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第7話 大きな懸念があるようです

 配管都市シュヴァイエは、蒸し料理が特に盛んだ。

 街には流れる蒸気を途中で引き込んだ、かごを下げる穴が方々に空いている。そこに食材を入れて、ふたをするだけで一品できあがると、庶民から貴族まで幅広く便利に使っているのだ。

 蒸された具材はもちろん、そこから出たスープまで美味しくいただくのが流儀である。


「その、スープだけ、ですか……」

「えっと、朝はもともと、食べなくて」

「せっかくドゥーエの食材をふんだんに用意しても、スープだけ……」

「お、美味しかったですよ?」

「リリ様は食べなさすぎです!」


 らしからぬ大声を上げるのは、料理長のスヴェンである。

 背後で料理人たちがうんうんと頷く。


「朝も昼もスープだけ、夜もメイン以降は断っておいででしょう?」

「十分動けますよ」

「動ければいいという問題ではありませんよ、リリ様」


 言い添えたのは世話役(メイド)のジェイだ。

 いつもの青年は、屋敷の近くに〈食らうもの〉の群が出たとかで、討伐にかかっている。

 ――いつも、と言うほど連れているつもりは梨々にはないのだが、向こうがついてくるのだから仕方がない。


 閑話休題。


 スープだけしか、とスヴェンは言うが、この世界の汁物は中に含まれる具材が多い。先日の味噌汁もどきにも魚が入っていたし、毎日が豚汁やシチューに近い感じである。

 もともと食の細い上に、夕食を削って必要なお金を貯めていた梨々は、そんな具材たっぷりスープだけで胃が八割は埋まってしまう。


「まだお小さいのですから、しっかり食べていただかなくては」

「もう少し丸みのついた方が、将来ドレスも映えますよ」


 梨々は背も低く体も薄く、来年には高校生だというのに、小学生時代の服が入る。それでも一応十五歳なのだが――いったい幾つに見られているのやら。


 ぼふり、と厨房の一角で湯気が上がる。


「料理長、引き上げました!」

「ああ、それじゃこちらに頼むよ」

「了解!」


 少年くらいの料理人が運んできたのは、膨らんだ白い塊たちである。

 梨々の脳裏に、コンビニの匂いがよみがえる。

 学校近くのコンビニは、夕食を買うのにも時間をつぶすのにも便利だった。不審者には会えなかったけれども。


「パオという蒸し料理です。この国に入ってきて、ずいぶん形は変わったそうですが」

「もとはドゥーエとの交易路の途中にある、シンミ国の料理ですね」


 端的に見た目を言えば、小ぶりな中華まんである。上がつぼみのように閉じられて、姿は肉まんの方が近い。

 ふかふかの生地を割ると、中から味付けした細切りの肉が出てくる。染み出したタレが、白い生地に吸い込まれていく。


「さ、リリ様。味見を」

「――スヴェンさん、このためにわざわざ図書室まで?」

「良き食事は時に学問よりも重要です」


 重々しい口調だ。昔何かあったのかもしれない。

 背後で料理人たちの半分以上が首振り人形になっている。

 梨々はできたてのそれを手に取ると、しばらく手の中で転がした。


 ***


 梨々が異国の料理にかじりついている頃。

 当主の執務室では、一人の客人を迎えている。


「では、あくまで保護だと仰るのですね?」

(わたくし)は、運び込まれた少女を保護し、世話をしているだけです。それ以前のことは存じ上げませんわ」


 客人の服装は、警邏隊のものである。

 それも勲章のついた、上級職の位のものだ。

 背筋をまっすぐに伸ばす、鍛えられた肉体の姿勢は、このような場面でなければ見とれそうなほど美しい。

 明るい金茶の髪に、碧眼を合わせればなおさらである。


「〈天を引き裂く〉はあなたの剣であったはずですが」

「私の剣はルカだけです。シェルには新たな主が決まるまで、仮宿を与えていたにすぎません」

「なるほど、仮宿、ね。そして契約者は当の少女、時期としても年齢としても、精霊の責任を問うことはできない……と」


 客人は皮肉げに唇の端を上げる。

 対するベルーシャは、凛として厳しい当主の顔だ。


「せめて、その少女にお会いすることはできませんかね」

「体調が芳しくなく、今日も寝込んでおりますの。ご遠慮くださいませ」


 にべもない態度は、梨々が見たら驚くかもしれない。

 客人も、これ以上は時間の無駄だと判断したらしく立ち上がる。


「どうも、お時間とっていただきまして」

「そちらもお仕事でしょうから」

「ああ――そうそう。先日検挙したオークションでの話なのですが……」


 空間に染み入るように、ゆっくりと客人は言葉を紡ぐ。


「噂が立っているのですよ。数日前、黒い髪をした青年が、召喚された少女の腕を突然切り落としたと……オークションとは、物騒なところですな」


 それでは、と直線的な一礼を返し、警邏隊からの客人は去っていく。


 ベルーシャは当主の顔を貼りつけたまま、これまでとこれからを考える。


 強化されていくオークションの検挙は、過去に召喚者を競り落とした者まで手を伸ばしているようだ。

 購入者は処罰し、召喚者は一手に預って、元の世界に戻れるよう算段すると彼らは言う。しかし、召喚さえ不完全な現状で、特定の世界に還すことができるとは考えにくい。

 おそらく彼ら警邏隊の裏で、召喚者を集める必要があるのだ。それが何なのかまではわからないが……


「リリには、心安く過ごしてもらいたいのだけど」


 ため息は、部屋に溶けて消えた。

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