第十六話 無理はいけません
「竜二さん」
今日はいつもと同じで桜庭さんと一緒に出てきた。
「奈穂お嬢様」
桜庭さんと目が合ったと思ったら、突然慌てて桜庭さんに肩を掴まれた。
驚いて桜庭さんを見つめていると、しばらくしてハッとしたように離れて行った。
竜二さんはただあたしたちを見ているだけで、何を考えているのかわからない。
「奈穂お嬢様行きますよ」
その声に呼ばれて桜庭さんに一礼だけして、先に歩き出した竜二さんの後を追った。
「明日、休みなんです」
少し歩いてから竜二さんがぽつりと呟いた。
先の言葉を待っていると、竜二さんは何故かちらちらこちらを伺っている。
「なので、明日は学校が終わったら私が指定する場所に来てくださいね」
「指定する場所?」
「行きたいところがあるので」
なんだかデートみたい。
竜二さんは今どんなこと思っているんだろう。
こんな風に竜二さんの素が見れるようになって、家にも行けるようになって、休日の呼び出し。
普通に考えれば近づいたと思えるんだろうけど、相手は竜二さんだから素直には喜べない。
もっと頑張らなきゃいけない。
だから、今はただ竜二さんの思うままに、竜二さんのやりたいことに付き合っていかなきゃ。
「今日は何を作るんですか?」
昨日同様テーブルに座って待っている竜二さんが、あたしの背中に声をかけてくれる。
なんだかくすぐったい幸せ。
「内緒です。待っててください」
ああ、これが普通に、彼氏だったらな。
なんだか虚しくなってきたな。
嬉しいことが増える度に今の現状を教えられているようで、あたしは結局何をしたって竜二さんの中には入れない。
竜二さんの中にはまだ、あの人がいる。
あー、ダメだ。
一回変な方向に考えちゃったらどんどん悪いことばっかり考えちゃう。
「どうかしたか?」
竜二さんの心配そうな声が聞こえてくる。
冷たくても、そこにどんな感情が含まれているかなんてもうわかる。
「奈穂お嬢様?」
竜二さんの声が近づいてくる。
「お前、顔、真っ青だぞ」
えっ、なんで、おかしいな。
竜二さんの顔、歪んで見える。
「おい」
「目、覚めたか?」
どういうこと。
なんであたし・・・。
ここまだ、竜二さんの家、ていうか竜二さんのベッド。
「あたし」
「飯作ってる時、真っ青で、意識なくしただろ」
そうだった。
嫌なことばっかり考えて、そしたら急に頭がくらくらして、体が重かった。
「大丈夫か?」
「はい」
竜二さん、なんだか辛そうな顔してる。
「すみません。もう大丈夫なんで、帰ります」
「いいから、寝てろよ。寝てろバカが」
竜二さんはそう吐き捨てて寝室から出て行った。