさん、ありがとー!」


村長の家の寝室にて、マナの法術で瞬く間に完治した娘が言った。


セーレが思っていたより年齢は幼く、ギリギリ十代に入ると言ったところ。


透き通った小川を思わせる青のワンピースに身を包み、魚を模した首飾りを付けている。


病み上がりの為、少々顔色が悪いが素朴で可愛らしい笑みを浮かべていた。


「リタ。元気になって良かった」


知り合いだったのか、マナは心から安堵したように息を吐く。


元気になったリタの頭を愛おしそうに撫でていた。


「………」


そんな穏やかな雰囲気が嫌なのか、セーレは暇そうにマナから回収したアンケート用紙を眺めている。


羊皮紙にびっしりと書かれた質問とマナの解答を覗き込み、見辛そうに眼を細めた。


しばらく唸った後、セーレはぽつりと呟く。


「字が汚ねえ」


「なっ!?」


「字が下手くそ過ぎて何て書いてあるか読めん」


ほらここ、と指差すセーレにマナの顔が段々と赤くなっていく。


「し、仕方ないじゃないですか! 小さい頃は家の手伝いとか忙しくて、文字の勉強なんて出来なかったんだから!」


文字をまともに読み書き出来ないことが恥ずかしいのか真っ赤になって叫ぶマナ。


「これでも使徒になってからいっぱい勉強して一人で本読んだり、手紙を出したり出来るようになったんだからね!」


「あ、ここの文法間違ってるぞ」


「本当だー。マナさん、文字はきちんと書かないとダメだよー?」


よりにもよって間違った所をリタに見せるセーレ。


幼馴染の少女から向けられた憐れみの視線に、マナの目が潤む。


と言うか既に半分泣いていた。


「う、うう…頑張って書いたのに…」


「あ、ここも間違っているぞ」


「もうやめてってば!?」


まるでセシールのようにセーレにイジメられてしまうマナ。


完全に泣きが入っているマナを見て、セーレはサディスティックな笑みを浮かべている。


「ところで、あなたはどちら様ー?」


「俺はセーレ。よろしくな、魚娘」


「私、リタ! よろしくー!」


徹底的にイジメられたマナとは裏腹に、リタには意外な程に朗らかに接するセーレ。


マナは思わず不満そうに、ジト目でセーレを睨む。


「…エリの時もそうでしたけど、セーレさんって意外と子供には優しいんですね」


「子供は欲に忠実だからなぁ。人間は歳を取る程に理性って蓋で欲を抑えたがる」


意外な一面に見えたが、そのスタンスはブレないようだった。


「あ! お父さんだー!」


その時、リタが嬉しそうな声を上げた。


「リタ、元気になったんだな!」


家に帰ってきた村長は元気になった娘に笑みを浮かべた。


「マナちゃん、リタを治してくれてありがとう!」


「いえいえ、使徒として当然のことをしただけですから」


当然のこと、とマナは答えた。


謙遜ではなく本気でそう言っていることは、セーレだけではなく村長もよく分かっていた。


ますまず笑みを深める村長の後ろから、少し痩せた若い男が顔を出す。


「あれ? あなたは確か…」


「マナちゃん。悪いんだけど、彼の怪我も治療しては貰えないかな?」


そう言って村長は男の足に目を落とす。


右足をやや引き摺るように歩いている為、怪我しているのはそこだろう。


「構いませんよ。傷を見せて下さい」


「悪いね…」


笑みを浮かべて拝むように村長は頭を下げた。


腰を下ろした男の足を診ながら、法術を使うマナ。


(また、大した怪我じゃねえな…)


鎌か何かで切ったのか、足の怪我は確かに痛々しいが治らない傷じゃない。


引き摺りながらでも歩ける程度の大怪我とは言い難い傷だ。


(…ふん)


傷を熱心に治すマナと、それを見守る村長をセーレは冷めた目で眺めていた。

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