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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
一章
19/108

第十九話


「セシール、唐辛子の粉なんてよく持ってたね…!」


塔より脱出してからマナは疑問を口にする。


「私の物じゃないですよ。アレは、この子から貰ったんです」


マナの言葉に、セシールは自分と手を繋ぐエリを見て答えた。


セシールに手を引かれながら懸命に走ったエリは呼吸を乱しながら頷く。


「武器にならないかな、と思って、家にあった唐辛子を、袋に詰めてきて…はぁ、はぁ…!」


「大活躍だったな」


そう言ってセシールは苦しそうに息を吐くエリの頭を撫でた。


コレで一時的にだが、バジリオは権能を使用できなくなった。


この隙にバジリオの声が届かない範囲まで離れてしまえば、バジリオは何も出来ない。


「塔から出たことで、法術も使えるようになっている筈です」


バジリオは『この場に於いて、法術を使うことを禁ずる』と命令を下していた。


この場、つまり塔の内部から脱出した今なら法術の封印も解けている筈。


「取り合えず、この子を安全な所まで送り届けないと」


マナは不安そうなエリを見ながらそう言った。


彼女を無事に安全な所へ送るのは、彼女の父親と約束したことだ。


捕まった人達を助け出すとしても、傍にエリがいると危険だ。


「…それにしても、不気味なくらい静かですね」


バジリオがやけに大人しいことを不審に思い、セシールは一度背後を振り返った。


バジリオは追いかける素振りすら見せず、塔の出口からこちらを見つめていた。


その白金色の眼を不気味に光らせながら。


「――――――――」


ぴたり、とセシールの動きが急に止まった。


真っ直ぐバジリオの眼を見つめながら、見惚れるように動きを止める。


「セシール…?」


様子がおかしいセシールに首を傾げ、マナもバジリオの方を振り返る。


振り返って、しまった。


『動くな』


「ッ…!」


それは耳ではなく、心に直接訴えかける声だった。


バジリオの口は一切動いていないと言うのに、頭の中にバジリオの命令が浮かんだ。


まるで全身に重りが付いたかのように、身動きが出来ない。


「声、じゃない…?」


声を発することなく、権能が発動している。


バジリオの権能を発動する条件は、声を聞かせることではない。


「………」


蛇に睨まれた蛙のように身動きが出来ない二人の下へ、バジリオはゆっくりと近付いてくる。


喉を抑えながら近づくバジリオは瞬き一つせず、二人を睨んでいた。


「ッ…ア、アー……あーあー、ゲホッ!………やっと声が戻ったか」


苛立った様子で喉の調子を確かめながらバジリオは二人の前に立つ。


「手の内を隠し、切り札を残しながら戦うのは優秀な指揮官と言う物だ。命令を声に出しているのは、声さえ聞かなければ権能から逃れられると思い込ませる為だよ」


まるで言葉で操っているように見せているのはブラフ。


権能を発動させる為の、本当の条件は…


「『視線』…眼を合わせること、ですか?」


「正解。我が権能は、この『眼』だ。僕はこの眼で見つめた相手を意のままに操ることが出来る」


バジリオは髪と同じ白金色の眼を指差しながら、そう呟いた。


「お前達は僕から目を逸らせば、それだけで良かった。まあ、敵対者と対峙しながら目を離すなど正気とは思えないがな」


バジリオは勝ち誇ったように嘲笑を浮かべる。


目を逸らす、或いは目を閉じるだけでもバジリオの権能に抗うことが出来る。


だが、狡猾なバジリオはそれをさせない為にわざと命令を声に出した。


声に集中させ、声を聞かないことに思考を向けさせた。


「…ッ」


マナは悔し気に唇を噛む。


コレはもう詰みだ。


法術どころか、指一本動かす権利さえ奪われてしまった。


もう二人には何も出来ない。


「コレが年季の違いと言うやつだよ。さあ、お前達にはまず塔に戻って…」


言いかけた所で、バジリオは少し驚いたように表情を変えた。


咄嗟に顔を庇った右手に、拳サイズの石礫がぶつかる。


「…何の真似だ、娘」


僅かに血が滲んだ右手を抑えながら、バジリオは石を投げたエリを睨んだ。


「二人を離して…! お父さん達を返して…! この、悪党!」


震えながらもエリはバジリオを睨み返す。


自分を助けてくれた人達を苦しめ、自分の大好きな父親を奪った悪党を罵倒する。


「僕が、悪党だと…? このクソガキが!」


激高したバジリオは、エリの小さな体を蹴り飛ばす。


「神の教えも知らないガキが、この僕を悪党だと! ふざけるなよ!」


「あぐっ…!」


「おい、やめろ! その子に手を出すな!」


痛めつけられるエリを見て、セシールが堪らず声を上げる。


すぐにでもエリに駆け寄って、バジリオを殴りたいが、身体はぴくりとも動かなかった。


「ッ…!」


マナもそれを止めようとしたが、身体は動かない。


呼吸を乱しながらエリを痛めつけようとするバジリオを止めることが出来ない。


(………痛めつける?)


ふと、マナはそれが気になった。


今まで暴力は部下に任せ、自身は権能のみに頼り切っていたバジリオが直接手を出した。


怒りに我を忘れているとも考えられるが、そもそも、石礫を受けた時点でおかしいのだ。


バジリオには、石を握るエリのことが見えていた筈だ。


言葉を発するまでもなく、視線を合わせるだけでそれを止めることが出来た筈だ。


にも拘わらず、バジリオはエリに権能を使っていない。


(エリがこの村の人間だから? いや、あの仮面の男達には…)


バジリオは信仰心が強い者ほど、天罰は大きくなると言っていた。


つまり、命令の強制力は信仰心に比例する。


故にケイナン教に改宗した者はともかく、ケイナン教徒ではないエリには効果を発揮しない。


バジリオの権能は、ケイナン教徒にしか通用しない弱点があるのだ。


(…だったら)


ケイナン教徒以外なら、バジリオの命令に抗うことが出来る。


ケイナン教徒ではない知り合いなど、マナは一人しかいない。


(お願い。来て…!)


