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第14話 失敗は素直に言いましょう

閑話っぽい。体液注意。

 やってしまった。梨々は顔面蒼白になる。

 座り込んだ敷布は広く赤く染み込み、その下まで染みになっていることは明白だ。着ている白い寝間着も、背面は汚れているかもしれない。

 手洗いに行って当てる紙を取り替えておいたのに、間に合わなかったようだ。


 隣は既にいない。安堵の息をつきつつ梨々は夢中で敷布をはぎ取っていく。浴槽は部屋の隣にある、急いで染み抜きをしなくてはならない。


『落ちにくいもので汚すなんていいご身分ねぇ。自分の粗相だろ、さっさと処理しな!』


 急がないと。急がないと。ああでも、染み込んでしまったマットレスの方はどうしよう? 洗えるのか?

 とにかく、見つかる前に急がないと!


 浴槽に水をためようとして、梨々は凍りつく。

 トイレのように魔力を充填して使うタイプの魔石はまだしも、魔力を流すことで火をつけたり水を出したりする魔石は、梨々の手に負えない。

 そして部屋の風呂は、そのタイプなのだ。

 おまけに石鹸が見つからない。洗剤がどこにあるのかもわからない。


 体が震えだしたことを、梨々は自分の手を見て気づく。

 どうしよう、どうしよう、ここは貴族の館、使われているものは一文無しの梨々にはとても想像つかないほど高いはず。

 配管を張り巡らせた中庭でさえ、〈食らうもの〉に襲われるほど魔力の低い梨々が、追い出されれば数分もせずに食いちぎられるに違いない。


 ――それは、いいことなのでは?


 ベルーシャは真実を伏せて梨々を匿わなくてよくなる。

 ルカやシェルは外出の度に〈食らうもの〉と戦わずにすむ。

 スヴェンは梨々のために慣れぬ食材で料理を作らなくていい。

 ジェイは梨々の世話から解放される。

 使用人は見知らぬどうでもいい子供のために働くことがなくなる。


 そうだ、梨々が出て行けばいい。

 私なんて、(・・・・・)最初からできなければ(・・・・・・・・・・)よかったんだから(・・・・・・・・)


「リリ様?」


 かけられた世話役の声にひゅっと息をのむ。

 だめだこれじゃ、覚悟を決めなくちゃ。


「あの、私――」

「お召し物が汚れてしまったのですね。すぐに着替えを用意いたします。さあ、そちらも渡してください」


 てきぱきと敷布を取り上げられ、部屋に戻るよううながされる。戻ればすぐに着替えのドレスが用意され、その上に見慣れぬ白いものが重ねられる。


「こちらの下着をつけて、中に当て布をお入れください。布は定期的に清潔なものと取り替えてくださいませ」


 付け方も説明される。ふんどしの要領である。布がごわごわするが、紙よりは多少マシかもしれない。

 ちなみに、着替えにジェイは付き添わない。梨々は初日から断っていたし、子供用らしいドレスはワンピース型ばかりだったから一人で脱ぎ着できる。


「あの」


 出て行こうとするジェイに梨々は声をかける。


「私、追い出されますよね。こんなに汚しちゃって……」

「よくある失敗です。替えはあるので心配はいりません」


 ふ、とジェイの表情が柔らかになる。


「今回のことは、リリ様の体が大人になられたというだけのこと。不安を覚える必要はないのですよ」


 着替えたら夕食にお越しください、と続けてジェイは去っていく。

 梨々は急ぎ下着から着替え、夕食の席に着く。


「リリ、食事の後で少しお話ししましょう」


 着いた途端のベルーシャの言葉に、梨々は身を固くして頷く。

 食前の祈りが部屋に響いた。


 ***


 所変わって、ベルーシャの私室。

 出された暖かな香茶は、透明に近い翠色をしている。

 それを一口飲み込むまで、梨々もベルーシャも無言だった。


「梨々、あなた誕生日はいつ?」

「〈紅の節〉の終わり、だと思います」


 地球でいう八月下旬を、梨々はそう当てはめている。


「五節後、ね。その時にはシュヴァイエ(こちら)の流儀に沿って、大人になった贈り物をしましょう。何か欲しいものがある?」


 予想外の問いに、梨々は目を瞬かせる。だがすぐに、ジェイの言葉を思い出す。

 おそらく彼女たちは、勘違いをしている。


「当主様、私は今日からこのようになったわけではありません。以前からもう二年はあります」

「まあ、ずいぶん早いのね」


 今度はベルーシャが驚く番だ。梨々は思いきってこのところの疑問を尋ねる。


「私のこと、何歳(いくつ)に見えていらっしゃいますか」

「十歳くらい、かしら」

「十五歳です」


 ベルーシャが目を見開く。こぼれ落ちるのではないかと梨々はいらぬ心配が胸に浮かぶ。

 今日見せられた縮んだ背丈で、男女が子供らしく隣り合って眠れるのなら、日本人とは発育が違うのだろうと、梨々は確信している。

 ――ただし、自分が慢性的に栄養が偏っていたせいで、背も伸びず肉も薄いのだと、梨々はわかっていない。


「それじゃ、成人まで一年もないじゃない」

「勉学には励ませていただいています」

「それだけではだめよ。礼儀作法も振る舞い方も常識も、身につけなくてはならないことはたくさんあるわ……」


 ベルーシャが言葉を切ったので、梨々は香茶を一口飲む。下腹の痛みが少しだけ軽くなった気がする。


「とりあえず、そのことはおいおい考えましょう」

「はい」

「シェルにも子供扱いしないよう伝えないとね……ある程度は気づいてそうだけれど」

「え?」

「リリから血のにおいがするって騒ぎ出したときは何事かと思ったわ」


 そうだ、隣に寝ていたのだから、敷布が湿ればまず気づく。

 あまりの気まずさに言葉が詰まり、梨々はただ赤くなってうつむいた。

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