第二話 知的執事桜庭
「美穂! 今度のお休み、またあの店に連れて行ってほしいんだけど」
次の日学校で美穂が教室に入ってくるなりあたし勢いよくかけよった。
美穂は驚いた顔であたしを見つめた。
「あの店って、執事喫茶?」
美穂は驚いた顔のまま静かに尋ねる。
「そう、あの店」
「そっか。奈穂って変わったもの好きだもんね。すっかりはまっちゃったってわけね」
美穂は特に不思議がることもなく少し嬉しそうに言った。
「あっ、そうそう。あの日は残念ながらいなかったんだけどね。あたしのお気に入りで桜庭って人がいるの。
次の休みの予約には絶対いるって言ってたから、紹介するね」
美穂はまるで彼氏を紹介するとでも言うように、頬を赤らめている。
「美穂ってあんなすごい場所にどれくらいの頻度で行ってるの?」
「えっ、毎週だよ?」
美穂は当たり前のように言ってのけた。
あんなにもすさまじいところに毎週通うなんて恐ろしい。
美穂は本当にお嬢様と言われるだけある。
そして迎えたその日。
どうしよう。
美穂がここに来るときはやっぱりこの服じゃなきゃっていうから、美穂と一緒に買ったふわふわのワンピースを着てみたのはいいのだけれど・・・。
竜二さんに見られると思うと恥ずかしい。
いや、この前もこんな恰好で店に行ったんだけどね。
あの人はどんなことを思って仕事をしているんだろう。
あの人恋とかちゃんとしてるのかな。
「って、何考えてるんだろう」
「奈穂、遅いよー。もう、今日は桜庭さんいるんだからー」
美穂はとても嬉しそうに言っている。
化粧もいつもより念入りな気がする。
「おかえりなさいませお嬢様」
あの日のように執事が出迎えてくれた。
どうやらこの人が桜庭という人らしく、美穂はうっとりとした目で桜庭さんを見つめている。
確かにカッコいい。
竜二さんとはまた違って、大人の魅力というか、メガネが知的に見えるというか、まさに執事の雰囲気にぴったりの人だと思う。
「美穂お嬢様は今日もお洒落ですね」
桜庭さんが何か声をかける度に美穂はきらきらした目を向けて、緊張した様子で話している。
「では、お席はこちらでございます」
この前と同じ個室のように隔離された部屋。
美穂は恐らく毎週この場所を陣取っているのだろう。
「桜庭さんかっこいいでしょう」
桜庭さんが下がっていくと、美穂は目を輝かせてあたしの腕を引っ張って来る。
なんだか恋する乙女みたいだな。
羨ましい。
「あっ、あたしお手洗い行ってくるね」
「あ、ちょっ、奈穂ダメだよ。執事呼ばなきゃ」
「えっ」
思わず変な声が漏れた。
トイレ行くのに執事呼ばなきゃいけないの?
連れて行ってもらうってこと?
子供じゃあるまいし恥ずかしいな。
「ベル鳴らすから」
美穂がベルを鳴らすとまもなく桜庭さんがやってきた。
「お呼びでしょうか?」
「奈穂がお手洗いに行きたいって言ってるの」
美穂はまるで自分のことのように恥ずかしそうに言っている。
どんな内容でも桜庭さんが相手だと緊張するんだろうな。
「行きましょうか」
桜庭さんは優しい笑顔を向けて手を差し伸べてきた。
この手に捕まって立てってこと?
なんだか恥ずかしいな。
桜庭さんの手を借りて、そのままエスコートしてもらった。
あの席にいたらフロアが見渡せないから、こういう時に見ておかないと・・・。
「あっ」
「どうかなさいましたか?」
思わず声を上げて立ち止まってしまった。
桜庭さんは不思議そうにあたしを見つめている。
「す、すみません。なんでもありません」
トイレに入って頭を冷やした。
竜二さんを見つけてこんなに顔が熱くなるなんてあたしはどうかしている。
あの人は今もただ仕事のためだけに笑顔を浮かべて、また求める人がいたら気づかれない場所でそういうことしちゃうのかな。
「って、何考えてるんだろう」
いつまでもトイレの中にいたら美穂が心配しちゃう。
フロアに戻ると、桜庭さんが見当たらなかった。
エスコートをしてもらった時にお戻りの際は扉の前でお待ち下さいって言うから、こうして待っているんだけどな。
「お嬢様お戻りですか」
一人で待っているのがなんだか恥ずかしくて顔を下げていると、ようやく誰かが来てくれたらしい。
安心して少し勢いよく顔を上げると、そこには竜二さんがいた。
「どうかしました? 気分でも悪いですか?」
竜二さんにとってはこの前のことなんてなんでもないのだろう。
もしあの時あのままキスをしていようとも、竜二さんは何もなかったようにあたしを一人のお嬢様としてお世話してくれるんだ。
「大丈夫です」
「では、お席に戻りましょうか」
竜二さんの笑顔は本当に素敵で、あたしの心をかき乱す。
執事服がとても似合っていて、後ろ姿からでもたくましいのがわかって、本当にカッコいい。
「ではごゆっくり」
何考えてるんだろう。
竜二さんが去って行ってから、あたしは顔が熱くなるのがわかった。
「慣れれば平気だよ。トイレに案内してもらうなんて日常じゃありえないもんね」
美穂は弾むような声で言っている。
今日の美穂はとてもご機嫌だ。
執事としてお気に入りなのか、それ以上の感情があるのか、どちらにしても美穂は純粋に桜庭さんが好きで、その思いを自分できちんと受け止めている。
なのにあたしは・・・。