「セーレ!」


その声に応えるように、雷鳴が轟く。


音に驚いて動きを止めたバジリオの前に、一人の男が出現する。


「…自室で作戦を練っていた所だったのだが」


手にした羊皮紙の束を地面に捨てながら、セーレは少々不服そうにぼやいた。


「まあ、助けを乞われたのならば致し方ないか」


コキコキと首を鳴らし、セーレは周囲を見渡す。


身動きの取れないままこちらを見つめるセシール、ボロボロのエリ、それを足蹴にするバジリオの順番に視線を移していき、一つ息を吐いた。


「状況から察するに、貴様が敵で良いか?」


「この感覚…! お前は、まさか七柱級の悪魔か…!」


「ほう? 一目で理解出来るとは良い眼をしている。大事だぞ、そう言う敵わない相手を理解する観察眼と言う物は」


馬鹿にしたように笑うセーレに対し、バジリオは後退る。


「馬鹿な、有り得ない! 何故、こんな所に、お前が…!」


「俺はセーレ。そこの聖女様は俺の契約者様だ」


その言葉を聞き、バジリオは目を見開いた。


恐怖すら込められた目でマナの顔を見つめる。


「七柱の悪魔と契約だと! 一体、何を考えているんだお前は! イカレている!」


「うーむ。その件に関しては俺も全面的に同意する。我が契約者は少々頭がおかしい。まあ、例え狂人だろうと契約者には違いないが」


パチン、とセーレが指を鳴らすと周囲に青白い粒子が出現した。


それを見て、震えだすバジリオの足元に転がっていたエリの姿が跡形もなく消える。


「消え…!」


「コレが俺の悪法だ。俺は一秒と掛からず、貴様を異空間に消し飛ばすことが出来る」


セーレはそう言うと残忍な笑みを浮かべた。


「…ッ」


マズイ、とバジリオは恐怖した。


バジリオの能力は神を信じる者にしか効果を発揮しない。


権能に特化したバジリオは法術が殆ど使えない。


指揮官は一人では戦えないのだ。


「ほら、行くぞ。上手く躱せよ」


「ま、待て! 待ってくれ!」


バジリオは恐怖の表情で、両手を上げた。


「どうした? 年下の小娘の相手は出来ても、悪魔の相手は出来ないか?」


フッと嘲笑うセーレの姿が一瞬消える。


瞬く間に距離を詰めて、バジリオの目の前に出現する。


突然近くに現れたセーレを見て、バジリオは尻餅をついた。


「う、あ…!」


「呆気ないな。もう死ねよ」


心底つまらなそうにセーレは手を翳す。


恐怖に引き攣ったバジリオの身体が青白い粒子に包まれていく。


「待って、もうそれで充分です」


それを、マナの声が止めた。


セーレは分かっていたように、すぐに悪法を消す。


「ふん。お優しい聖女様のことだから、止めると思っていたよ」


「すいません。利用するような真似をして」


「その件に関しては別に構わねえよ。そう言う契約だしな」


バジリオが無意識の内に解除したのか、マナとセシールがセーレの下に近寄ってくる。


「ところでエリはどうしたんだ?」


「あの娘ならそこの建物の中だ。邪魔だったからな」


そう言うと、セーレは近くに見える塔を指差した。


「しかし、こんな雑魚に貴様ら二人は何をやっているんだ?」


「コイツの権能は人間相手ならかなり強力なんだ。これでも使徒なんだぞ」


