第八話 甘い誘い
「奈穂お嬢様」
竜二さんの甘い声に体が動かなくて、なんだか頭がボーっとする。
「竜二、さん」
竜二さんでいっぱいになりたい。
全部竜二さんで、あたしだけのもので・・・。
竜二さんの唇はあったかくて、なんだか気持ちいい。
ずっと触れていたい。
「りゅうじさ、ん」
「お嬢様」
竜二さんの手が頬に触れて、もう一度優しいキスが降りてきた。
もう何がなんだかわからない。
「奈穂お嬢様」
竜二さんの手が頬から首へ滑り落ちて行く。
手があたたかいわけじゃないけれど、触れられた箇所がすごく熱い。
「脱がしますよ」
耳元で竜二さんの声が聞こえて、全身が震えた。
体がおかしくなりそう。
頭が麻痺している。
「お嬢様」
結んだタイがほどかれて、竜二さんの手が胸元に滑り込んでくる。
「ダ、ダメ!」
勢いよく飛び起きたら、さすがに竜二さんはとても驚いた顔をしていた。
それよりも密着していたから、竜二さんを跳ね飛ばすような形になってしまった。
「ご、ごめんなさい」
何しているんだろう。
「あっ、あの、またきます!」
慌てて部屋を出た。
この状態のまま平然とした顔で美穂の元に戻れるわけもなくて、あたしはそのまま全力疾走で店から出た。
「何してるんだろうあたし、馬鹿だ」
走ったことで余計に乱れた髪や服を整えながら公園のブランコに座った。
幸いなことに人は少なくて、隅っこの砂場に子供が二三人いる程度だ。
ロリータの服では目立ってしまうだろうけど、あたしのこの様子を察してか、子供は誰も近づいてこない。
あの時、あたしはどうなってもいいと思った。
もっと竜二さんに触れてほしくて、今だけはあたしのものでいて、あたしを竜二さんのものにしてほしかった。
だけど違う。
こんなことがしたかったわけじゃない。
あたしは竜二さんの体が欲しいわけじゃない。
カッコいい人に抱かれたいとか、そういう半端な気持ちじゃない。
「バカだ。こんな女がいるから、竜二さんもああいう風になっちゃうんだ。
あたしは竜二さんに感情を覚えてほしいだけなのに・・・」
あたしは立ち上がってとぼとぼと歩き始めた。
なるべく人通りの少ない道を探して地面を見つめた。
雨が降っているわけじゃないのに、あたしの歩く地面がぬれて行く。
どうすればいいのかわからない。
あたしはどうしたらいいのだろう。
やっぱり美穂の言う通り、一度決めた通り近づかない方がいいんだ。