第三話 美穂の警告
学校で美穂といつものように話していても、あたしの頭の中はあのことでいっぱいだった。
竜二さんがわからない。
まだ二回店に行って、二回外で会っただけ。
なのに・・・。
「奈穂、どうしたの? 顔赤いけど、暑いの?」
「えっ、ううん。そんなことないよ」
教室の空調は適温だ。
九月らしい秋の気温に包まれている。
「だよね。今日寒いくらいだもん」
美穂はそういいながらセーターを着た両腕を包み込んだ。
「それよりさー。どうだった? 桜庭さん。超かっこよかったでしょ?」
美穂は突然目を輝かせて語り始めた。
美穂可愛いな。
「うん。仕事できそうな人だったよね」
あたしがそう言えば、美穂は何故かあたしの顔を無言で見つめてくる。
この答えに不服ってこと?
美穂の顔を見つめながら思考を巡らせていると、美穂が突然顔を寄せてきた。
「もしかして、本当に竜二に惚れたの?」
言葉を失ってしまった。
何故だかあたしは動揺していることを知られたくなくて、必死になんでもない風を装ってみた。
だけど美穂はそんなあたしのことなどお見通しなのか、眉を寄せてじっと睨むように見つめてくる。
「奈穂、あのね」
美穂は観念したように顔を引っ込めた。
さっきまでの真剣な表情はなくなっていて、だけどいつもみたいな柔らかい表情でもなくて、美穂はなんとなく気まずそうにしている。
「あたしも桜庭さんが好きとかはしゃいでるから、言えた義理じゃないんだけどね。
執事に恋しても無駄だよ?」
美穂の声は酷く冷たかった。
さっきまであんなにも桜庭さんについて語っていた美穂は何処に行ってしまったんだろう。
「そりゃ、あれなんでしょ。執事って恋愛禁止なんでしょ? 美穂も辛いの?
桜庭さんとどうしたって特別になれないって思うの辛いの?」
あたしが慌てたように言えば、美穂は少しだけ困った顔をした。
「桜庭さんは大丈夫だよ。あの人は本当に全部割り切ってるもん。
お嬢様と執事の距離も全部わかってる。でも、竜二さんは・・・」
口ごもる美穂の姿に、再びあの時のことが頭の中を流れた。
竜二さんはお嬢様にはなんでもしてしまうから、だから本気で恋しようとしてしまうから、近づくなってことなのかな?
美穂の言葉を解釈すると、何故だか喉の辺りがもやもやして、美穂に今の考えを伝えようとしても声がでてこない。
「ねえ、奈穂。もう何かあったとか言わないよね?」
あるわけないでしょう。
そう言おうと思って美穂の顔を見て驚いてしまった。
思わず目を見開いてしまい、危うく涙がこぼれそうになった。
美穂は何を知っているのか。
泣きそうな顔であたしを見つめてくる。
「奈穂はさ、恋愛経験ないし、変わったものに興味を持つでしょう?
これからも執事喫茶には一緒に行きたいよ?
でも、もし竜二さんに何か思うなら、考え直してほしいなって、ごめんね。変なこと言ったね」
美穂は慌てて笑顔を浮かべている。
美穂の歪んだ顔を見ていると、とてもこの前の事なんて話せない。
それに・・・。
「ううん。ありがとう。また行こうね」
何とか作った笑顔で答えれば、美穂は安心したように笑ってくれた。
なんとなく、竜二さんのことは聞きたくなかった。
あの人に何かがあることはわかっている。
だけど今はまだそれを受け止められる状況じゃない。
美穂の言う通り竜二さんには近づかないようにしよう。