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第4話 期待されているようです

 茶と甘味の相性は、この世界でも例外ではない。

 木の実の蜂蜜漬けを茶に落としたり、干し果物や焼き菓子をつまんだり。

 貴族は貴族なりに、庶民は庶民なりに過ごす午後のお茶は、シュヴァイエの人々にとって、一日の中の楽しみだ。


 ベルーシャの屋敷でもまた、午後のお茶のための小振りな(といってもリリの暮らした部屋の3倍くらいある)部屋を用意している。

 配管の音が囁く中、今も繊細な作りの丸テーブルに支度が整えられていく。

 それを待つのは、梨々とベルーシャの二人だけだ。

 白いカップの中、紅にも黄色にも見える、明るい鳶色の飲み物から湯気が立ち上る。黒みを帯びた濃紫の食べ物は、すくい取った形でそれぞれのガラス皿に盛ってある。


「ドゥーエ産の天火茶と、甘煮豆の煮凝りでございます」

「いい香りね、初めてかぐのに、どこか懐かしい感じがするわ」


 優雅にカップを近づけて香りを聞くベルーシャに、何の感慨もなく口を付けた自分を梨々は恥じる。

 しかし梨々にとっては、いや大半の日本人にとっては、この茶はありがちな焙じ茶によく似ているのである。特別感がない。

 それに食べ物の方も――


「これは、ゼリーの仲間なのかしら」

「商会の者からの言葉を手がかりに、料理長が作成いたしました。特殊な加工をした海草を煮溶かして、冷やすことで固めているのだとか。豆の種類はわからなかったので、手に入ったものを使ったそうです」


 水ようかんだ、と梨々は直感する。豆は小豆というより金時豆の大きさであるし、白や黄色の豆もごろごろ入っているが、気分としては近いはずだ。

 それはそれで美味しいのが、スヴェンの腕のすばらしさである。


「リリ、どう? 食べられそう?」

「はい」

「それはよかった」


 梨々がうなずくと、ベルーシャは優美に微笑む。そうしていると、当主というよりお姫様のようだ。貴族なのである意味間違ってはいない。

 梨々は眩しさに目を伏せて尋ねる。


「あの」

「なあに?」

「これは、いくらくらいするのでしょう。私の食事は私の値段より、高いのではないですか。私は――借りたお金を、本当に返せますか?」


 梨々は黒髪の青年(シェル)に買い取られた。

 だがその費用は、正確に言えばロコンチェルキ家――ベルーシャの家から出ている。

 そもそも道具に宿る精霊が、主人を選ぶこと事態異例なのだ。まして財を持たぬ精霊が競り落とすなど、前代未聞である。

 表向き、梨々を買ったのはベルーシャなのだった。


「ドゥーエは、遠い国だと聞きました。独特の食べ物は、こちらでは高くなるのではないですか。私に、それを食べさせるほどの価値があるとは――」


 バガン!


 突然、ひとつの窓が激しく揺れる。

 まるで何かが突撃したかのごとく。


「くそっ、抜けられた!」

「させるかよ!」


 窓の外から、少年と青年の声が届く。

 瞬間、ばさりと翻る音。映る人影。


「っらあ!」


 刃の長いナイフが空を切る。

 いや、振り下ろされたそれは確かに、『透明な何か』を切り飛ばす。

 陽炎に似た輪郭が、揺らいで消える。

 それを見つめていた梨々に、青年はひらりと手を振ると、別方向へ駆けていく。


「今日は〈食らうもの〉の数が多いようね」

「空中、飛んで……」

「精霊だもの、造作のないことよ」


 ぽかんとする梨々に対し、当然のことだとベルーシャは茶をすする。

 空を飛ぶとまではいかないが、宙に浮くくらいは精霊として普通のことらしい。


「それで、お金のことだけれど」

「はい」

「あなたは私の〈話し相手〉にすることになったから、衣食住の心配をする必要はないのよ」

「……ペット、ええと、愛玩するものということですか?」


 前述の通り、表向き梨々を買ったのはベルーシャである。

 日本での、保健所からペットを引き取ったような感覚なのかと梨々は思ったのだが。


「〈話し相手〉とは、若い淑女が社会経験を積むためにするものなの。衣食住を保証され、給金を受け取る代わりに、貴族の家で女性たちの相手をするのよ。給金の代わりに教育を授けることもあるわ」

「知識はお金になるから……?」

「その通り。リリは賢いから、私はあなたに〈話し相手〉という投資をすることにしたの。うまくいけば、能力のある貧しい子供を貴族が援助する道標になるわ」


 だから気にしなくていいのよ、とベルーシャは言う。

 つまり、ベルーシャは梨々の能力に期待を寄せているらしい。

 ――生きるって本当大変、と梨々はいつものように思う。


「リリ、あなたは賢い子。きっと誰かの力になる。私はその力を大きくすることが、この家の利益にもなると考えているの。それに、私これでもお金持ちなのよ? あなたの衣食住くらい何でもないわ」


 それにね、とベルーシャはいたずらっぽく笑う。


「うちの商会はドゥーエの交易路を押さえているから、よそより安く手に入るの。でも向こうの食材や調理法は独特だから、なかなか研究が進まなくて――リリのために毎日取り組む機会ができて、こちらとしてはありがたいのよ」

「……そう、ですか」


 多分それは、梨々の気を軽くするための方便でもあるだろう。

 ベルーシャは過分なほど親切だ。

 ならばその期待に応えるべきだと、梨々は考える。

 ――家での期待に比べれば、容易いことのように思った。


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