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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
幕間
26/108

第二十六話


「……ッ…」


聖都から遠く離れた町に、一組の男女がいた。


昼間だと言うのに、暗がりで抱き合う恋人同士。


身なりの良い中年男性と、若く美しい容姿の女性だ。


「こんな所で盛っているんじゃねえよ、オッサン」


そんな二人を好色な目で見ながら男達が近づく。


彼らは、例えるならハイエナだろうか。


路地裏を縄張りとして、そこに迷い込んだ者から金と女を奪う無法者。


「オッサン、金と女を置いて逃げれば命だけは助けてやるぜ」


「十秒やるから選びな」


見知らぬ余所者を殺したことさえある人でなし達はナイフを手にして笑う。


自分達こそが狩人に違いない、と。


見慣れぬ中年が地面に倒した女性を既に手に入れたつもりで見つめる。


「…あ? その女…」


地面に仰向けに寝転ぶ女の顔を見て、男は首を傾げた。


思った通り、若く美しい女だが、様子がおかしい。


顔は異常な程に高揚し、眼はどこか虚ろだった。


まるでヤバい薬でもやっているかのように、呼吸も荒い。


「我輩は悲しい」


身なりの良い中年が唐突に言葉を発した。


向けられたナイフが見えていないかのように、男達へ近付いていく。


「君達はそんな玩具を握らないと安心できない程に心が荒んでいるのだな」


「おい、それ以上近付くな! このナイフが見えねえのかよ!」


「コレはもう修復不可能である。君達の心は、もうどうしようもない程に捻じ曲がっている」


異様な雰囲気を感じ取り、ナイフを振り翳す男達。


それを避けながら、身なりの良い中年は彼らの肩に触れた。


「このオッサン、ぶっ殺して……あぁ?」


「な、何だ? 身体が、俺の身体が…!」


肩に触れられた瞬間から、男達の身体に異常が現れる。


黒い霧を吹き出しながら、身体が小さくなっていく。


「無垢な子供からやり直し給え。今度こそ、幸福な人生を送れることを願っているよ」


人の好さそうな笑みを浮かべて中年男性、シュトリはそう言った。


その言葉に応える者は、もう路地裏に誰もいなかった。


「おぎゃあ、おぎゃあ…!」


「ああ、礼には及ばないよ」


路地裏に場違いな子供の泣き声に、シュトリは笑った。


彼らの遺した服で赤子達を包んだ後、虚ろな顔で地面に倒れる女を見下ろす。


「待たせて済まない。幸せな夢の続きを見せてあげよう」


焦点の合わない目で虚空を見つめる女に向かって手を翳すシュトリ。


死ぬまで覚めない幸福な夢を見せようと、手から魔性を放つ。


「―――やっと見つけましたよ」


その直前、背後から少女の声が聞こえた。


「色欲のシュトリ。貴方をずっと探していました」


泣き喚く赤子にも、倒れた女にも、目を向けず少女は真っ直ぐシュトリへ近付く。


「我輩のことを知っているのかな? お嬢さん」


「ええ、どうしても貴方に助けて貰いたいことがあるのです」


「いいよ。今は娘に振られて、暇している所だからね」


少女の言葉に、シュトリは特に考えもせずに頷いた。


やり方は間違っているが、シュトリは人間を幸せにする為に行動している。


内容がどうあれ、人間の求めに答えるのは嫌いではない。


「では契約を。末永く、よろしくお願いしますね」


少女はそう言うと、笑みを浮かべた。


シュトリがこう思うのもおかしいが、それはまるで悪魔のように冷たい笑みだった。








「コレは、中々良い物だな。収集家の血が騒ぐ」


聖都にある骨董店の前で、セーレは興味深そうに呟いた。


百ミナと値札に書かれた壺や、三百五十ミナと書かれた絵画を手にしては、感心したように唸る。


「ほう、アンタ分かるのか?」


「ああ、どれも作り手の感情や思いが表現されている。コレは良い。実に勉強になる」


