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聖なる怪物  作者: 髪槍夜昼
一章
15/108

第十五話


「それで、お前はこの状況をどうするつもりなんだ」


ブスッと不貞腐れたような表情で言うセシール。


最早、コマンダンに対する礼儀も尊敬もない。


そんな物は目の前の男に粉々に壊されてしまった。


「ふむ。美少女の笑顔は世界の宝だが、不機嫌な表情もまた至高である」


「何の話をしているんだ! お前、本当に使徒なんだろうな!?」


「失敬な、我輩は使徒である。むしろ、使徒とは我輩のことであると思ってくれても過言ではない」


「過言だ! 大陸中の使徒とマナ様に謝れ!」


ゼーゼーと息を荒げながら叫ぶセシールとは対照的に、コマンダンは楽しそうな笑みを浮かべていた。


よくセシールを揶揄うセーレとは違い、何の悪意もなさそうな顔だ。


尚更、性質が悪い。


「今はセーレがいないと言うのに、少しも心が安らがない…!」


「何か言ったかね?」


「…何でもない」


チラッとマナの持つ黒の書を一瞥した後、セシールは呟いた。


ソレーユ村に着いてからセーレは一度も現れていない。


呼ばれるのを待っているのか、何らかの作業に集中しているのか。


どちらにせよ、この場にいないのは好都合だった。


事情を知らないであろうコマンダンにセーレとの関係を説明するのは面倒だ。


使徒と悪魔が契約するなど、それだけ有り得ないことなのだ。


「む?」


「どうしたのですか? 急に止まって」


足を止めたコマンダンにマナは声をかける。


コマンダンは無言で口の前に人差し指を立てた。


静かにするように、とジェスチャーするように。


首を傾げながら口を閉じる二人を見渡した後、コマンダンはどこか遠くを見つめる。


「足音が聞こえる。数は………十五人と言った所か」


「それって…」


「仮面の男の仲間であろうな………セシールちゃん」


「ちゃん付けで呼ぶな。どうする気?」


「我輩はここに残る。君達は先に行きなさい」


コマンダンはあっさりと二人に告げた。


呆気に取られる二人に、遠目に見えるオーブの塔を指差す。


「あの塔の近くに古い教会が見えるだろう。あの場所を集合地点にしよう」


「大丈夫なんですか? 喧嘩は苦手だって…」


「こんな中年を心配してくれてありがとう、マナちゃん。でも、大丈夫だ。我輩、自分だけが生き残ることは得意中の得意でね」


「あまり自慢にならない自慢だな………本当に大丈夫か?」


「ああ、美少女達の心配が老骨に染み渡る。生きて帰ったらセシールちゃんが接吻ベーゼしてくれるのなら、我輩もっと頑張れる…!」


「行きましょうマナ様。この村に使徒コマンダンなどいなかったのです」


あまりにも残念な言葉を吐くコマンダンに、セシールは遂に現実逃避を始めた。


セシールは死んだ目をしながらマナの手を引く。


まるで見えていないかのように、コマンダンには一切目を向けなかった。


「あ、えっと、コマンダンさん。死なないで下さいね」


セシールに連れられて走り去りながら、マナはそう声をかけた。


「心配ご無用。人生の先達者として、将来有望な君達を守って見せよう」


気取ったウィンクを飛ばし、コマンダンは前を向いた。


段々と近付いてくる足音に笑みを深める。


「さあ、マドモアゼルの前なんだ。我輩も少しばかり、格好付けさせて貰うおうか」








「大丈夫かな…」


「大丈夫じゃないですか? 頭は大丈夫じゃないと思いますが」


古い教会を目指しながらセシールは呆れたように呟く。


腐っても使徒なのだから、付け焼き刃な村人達に遅れは取らないだろう。


少なくとも、殺されることは無い筈だ。


「それより気になるのは…」


「うん。言いたいことは分かってる」


オーブの塔は村の中心に存在する。


その近くにある教会を目指している二人は、何度か住人の家を見かけた。


だが、どの家も入り口は固く閉ざされており、窓すら開いていない。


これだけ村の奥を走っているのに、誰にも会うことが無かった。


「…この村の人も仮面の男達を恐れているんだね」


「本当に何が目的でこんなことを…」


この村の支配者は、仮面の男達に法術を教えた。


つまり、その者は法術を知る者、ケイナン教会の関係者と言うことだ。


コマンダン以外にも、この村にはケイナン教会の人間が存在する。


法術を餌に異教の村を支配する理由は何なのか。


「…ねえ、セシール。アレを見て」


古びた教会に辿り着く直前、マナはどこか違う方向を指差した。


オーブの塔付近に、数名の仮面の男と一人の少女がいた。


「だから! お父さんに会わせてと言ってるの!」


「帰れ。女子供はこの塔に入ることが赦されていない」


「だったらお父さんを連れて来てよ! 無理やり連れて行かれてからもう一か月も帰ってないんだよ!」


十二、十三歳くらいに見える年頃の少女だった。


服装は男達に似た白装束だが、胸元に落書きのような太陽の絵を描いてある。


小さな頭には橙色に黒の斑点模様が付いた帽子をすっぽりと被っている。


