第二十五話
「『どうしても叶えたい願いがある』…ノー。『この世で最も大切な物はお金だ』…ノー」
「さっきから何書いているの?」
ブツブツ呟きながら羽根ペンを走らせるマナに、ヴェラは尋ねた。
「コレですか? セーレさんに頼まれまして」
そう言うとマナは書き途中の羊皮紙をヴェラに見せる。
それほど大きくない羊皮紙にはびっしりと質問が書かれており、横にはマナの回答が書かれていた。
「願いを叶える上で参考にするとか何とか…」
言いながら、マナは再びアンケートに答える作業に取り掛かる。
質問の量が多い為に、割と手間が掛かりそうだが、真面目なのか根気があるのかマナは特に気にした様子もなく一つ一つ丁寧に答えている。
(マナさんもそうだけど、セーレさんも妙な所で真面目よね。コレ、作る方も大変でしょうに)
立場の割に物臭な所があるヴェラは、羊皮紙を覗き込んで苦笑する。
自称『誠実で職務熱心な悪魔』のマメな一面を知り、呆れるやら感心するやら。
「『もし三つだけ願いが叶うとしたら何を叶えたい』…三つか」
質問を口ずさみながら、頭を悩ませるマナ。
「『セシールが幸せになりますように』『故郷が平和でありますように』………うーん、三つか」
てっきり三つしか叶えられないことに悩んでいるかと思えば、逆だった。
マナは願いが三つも思いつかなくて悩んでいるようだ。
二つ出した願いにも自分が一切関わってない所がマナらしい。
「何か無いの? 欲しい物とか、成りたい物とか」
「うーん…ヴェラさんはどうですか?」
「私?」
キョトンとした顔でヴェラは呟く。
まさか自分に質問が来るとは思わなかったが、真面目に考えてみる。
(美味しい物を食べたい…人に叶えて貰う願いじゃないなー。自由に遊べる時間が沢山欲しい…マナさんに比べて俗物的過ぎるかしら…?)
うんうんと唸りながら頭を捻るヴェラ。
そんなヴェラをマナは真剣な表情で見つめていた。
どこか急かされているような気がして、ヴェラは慌てて口を開く。
「お、お嫁さんになりたい、とか………どうかしら?」
言ってからコレは無い、と自分でも思った。
かれこれ五百年近く生きてきて、何を少女のようなことを言っているのかと呆れる。
渋い顔をするヴェラとは逆に、マナは目を輝かせた。
「良いと思います! ヴェラさんは若くて綺麗ですし、きっと素敵な相手が見つかると思います!」
恋愛事だからかテンションの高いマナに、ヴェラはウッと唸る。
(私、もうそんなに若くないのよー。だからそんな目で見ないでー…)
キラキラとした視線にダメージを受けるヴェラ。
コレが若さか、とおばさん臭いことを思う。
その時、カタンと店の入口の方から音がした。
誰か客が来たようだ。
「二人もお客が来るなんて珍しいわね」
「…え。この店、そんなに繁盛してないんですか?」
「私が暇な時にしか開けてないからね」
店主(仮)は平然とそんなことを言う。
一応、本業(法王)が忙しい為に仕方ないと言えば仕方ないのだが。
「いらっしゃい………あら、あなたは?」
「こんにちは。ここにマナ様が………あ、いましたね」
「セシール?」
来店者はセシールだった。
マナを探しに来たようで、マナを見つけると表情を緩めた。
「どうしたの?」
「いえ、その………マナ様が怪しげな店に入っていくのを見たと聞きまして」
ちらちらと店主の方を見ながらセシールは恐る恐る言った。
「怪しげな店…? え? 私の店、そんな風に見られているの?」
「…失礼ですが、昼間からカーテンを閉め切り、扉も半開きのボロボロの店は、どう見ても危ない薬を売っている店にしか見えません」
「し、失礼な! ちょっと日差しがキツイからカーテン閉め切って昼寝してただけなのに!」
「と言うかマナ様、よくこんな店に入ろうと思いましたね」
「こんな店!?」
あまりやる気が無いとは言え、自分の店を貶されてショックを受けるヴェラ。
それを見て、少し言い過ぎたかとセシールが謝罪を口にしようとする。
「この店の良さが分からないのは、あなたが本なんて読まない野蛮人だからじゃないかしら…?」
その前に、ヴェラは反論の言葉を口にした。
「む。私だって、本くらい読みますよ。あまり好きではないですが」
「どうでしょうか。あなたって見るからに野蛮…と言うか、悪魔っぽいし」
「なっ…! 野蛮はともかく、悪魔っぽいって何だ! 私、そんなに悪魔に似てるのか!?」
その出生故に、過敏に反応するセシール。
当然ながらヴェラはセシールの出自を知った上で発言している。
大人げない。
「マナ様、コイツは誰なんですか!」
「えーと、ヴェラさんだよ。ケイナン教会の人みたい」
「ケイナン教会の…?」
マナに言われてヴェラの顔をジッと見つめるセシール。
一度見たら忘れられないような美女の顔を見て、首を傾げる。
「どこかで、見たような…?」
「!?」
その顔が、真っ青に染まる。
だらだらと冷や汗を流し、ヴェラは顔を背けた。
「そ、そんなに見ないで! どんなに見つめられても私は普通に男の人が好きだから、あなたの思いには答えられないわ!」
「ば、馬鹿なことを言うな! 私にだって、そんな趣味はない!」
「私、知っているんだから! あなたがマナさんをそう言う目で見てるって聞いたんだから!」
「誰がそんなことを!」
「セーレさんよ!」
「あの野郎…!」
怨嗟の声を上げ、セシールはやはり奴は殺すと改めて決意する。
ヴェラの方は勢いで何とか誤魔化せた、と安堵の息を吐いた。
「全くアイツはどこまで私を馬鹿にしたら…! さっきだって私を…」
ブルブルと怒りに震えるセシールにマナは首を傾げる。
「セシール。セーレさんと一緒にいたの?」
さっきまでのやり取りを聞いていた筈だが、特に気にした様子もなくマナは尋ねた。
「ええ、アイツは仮面を外して正体を隠し、私をまたからかって…」
「…何ですって!?」
セシールの言葉に、マナではなくヴェラが食い付いた。
「セーレさんが仮面を外していたの!? それを見たの! あなたが! ずるい!?」
「ず、ずるいって…」
「いつ! どこで! 今も外しているの!?」
「さ、さあ? まだ外しているんじゃないか? どこにいるのかは分からないが…」
「この役立たず! こうしてはいられないわ!」
そう言うとヴェラは全速力で店から出て行った。
法術でも使っているのか、恐ろしく速い。
「な、何だったんですか?」
「さあ? でも、私も少し見たかったな…」
「見つけた!」
見覚えのある後ろ姿を見つけ、ヴェラは叫んだ。
その声が聞こえたのか、セーレが振り返る。
運動と興奮で顔を赤らめながら、ヴェラはその顔を見つめる。
見覚えのない『太陽の面』を被った、セーレの顔を。
「残念でした! サービスタイムはもう終了だ!」
「あ、ああ…」
「人間の期待は裏切る。人間を希望は打ち砕く。悪魔的にな!」
「何で、私にばかり意地悪するんですかぁ………ぐすん…」
そう言ってドヤ顔をするセーレに、本気で泣きが入るヴェラだった。