強欲の悪魔としての収集欲だけでなく、人間への理解を深めることにも繋がるとセーレは上機嫌に笑う。


懐から大量のミナ金貨が入った袋を取り出し、店主へと投げた。


「ここからここまで貰っていく。これだけあれば足りるだろう」


「…確かに。こんな大金をポンと払える辺りアンタは使徒か貴族なのか?」


「そんな所だ」


パチンと指を鳴らすと、店に並んでいた骨董品が殆ど消えた。


店主はそれを見ても特に驚いた顔はしていない。


セーレのことを使徒だと思い込んだらしい。


「セーレさん?」


コレクションが増えて機嫌のよいセーレの耳に聞き覚えのある少女の声が聞こえた。


「お? 聖女様じゃないか。やっぱり、アンタ使徒だったのか」


セーレより先に、店主が納得したように言った。


「こんにちは。えと、以前どこかでお会いしましたか?」


「いやいや、俺が一方的に知っているだけだよ。アンタ有名人なんだぜ?」


苦笑しながら店主はマナに我が子を見るような優しい眼を向けた。


「使徒様はあんまり俺達みたいな凡人には関わろうとしないが、アンタは忙しい店を手伝ったり、怪我をした人の治療をしたり、よく助けてくれるから皆、感謝しているんだよ」


「あはは…私の力が未熟で悪魔と戦えないから、少しでも役に立とうとしているだけですよ」


力不足を恥じるように笑うマナ。


恐らく、本気で自分は大したことはしていないと思っているのだろう。


この程度で感謝されることに罪悪感を感じている程。


他人の為に行動することを当然と思っている節もある。


生粋の奉仕体質。


人間離れした禁欲主義ストイック


セーレは思わず舌打ちをした。


「…ん? おい、聖女様。その手に持っているのは何だ?」


「コレですか?」


セーレに尋ねられ、マナは手にした白い紙を開く。


「故郷からの手紙です。少し帰ってきて欲しいって」


困ったような笑みを浮かべてマナは言った。


故郷と言うのがどこにあるのか知らないが、そう簡単に帰れる距離ではないのだろう。


マナにも使徒としての立場がある。


任務以外で聖都を離れる訳にはいかないのだ。


「あ、それよりアンケートを書き終わったので渡しに…」


「聖女様。貴様は故郷へ帰る手段が必要か?」


びっしりと書かれた羊皮紙を渡そうとするマナの言葉を遮り、セーレは言った。


顔には悪童のような笑みが浮かんでいる。


「瞬く間に千里を駆け、日の落ちる前に聖都へ帰還する乗り物が必要か?」


「!」


「俺は機嫌が良い。今なら運賃は、そのアンケート用紙だけで良いぞ」


マナが故郷を心配しているのを見抜き、セーレは自分が連れて行くと提案した。


強欲の悪魔にあるまじき、破格の条件で。


当然ながら善意ではない。


マナの人間性、禁欲性の根源を知る為に、その故郷に興味を抱いたからだ。


都合の良いことにセシールも傍にはいない。


「あ、ありがとうございます。お願いします」


セーレの思惑には気付かず、マナは笑みを浮かべて頭を下げる。


「それで? 故郷はどこだ?」


話は纏まった、とセーレは故郷の名を聞く。


コレでセーレの知らない場所だったなら、笑い話にもならない。


セーレは一度行ったことのある場所にしか転移出来ないのだ。


「『エノク』です」


「何だと…?」


エノク、その名を聞いてセーレは眉を顰める。


その名前は、ケイナン教徒にも悪魔にも強い意味を持つ。


聖都が賢者の旅の終着点だとするならば、エノクは出発点。


賢者カナンの生まれた地だからだ。


(カナンに匹敵する程、膨大な魂を持つ娘の出身地がカナンと同じ? 偶然か?)


やや不審そうな表情をしながらも、セーレは悪法を発動させる。


驚いたが、エノクには昔一度だけ行ったことがある。


転移するには問題が無かった。


青白い粒子が二人を包み込み、次の瞬間には姿を消した。

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