「エリ、大人しく帰れ。あの人を怒らせたくはないだろう」


「アイツが来てから皆変わったよ! いつまであんな奴に従うつもりなの!」


「お前、あの人に何て言葉を…!」


少女『エリ』の言葉に仮面の男達は剣呑な雰囲気を纏う。


生意気で無礼な娘を罰しようと、その手を掴んだ。


「お前の望み通り、塔の中に入れてやろう!」


「ただし、地下の懲罰房行きだがな!」


「い、痛い! 強く引っ張らないで!」


仮面の男達は痛みに叫ぶエリと共に塔の中へと入って行った。


「セシール。私が今、何考えているか分かる?」


「残念ながら、分かってしまいました」


「うん。流石、私の親友だね」


ニッコリと笑うマナにセシールは魂でも吐き出しそうな深いため息をつく。


コマンダンには教会で待っていろと言われた。


あの少女はこの村の異教徒だ。


しかし、それを見過ごせないのがセシールの敬愛する少女だった。


「じゃあ、行こうか」


都合良く、見張りの者まで居なくなった隙に二人は塔の中へ侵入した。








外見は異様に感じたオーブの塔の内部は、意外と簡素で清潔な印象を受ける場所だった。


真っ白な天井と床、木製の長机と椅子。


奥に階段が見えるので、地下も存在するようだ。


「…? 何だろう、少し空気が澄んでいるような感じがする」


「そうですか? 私は窓も無くて、随分息苦しく感じますが…」


マナは塔の内部の空気が綺麗に感じたが、セシールはそうではなかったようだ。


言葉通り、どこか苦しそうな表情を浮かべるセシール。


空気の薄い地下室にでもいるかのように、喉を抑えている。


「地下…そう言えば、あの子を地下に連れて行くとか言ってたね」


「ええ。そこに階段があります。向かいましょう」


「急がないと」


周囲に人間が居ないことを確認し、二人は地下へ続く階段を降りて行く。


コツコツと石造りの階段を音を立てながら進むと、薄暗い闇の中に明かりが見えて来た。


数名の男の声も聞こえてくる。


「コレは…」


そこにあったのは、無数の檻だった。


硬い鉄格子の中にいるのは傷付いた男達だ。


「この人達は、もしかしてソレーユ村の?」


「恐らく、そうだと思います。彼らの着ている服はあの少女の着ていた物に似ていますし」


多少汚れているが、皆似たような白装束を着ていた。


驚いたように目を向ける二人を不審に思ったのか、囚われた男の一人が恐る恐る口を開く。


「アンタ達、この村の人間じゃないな?」


「はい。そうですが…」


「…なら、お願いだ。助けてくれ。ここに連れて来られてもう一月になる。家に帰りたい」


焦燥した表情で男は懇願する。


他の者も同じような表情でマナを見ていた。


よく見れば若く体格の良い男ばかりだ。


「分かりました。あなた達を必ず助け出します。ですがその前に傷の治療を…」


そう言って檻へと手を伸ばすマナを見て、男は勢いよく離れた。


「ひっ…! 法術! アンタも奴の仲間か!」


檻の端まで逃げて震えながら男は叫んだ。


「違います! 私は…」


「今、思い出したぞ! アンタ達の格好はケイナン教会の物だ!」


「確かに私はケイナン教会の使徒ですが、あなた方に敵意は…」


マナが使徒を名乗った瞬間、男達の目が変わった。


畏怖と絶望の目でマナを見つめている。


「使徒、アイツと同じ…」


「この娘にも、アイツみたいな力が…」


「…?」


男達は使徒と言う存在を非常に恐れているようだった。


アイツ、と言う言葉も気になる。


彼らやエリと言う少女が呼ぶ『アイツ』と仮面の男達が呼ぶ『あの人』が同一人物だとするなら、この村の支配者は使徒だと言うことになる。


(この村には使徒がもう一人いる? 仮面の男達を操っている者がこの塔の中に…)


「マナ様…」


思考に耽っていたマナにセシールが警戒を促す。


セシールの視線が向けられている周囲には、仮面の男達が立っていた。


「何か奴隷共が騒がしいと思ったら、侵入者か?」


二人を囲むように仮面の男達は佇む。


「…エリ、と言う少女はどうしたのですか?」


「何だ? あのガキの知り合いだったのか?」


仮面の男は訝しげそうな声を出し、自身の後方を指差した。


冷たい石の床の上に、小さな影があった。


「少し小突いただけて気絶しちまったよ。弱過ぎて使えねえな」


「この悪党め、あんな少女に手を…!」


「………」


激怒するセシールの隣で、マナは無言で仮面の男達を眺めていた。


「一つ聞かせて下さい。あなた方は彼らに何をしたのですか?」


「ただの訓練だよ。バジリオ様は優秀な兵士を求めているのさ」


仮面の男達はげらげらと笑った。


「太陽信仰なんて古臭い物はもう御免だ。これからの時代、力のある奴が偉いのさ!」


そう言うと仮面の男達は手の平から光を放つ。


それは法術。


バジリオより与えられた力だ。


「…法術は力無き人々を救う為に存在します。決して虐げる為ではありません」


マナは怒りではなく、諭すように呟いた。


「それを今から教えてあげます。あなた達の先輩として」

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