第十五話 軋み始める
今日は意地でも眠らないようにしているらしい。
竜二さんは昨日みたいに自室には入らず、キッチンの椅子に座って腕を組んでいる。
背中を向けているとはいえ、なんだか無言の圧力を感じて居心地悪い。
「竜二さん、できましたよ」
「今日は奈穂お嬢様の出来立てのお料理が食べられますね」
昨日勝手に帰ったことを相当根に持っているらしい。
「でも、あたし、竜二さんが食べ終わるまで、待っていなくちゃいけないんですか?」
時刻は十時前、明日も学校がある。
「俺と一緒にいたいんじゃないんですか? それに俺の頼みならなんでも聞くって言ったのはそっちだ」
竜二さんの営業口調が乱れたことに恐れと喜びを感じた。
竜二さんはあたしの気持ちなんてわからないって言っていたけど、竜二さんはあたしをどうしていたいんだろう。
「高校生にしては中々上手ですね」
営業口調の、あの誰にでも紳士的な竜二さんからは想像できない。
他の竜二さんを好きな女の人が知れば卒倒してしまいそうな変わりぶりだけど、あたしはこっちの顔がもっと見たいと思った。
これが本来の竜二さんなのか、女の人を信じなくなったが故に生まれたものなのかはわからない。
だけど、少なくとも偽りの感情でないことが嬉しい。
「奈穂、お嬢様。どうせ時間を持て余すのなら、明日の朝食を作っておいてください」
「えっ、は、はい」
一瞬奈穂って呼ぼうとした?
ご飯食べてるから言葉が詰まっただけ?
竜二さんを見つめても黙々とご飯を食べている。
「朝何が良いんですか?」
「普段は食べないので、サラダなどと軽いものにしてください」
またいつもの口調に戻った。
昨日から竜二さんの家に上がってご飯を作るようになったけれど、これは進展と呼べるのだろうか。
竜二さんの心、読みたいな。
朝食を作ってと言われ、簡単なサラダとポタージュを作った。
竜二さんは何をしているのか、その間もずっと静かだった。
「竜二さん」
あまりにも静かだったから、また眠ってしまったのじゃないかと心配になって見てみれば、テーブルに体を突っ伏して携帯をいじっていた。
当たり前の光景。
だけどその当たり前が新鮮で、このままじっと見つめていようかと思っていれば、視線に気づかれてしまった。
「できましたか? 十一時ですね。お風呂でも入って行かれますか?」
竜二さんは意地の悪い笑顔を浮かべている。
ご飯も食べて眠いのだろう。
目がとろんとしている。
「そ、そう言って女の人をいつも・・・」
吹き出す笑い声が聞こえてきた。
「え?」
竜二さんの無邪気な顔。
「いや、すみません。本当に面白いですね。今日はもういいですよ。帰っても。気をつけてくださいね。奈穂お嬢様」
眠気に負けていつもとは違う様子の竜二さん。
「わかりました。帰ります。おやすみなさい」
このまま向き合っていけば、きっといい方向に進むに違いない。
竜二さんはきっとあたしに気を許すようになっているんだ。
なんだか急に前向きになれた。
よしこのまま諦めないぞ!
ああ、やってしまった。
今日は一時間目から体育だ。
朝ご飯も食べる時間がなくて、学校まで駆け出した。
一時間目が体育の日はホームルームはなしで、各自で着替えて集合するようになっている。
「珍しいね、奈穂が遅刻寸前なんて」
「なんとか間に合った」
体育をする前に疲れていては元も子もない。
しかも朝だからということでいつもはしないのに、準備体操として校庭一周してから授業が始まった。
「奈穂大丈夫? 顔真っ青だよ?」
「大丈夫、今日に限って朝ご飯食べてないだけだから寝てたら平気だよ」
今のうちに体力温存しておかなきゃ、今日も竜二さんの家に行くんだから。