「使徒? コイツが?」


信じられない、と言いたげにセーレは地面に座り込んだままのバジリオを見る。


セーレからすれば、弱い者には強く出て、強い者には弱く出る典型的な小物にしか見えなかった。


「悪魔相手に使えない権能なんて、一体神は何を考えてこんな能力を授けたんだ?」


同胞にしか使用できない、と言うバジリオの権能の欠点を聞き、セーレは呆れる。


権能とは神が人間に授けた悪魔と戦う為の力だと言われているが、これでどうやって悪魔と戦うと言うのだろうか。


「…そうか。昼間にあった反応はお前だったんだな。あの時に警戒していれば」


ぼそり、とバジリオが何か呟いた。


「何の話だ?」


「この村に私達が入った時に鳴った警報のことじゃないかな?」


「ああ、私が鳴らした悪魔用の結界の…」


思い出したように頷くセシールに、納得したようにセーレも頷いた。


「なるほど。半魔である貴様が悪魔用の結界を踏んでしまったと」


「そうだ………待て、お前何故私が半魔であることを知っている…!」


セシールの質問にセーレは不思議そうな表情を浮かべた。


まるで公然の事実を子供に問われたように、首を傾げる。


「何故って、見れば分かるだろう。貴様から漂う悪魔臭。誰だって分かる」


「悪魔臭…!?」


ショックを受けたようにセシールは慌てて自分の服の臭いを嗅いだ。


年頃の娘は自分の体臭に敏感なようだ。


「で、何の話だったか。ああ、結界の件は俺ではないぞ。そこの娘が警報を鳴らしたらしい」


相変わらず座り込んだままのバジリオに、セーレは律儀に答える。


セーレは転移によって、今この村を訪れたのだ。


最初から二人と共に行動していた訳ではない。


故に、警報を鳴らせる筈が無いのだ。


「何を、言っている? 結界は悪魔や魔物にのみ反応するように作ってあった。半魔であっても本質が人間であるその娘に反応する筈がない」


「え…?」


バジリオの言葉を聞き、マナは首を傾げた。


それは、おかしい。


あの時、警報が鳴った時に周囲に魔物はいなかった。


だからこそ、セシールは自分が反応したのだと思い込んでいたのだ。


だが、バジリオはあの結界はセシールに反応する物ではないと言う。


警報は、あの場にいた別の存在に反応していたと。


(…待って)


マナはあの時のことを思い出す。


あの場には、本当に他に誰もいなかったのか。


警報が鳴り、駆け付けた仮面の男達は違う。


しかし、まるで最初からその場にいたかのようにタイミング良く現れた人物がいなかっただろうか。


「やあ、諸君。もうパーティーは終わったのかな?」


その時、声が聞こえた。


燃え尽きた灰を思わせるロマンスグレー。


立派なカイゼル髭にタキシード、ステッキまで揃えた紳士然とした恰好。


首から下げた三つの懐中時計を揺らしながら、初老の男は人の好さそうに微笑む。


「あなた、は…」


「久しぶりだね。もう一度自己紹介をしよう」


緊張感の無い様子で男は改めて自分の名を告げる。


「我輩はシュトリ。グリモアの七柱が一角『色欲』のシュトリである」

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