第十四話 ご安心ください
桜庭さんが言っていた竜二さんの初恋の人、竜二さんをこんな性格にしてしまった人。
あたしはそっと扉を閉めて部屋から出た。
もう十時半になってしまう。
片づけだけしてさっさと帰ってしまおう。
竜二さんがあたしを試すために求めたのは食事を作ること。ただそれだけだ。
片づけを終えてとぼとぼと暗い道を歩く。
竜二さんが初めて愛した女性、何があったのかは聞いていない。
だけど桜庭さんの言う通り、今も竜二さんを苦しめているのは間違いない。
忘れられたなら、過去の事にできたなら、いくら倒して至って写真立てに入れたりしない。
あたしはあの人に、竜二さんの過去に勝たなければいけない。
次の日も九時前に店へ向かった。
表で待っていて帰る人に不審に思われるのは嫌だったので裏口の近くでまつことにした。
どちらにしても竜二さんはここから出てくる。
この前みたいにふいを突かれるのも心臓に悪い。
「奈穂お嬢様」
ガチャリと扉の開く音がしたので少し距離を取っていれば、名前を呼ばれて体が跳ね上がった。
「桜庭さん」
大きなゴミ袋を抱えた桜庭さんが出てきた。
「今日も早いですね。竜二のために、あなたは頑張ってくれるのですね」
桜庭さんは嬉しそうに微笑んだ。
「あの、桜庭さん。竜二さんが好きだった女の人って、どんな人だったんですか?」
桜庭さんは驚いてから、真剣な顔になった。
「やはり気にされているのですね」
「昨日、竜二さんの部屋で、写真を見てしまって、なんだか冷たそうな人だったから」
「竜二の家に入ったのですか?」
桜庭さんはそんなところで心底驚いていた。
竜二さんを救ってほしいとお願いして来た本人なんだから、まさか家に入ったことを咎めることはないと思うけれど、桜庭さんの驚きぶりは異常だ。
「そうですか。奈穂お嬢様ご安心ください。
その者を気にする必要などありません。
それでも気になると言うのなら、機会を待って竜二に直接尋ねてみてはいかがでしょうか。
それではまだ片づけが残っておりますので、しばしお待ちください」
桜庭さんは何故だか少し嬉しそうだった気がする。
なんの根拠を持って安心してなんて言ったんだろう。
桜庭さんも掴めない人だな。
ガチャリと再び扉が開く音がしたので、今度は身構える。
今度こそ竜二さんが帰り支度をして出てきた。
「何をそんなに身構えているんですか? 猛獣なんて飛びついてきませんよ?」
今度こそ脅かされないぞ!と思っていたあたしは、本当にファイティングポーズを取ってしまっていた。
恥ずかしい。
何してるんだろう。
「ところで昨日、私に断りもなく帰りましたよね?」
「だって竜二さん寝てたじゃないですか」
「今日からは私が帰っていいと言うまで帰らないでくださいね」
寝ている間に帰ったことそんなに怒っているのかな。
竜二さんの顔を見ようとすれば、昨日のようにまたそっぽを向いて速足で歩きだしてしまった。