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イツマデモ君トコノ星ヲ・1  作者: 縹トヲル
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第一章 ヒトツボシ・4

◆◇◆


 数週間後、新しいバイトがなんとか見つかった。勤務先は今まで通っていたところと逆方向にあり、あまり通り抜けたことのなかった道程を辿る。慈玄の寺は町境にあり、これまではそこから西方面に通っていた。新たな職場は東側に位置している。

 桜街、という美しい名の東の町は、その名の通り桜の名所として知られるらしい。生まれてこの方花見などしたことのなかった俺には、まったく縁のない土地だった。ただでさえ、通勤時に周囲の景色を眺めることなんてほとんど無い。どちらにしても、まだあの白っぽい花が枝中に広がるのが信じられないくらい、裸の木々が冷たい空気にさらされている季節だ。

 勤め始めて何日かこの日とは別のルートを通っていたのだが、帰りに食材の買い物でもできないものかと思い、少しだけ遠回りを試みた。商店街は駅前付近だという目測はあったので、その方角に向かい馴染みの無い道をゆく。

 すると一角の広大な土地を占めた、両翼のような巨大な建物が視界に入った。

「へぇ、こんなとこにこんなでけぇ学校あったんだ」

 門柱に掲げられた校名を見るに、どうやら小中高一貫制らしい。すでに日が傾きかけた時刻で、部活動のトレーニングかランニングをする生徒や、数人で固まって下校する生徒が目に付く。

 俺も数年前まで高校生だったが、学校生活の思い出などほぼ無いに等しい。ずば抜けて良くもなく、かといってそんなに悪くもない成績のみ修め、進路相談なども適当に聞き流しているうちに、追われるように卒業しただけだった。幸か不幸か、将来についてうるさく言う親もいない。

 まれに授業をさぼったり喧嘩沙汰を起こしたり、生活指導面では問題も多かった自分だが、結局出自を気にしてか教師は素知らぬふりをした。俺のような生徒は、赤点さえ残さなければさっさと出て行ってほしかったのだろうと思う。

 養護施設の長である稲城は「大学へ行きたいなら支援はする」とは言ってくれたが、そんな気も毛頭なかった。

 しかし、今更なぜ学校になど気を向けたのだろう。ぼんやりと校舎に目をやり、そのまま立ち去ろうとした。

「あれ……。もしかして鞍君?」

 聞き覚えのある声が呼び止める。

 もしやと思い振り返れば、案の定そこにあったのは教育の場にはそぐわない金髪と、にやけた顔。

 なんで、再びこいつに会う羽目になったんだろう。


「あんたは」

「やだなぁ、もう忘れちゃった?」

 忘れては、いない。思い出したくはなかったが。

「なんであんたがこんなとこに。まさか生徒、じゃねぇよな?」

「違うよ。ここの先生」

「……………は?」

 耳を疑った。こんな軽そうな奴が教師だって?

「冗談だろ?」

「本当だって。……ああ、さよならー」

 なるほど、時々すれ違う生徒達は、光一郎に向かって挨拶をしている。どうやら嘘でもからかっているわけでもなさそうだ。

「鞍君こそ、どうしてここに?」

「バイトの帰り、道なだけだけど」

「そっか。俺も今帰るとこなんだ。ね、せっかく再会したんだからちょっと付き合わない?クレープご馳走するからさ」

「え。いや、いいよ」

 断りを軽くいなし、光一郎は俺の腕を掴んで歩き出した。

「ちょ、いいって!」

「もう少しだけ鞍君と話がしたいんだ。駄目かな?」

 相変わらず悪意の欠片も見えないバカみたいな笑顔を浮かべ、以前と同じように俺の手を引いたまま光一郎が振り向く。不本意とはいえ貸しを作ってしまった手前それ以上強固にも断れず、気乗りしないもののやむなく付いていくことにした。


「とっ、取り敢えず手は離せ!みっともない」

 先日のような暗夜ならいざ知らず、冬の夕刻とは言えまだ陽の光がある。それに、丁度下校時間、勤め人でも定時上がりならば帰路に就く頃で、人目は少なくない。大の男が手を引かれているのは、周囲には奇異に映るのではないか。

「俺は全然構わないんだけどねぇ」

 いやに残念そうな面持ちで、光一郎はようやく指を解いた。こっちが構うんだよ、と叫びたいのを堪える。

 そのまま踵を返し逃げ去ってやろうかと思ったが、それもなんだか大人気ない。後ろを気にする奴を無視して、わざと間隔を開けるだけに留めた。

 いくらか歩くと、公園に辿り着いた。この間立ち止まったような、住宅街の隙間にあるようなものではなく、そこそこ広さのある場所だ。

 この桜街には、街の名の由来ともいわれる桜並木を擁する、「桜公園」という大きな公園がある。ちょうど街の中央に位置し、結構な面積を占める、という。地図上の知識だけで、踏み入ったことはないのだが。しかし連れてこられたのはどうやらその「桜公園」ではないらしい。学校の裏手にある、小高い丘のようなところだった。

 ワゴン車のクレープ屋が店を構えている。

「好きなの注文していいよ。ええっと俺は……」

 奢る、という口実だが結局のところ自分の方が食べたかったのだろう。まるで子どものように目を輝かせてメニューを見る光一郎を、少し呆れて眺める。本当にこんなので教師が勤まるのだろうか?

「よし、この苺スペシャルで!鞍君、決まった?」

「え、ぁ……じゃあ、カスタードホイップ」

 押されるように促され言うと、光一郎はどこか嬉しそうに頷き、ワゴンの中の店員に注文した。

 ほのかに甘い香りが漂う。綺麗に丸められた紙のように薄い生地が、鼻先に差し出されていた。

「はい、どうぞ」

「あ、ご馳走様、です」


 車の向かいに置かれたベンチに並んで腰掛け、クレープを受け取り口を付ける。

 甘いものは決して嫌いではない。むしろ、ふわりと口の中で溶けるクリームと、同時に鼻腔をくすぐるバニラの香りは、ささくれ立った気持ちを癒してくれるような気さえした。そんな様子を悟られるのが気恥ずかしく、やや背を向ける格好のまま口を動かす。

 肩越しに俺が食いつくのを覗き込んでから、光一郎は自らの分をぱくぱくと平らげた。子どものように無邪気な、幸せそうな笑顔で。

「はぁ、やっぱり仕事終わりの甘いモノって最高だねぇー」

 持ち手の紙を名残惜しそうに畳み、呟き声で言う。

「うん、美味い」

「そ?良かった」

 手持ち無沙汰になったのか、にこにこしながら俺の食べる姿を見つめる。

「あ、あんま見られると食いづれぇ、んだけど」

「あはは、ごめん」

 目線を逸らし、光一郎が訊ねた。

「鞍君は、なんであの寺にいるの?」

「なんで、って」

 説明するのが難しかった。というより、自分でも判然としづらかった。


 慈玄が前世の俺を知っていて、そのかつての俺を死なせてしまった事が心苦しく、その罪滅ぼしも兼ねて俺の面倒を見ることになった……など、常人に言っても信じて貰えそうもない。他ならぬ、当の俺自身も未だ信じられずにいるのだから。

「慈玄……住職が知り合いで、ちょっと居候させてもらってるだけだよ」

 それだけ言うのが精一杯だった。

「家族は?」

「いない。養護施設育ちなんだ、俺」

 光一郎は心なしか意外そうな顔をした。

「そうなんだ。じゃあ、俺と一緒だね」

「え?」

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