第十話
今から五百年前、カナン率いる使徒達は『グリモアの七柱』と戦った。
この世で唯一無から悪魔を創造することが出来る存在『憤怒のサマエル』によって結成された組織は、サマエルの滅びと共に人類に敗北した。
サマエルを失った七柱はそれぞれの目的を満たす為にバラバラに行動した。
ある者はサマエルの復讐を誓い、
ある者は人間を弄ぶことで欲を満たし、
また、ある者は人間を知る為に彼らに手を貸すことを選んだ。
マナがセーレと出会い、契約することになった日の翌朝。
マナ達は早朝から大聖堂に呼び出されていた。
黒の書は持っているが、近くにセーレの姿はなかった。
「マナ様! すいませんが、もう少し速く走って下さい!」
駆け足で道を走りながら、セシールは少し遅れているマナを見た。
「せ、セシールが速すぎるんだってば…それに、私、運動、苦手で…」
男と比べても十分に速いセシールに比べ、マナは歩いている時とあまり速度が変わらない程に足が遅い。
ひぃひぃと呼吸を乱しながら懸命に走る姿は言葉通り、運動が得意そうには見えない。
「もう時間ギリギリですよ! 急いで下さい!」
「…時間ギリギリなのは、私のせいじゃないもん。セシールが朝ご飯をおかわりなんてするから」
「そ、その件に関しては本当に申し訳ありません! 後ほど、深くお詫びしますから!」
走りながら頭を下げると言う器用なことをしながらセシールはマナの手を掴む。
そのまま多少荒っぽくマナを引っ張り、大聖堂の扉に走っていった。
「…来たか」
やや息を切らしながら大聖堂の扉を開けた二人へ平坦な言葉がかけられる。
大聖堂に飾られたステンドグラスの下に、オズワルドの姿があった。
「「お、お待たせして申し訳ありません!」」
「いや、構わん。こちらに連絡不届きがあったようだ」
特に感情も込めずにオズワルドは二人に頭を上げさせる。
怒っているようには見えないが、相変わらず石のように硬い表情は無駄に威圧感がある。
「元々は別の者を派遣する予定だったのだが、急遽君達に向かって貰うことになってな」
何枚かの書類を眺めながらオズワルドは言った。
「任務、でしょうか?」
「そうだ。法王様の希望でな」
そう言うとオズワルドは顔を顰めた。
頭痛でも感じているような表情だ。
「…ところで君達は異教徒についてどう思う?」
「え?」
突然の言葉に、二人は首を傾げて顔を見合わせる。
質問の意図が分からなかったが、オズワルドが無関係な雑談などしてくる筈がない。
そう思い、少し考えた後に口を開く。
「信仰は強制する物ではありませんから、誰にだって自分の信じたい物を信じる権利があると思います」
「例え神を信じない者でも、同じ人間であることには変わらないと思います」
マナとセシールは正直に自分の意見を口にする。
「そうか。異教徒に差別意識を抱いていないなら丁度良かった」
少しだけ表情を和らげてオズワルドは見ていた資料を二人に手渡した。
「君達にはソレーユと言う村に行ってもらう。太陽や風を信仰する土着信仰がある村だ」
オズワルドは事務的に任務の説明を始めた。
この大陸に於いて、殆どの人間はケイナン教徒である。
悪魔と戦う為、悪魔から身を護る為、様々な理由でケイナン教に入信する。
しかし、中には信仰を捨てられずに別の神を信じる者達もいる。
例え明日悪魔に滅ぼさせるとしても、信仰とは簡単に変えられる物ではないのだ。
「我々は異教の村だからと見捨てることはない。だが、異教の者に護られ続けることは彼らにとっても愉快な物ではないようでな」
悪魔の脅威は大陸中に広がっている。
故に、異教の村にも信徒を派遣して悪魔から人々を護っているのだ。
あちらからすれば、村に異教の者が入り込むことになる為、良い気持ちはしない。
当然ながら、そんな感情を向けられれば信徒の方も気分が悪い。
「一年前からその村で布教を行っていた者がいたのだが、数か月前から連絡が取れんのだ」
「それで、私達に?」
「現地の者と何かトラブルがあったのかもしれん。とにかく、無事かどうかだけでも確認して欲しい」
オズワルドにしてはやや感情的な言葉だった。
そのことに首を傾げ、マナは資料を目を通した後に質問する。
「その方は、どんな人なのですか?」
「…私の同期でな。コマンダン、と言う名前の使徒を知らないか?」
「ガルグイユさんの、同期…」
マナはオズワルドの顔を凝視しながら思わず呟く。
どう見ても、五十は超えているように見えるオズワルドの同期。
使徒である為、外見が年相応とは限らないが、マナの倍近い年齢だ。
どんな人物だろう。
「コマンダンって…あの使徒コマンダンですか!」
物思いに耽るマナの隣ではセシールが興奮したように叫んだ。
「セシール、知っているの?」
「ケイナン教会の教科書にも載っている英雄ですよ! 使徒でありながら従士にも分け隔てなく接し、彼の従士達はどんな戦場からも誰一人欠けずに生還したって言われています!」
リーダーシップがあり、仲間を一人も見捨てない。
正にその男は、理想の使徒だった。
「セシールって、男の人嫌いじゃなかったっけ?」
「わ、私にだって、尊敬する男性くらいいますよ! 賢者カナンのことだって心から敬愛しています!」
二人のやり取りを見て、オズワルドは少し安堵したように息を吐いた。
「アイツは性格が少し気難しいが、まあ根は悪い奴ではないんだ。自分を尊敬する後輩を無下に扱うような奴ではないと思う」
(ガルグイユさんより気難しい人か…)
やや失礼なことを考えながらマナは、名前しか知らない使徒に思い馳せる。
オズワルドの同期であり、セシールの尊敬する英雄。
「………」
やはり、想像することが出来なかった。




