第七話 最優先に奉仕します
「どういうことですか? どうして」
「先日奈穂お嬢様が仰っていたことを考えた結果です」
あたしが言ったこと?
「ここではなんですので、着いて来てください」
何がなんだかわからなかったけれど、とりあえず竜二さんの後に着いて行くことにした。
それにしても廊下を歩いて外にでも行くつもりなのかな?
そう思っていると、突然竜二さんは廊下に並ぶ一つの扉を開いた。
こんなところに部屋があるの?
もしかして従業員の部屋とかじゃないよね。
「えっ、何ここ」
そこにはどこかのお金持ちの人が住んでいるような豪華な部屋が広がっていた。
「こちらはVIPルームとなっております。ごく限られたお嬢様、旦那様だけが入ることができる部屋です」
VIPか。
執事喫茶にもやっぱりそういう特別な場所なんてあるんだ。
たぶんきっとあたしたち一般のお客さんにはその存在すらも知ることはなかったはずだ。
「あたしが入ってもいいんですか?」
「今日はこちらのご予約はございません。少しお話する程度ですので、こちらの方が都合がいいかと思いまして」
竜二さんはそう言って中へと入っていた。
本当に誰かが暮らしていそうだ。
テーブルには高そうな花瓶に生けられた綺麗な花が飾られている。
そこだけでも特別さが伝わるけれど、驚くのはそこにお姫様ベッドがあることだ。
誰もが夢見る大きくて、ふかふかで、天蓋が着けられている。
誰にも合わせられるためか、白で清楚な印象を与える。
壁にはいくつかの絵が飾られていて、なんだろう。
「落ち着かないですね」
「他の場所の方がよろしかったですか?」
竜二さんが慌てて申し訳なさそうな声を出す。
「ここでいいです」
「それでは、こちらにおかけください」
竜二さんはあたしをベッドに腰かけるように言った。
何故だかわからないけれど、ぎこちなく座ってみた。
見た目以上にふかふかなベッドは、座った途端体が沈んだ。
「どのようにすれば奈穂お嬢様のご命令を聞くことができるのか、必死に考えておりました」
竜二さんはそう言いながらあたしの隣に座った。
隣に座った彼は、今までよりもとても近くに感じられた。
「他のお嬢様の申し立てを断ることは私にはできません。
なので、奈穂お嬢様を最優先にすることにしました」
何を言っているのか。
思わず驚いて竜二さんの顔を見上げた。
「奈穂お嬢様、愛しております」
「えっ」
声を出そうと開いた口が竜二さんによって塞がれてしまった。
あの日拒んだキス。
目を閉じるゆとりなんてなくて、驚いて見開いた目には竜二さんがいっぱいになっていて・・・。
「お嬢様」
「りゅう、じさん」
もう一度竜二さんの顔が近づいてきて、今度は自然と目を閉じることができた。
初めてのキス。
大好きな人と、一目を憚って、こんな素敵な部屋でできた。
最高のキス。
最高の・・・。
「奈穂、お嬢様?」
離れた竜二さんが心配そうにあたしを見つめている。
「どうして泣いておられるのですか?」
言われて頬に触れてみると、確かに数的涙が流れた後があった。
そのまま触れている手の上に、新しい涙が伝わって来た。
「ご不満ですか?」
違う。
でも、違う。
「竜二さん、あたしは特別?」
「勿論です」
屈託のない笑顔で言ってしまう竜二さんの顔を見つめて、ようやく涙を流した意味に気づいた。
「なら、特別な人として、竜二さんの思う特別な扱い、して」
自分でも何を言っているのかわからなかった。
だけど頭で考えている暇なんてなくて、ただただ竜二さんの答えを待った。
お嬢様の言う通りじゃなくて、どんな形だって竜二さんの気持ちを感じたい。
竜二さんの顔を見つめた。
隣に並べば必然的に見上げる形になってしまう。
下を向いて考え込んでいる姿を見て、改めて綺麗な顔立ちをしていることに気づいた。
その瞬間考えがまとまったのか、不意打ちのように目があった。
思わずどきりとした。
さっきの行為を改めて感じさせられたような気がした。
「私の思うままでよろしいのですか?」
いつもよりも低い声が響いて、顔中が熱くなった。
「よろしいのですね」
竜二さんの声が今度は甘く体中に響いて、もう何も考えられなくなった。
気づけばあたしは天蓋で仕切られた白い布を見上げていて、それを遮るように竜二さんの顔が現れた。