第四話 感情
竜二さんには近づかない。
そう思っていたはずなのに・・・。
漫画が欲しくてアニメ関連の物が売っている道を歩いていると、目前にカップルが歩いていた。
背の高い男の人と、足の長い綺麗な女の人、とてもお似合いな二人、こんな場所にいることに違和感を覚えるほどだ。
もっと煌びやかな繁華街とかにいそうだな。
それほど興味を持つこともなく、ただただその人たちの後ろをとぼとぼ歩いていると、突然二人が足を止めた。
お店がある場所からは離れたのに、こんなところでどうしたんだろう?
あたしが疑問を抱くのと、何かが弾けたような音が響き渡るのはほとんど同時だった。
一瞬何事かと周りを見渡したが、周りの人達も驚いてこちらを見つめている。
その視線を追えば、目前の二人がいた。
男の人は頬を抑えていて、女の人は真っ赤な顔をしている。
「何々、痴話げんかかしら?」
「こんな道でだいたんだな」
「女つえー、てか男可哀想だな」
「あの人カッコいいのに可哀想」
道行く人々が様々な感想を漏らしながらちらちらと二人に目を向けている。
「最低!」
女の人は道中に響く声を上げて、ヒールをがつがつ鳴らして歩いて行ってしまった。
皆は男の人を哀れむような目で見ながらも、すぐに過ぎ去って行った。
可哀想に。
少し気まずい思いをしながらも、男の人の横を通り過ぎようとした。
なんとなくどんな人なのか気になって、目を向けた途端足が止まった。
「りゅう、じさん?」
驚く素振りもなく、声を発したあたしを見つめた。
「奈穂お嬢様じゃないですか。申し訳ございません。御見苦しいところを見せてしまいましたね」
竜二さんはそう言って、なんでもないように、いつものように笑っている。
普通なら、強がってるって思うけど、たぶん竜二さんにとっては本当になんでもないことなんだと思う。
「何があったんですか?」
「たわいもないことですよ。お気になさらないでください」
たわいもない。
「竜二さん、今日はお休みなんですか?」
「ええ、今日はお暇をいただいております」
なのに、休日も女の人といるんだ。
あの人もお店のお客さんなのかな?
全部問いただしたいのに、竜二さんの顔を見ていると何一つ言葉にならない。
「奈穂お嬢様はお買い物ですか?」
あたしが頷くと、竜二さんは笑って、すぐに踵を返した。
「それでは」
本当にただ道ですれ違ったように、竜二さんはすたすたと歩きだしてしまった。
「待って」
思わず走り出して、竜二さんの腕を掴んだ。
竜二さんは少しだけ驚いた顔をしていた。
「あの、この前のこと・・・」
「この前?」
竜二さんは本当に不思議そうな顔をしている。
竜二さんにとっては、あれもたわいもないことなんだ。
美穂が言ってたように、何も思わない方がいいんだよね。
竜二さんとはもう近づかない方がいいんだよね。
「あたしに! 欲情したって、キス、した日の・・・こと」
何言ってるんだろう。
もう離れなきゃいけないのに。
「あのことですか。大変申し訳ございませんでした。お嬢様の意志も確認せずに勝手な行動をとってしまいましたね。
実は先程のお嬢様もそれが原因なのですよ」
竜二さんは少しだけ悲しそうな、困ったような表情をした。
「なんであの人怒ったんですか?」
「あのお嬢様が今日は家に帰るつもりはない。明日の朝まで共にいたいとおっしゃるものですから、私はホテルをとっておいたのですよ。
そしたらそういう配慮はいらない。他の女と一緒にするな。と言われまして」
竜二さんは何の感情もなく事実だけを告げている。
「竜二さん、どうして、そうやって色んな女の人に」
「お嬢様にお仕えするのが執事の仕事ですから。女性はつくされるのが好きなのでしょう?」
どうしてこの人は無感情にこんなことを言ってしまうんだろう。
つくすとか、仕えるとか、明らかに執事がすること以上のことをしているよね?
「なんで、なんで、お嬢様を喜ばせるためにはなんでもできるなんて、そんなのおかしいよ!」
何やってるんだろう。
こんな道で叫んで、さっきの女のひとと一緒じゃない。
道行く人々の視線を感じる。
だけどそんなことはどうでもよくて、ただ、竜二さんの表情の変わらないことが気になった。
「奈穂お嬢様、どこか場所を変えましょうか」
竜二さんは柔らかい笑顔を向けた。
どうしてだろう。
竜二さんが笑顔を見せるほどに偽りだと思ってしまう。
無表情の竜二さんが、本当の竜二さんの気がする。
そんなの寂しいよ・・・。
「あたしが、あたしが全部教えたい!」




