第十三話 初めてのお宅訪問
「奈穂お嬢様?」
驚いた桜庭さんの声が聞こえてきた。
今日は昨日より出てくるのが早い。
竜二さんの後にきてしまっては誠意が伝わらないと思い、閉店前に店に着くように走った。
その甲斐もあって、竜二さんは驚いた目であたしを見つめていた。
「竜二さん、帰りましょうか」
当たり前のように声をかければ、察してくれたようで桜庭さんは黙って帰って行った。
さっきの驚きようから竜二さんは昨日のことを言っていないはず、桜庭さんはきっと不審に思っているだろう。
「本当にやるとは思いませんでした」
竜二さんは前を見たまま言った。
「少しはあたしの気持ちが伝わりましたか?」
「さあ、まだ初日ですから」
それから竜二さんは声をかけるなとでも言うようにそっぽを向いて黙って足を進め続けた。
なんだか居心地悪いな。
でも、あたしが踏み込まなかったらこんな竜二さんの姿は見られなかった。
誰も竜二さんがこんな態度を取ることを知らない。
そう思うと嬉しくて、後どれくらいで着くかわからない道を笑顔で歩けた。
「ここです」
しばらく歩いてオートロックのマンションが見えたところで竜二さんがあたしを見つめてから、目の前のマンションを指した。
執事喫茶。
執事ってやっぱり綺麗なところに住んでいるんだ。
「何しているんですか? 締め出しますよ?」
うっとりとマンションを見上げていると、いつの間にか竜二さんはマンションの中に入っていた。
慌てて走れば、竜二さんは何をしているんだ。と言わんばかりに冷めた目であたしを見つめている。
「ところで何を作ってくれるんですか?」
「は、はい。遅いのであまり重たい物はいけないと思ったので、野菜中心にしてみました」
なるべく明るく見せよう。
エレベーターという狭い空間の中で、顔いっぱいに笑顔を浮かべて買い物袋を前に出せば、竜二さんはまたそっぽを向いてしまった。
野菜が気に入らなかったのかな。
「どうぞ」
エレベーターを降り、部屋の前に来てふと気づいた。
竜二さんの挑戦に乗るように勢いに任せてご飯を作ると言ったけど、よく考えれば一人暮らしの竜二さんの家にあたしは上がろうとしている。
「早く入ってください」
扉を開けて先に入るようにと手を添えて待っている竜二さんは、やっぱり執事なんだと思った。
何変なことを考えてしまっているのだろうか。
竜二さんはお嬢様に頼まれなければあんなことしたりしない。
認めていないあたしに、何かをするわけがない。
「お邪魔します」
普通こういう時って住人が先に入るものじゃなかったっけ?どうだったけ?
廊下を歩く足が緊張で震える。
扉を開けばリビングとキッチンが顔を覗かせた。
「きれー」
外観通り中もとても綺麗だ。
必要最低限の物が置かれていて、中は広かった。
だけど殺風景な印象は受けない。
たぶん家具の配置がそう思わせているのかもしれない。
「器具はそこの棚に入っていますのでなんでもご自由にどうぞ」
竜二さんはそう言って隣の部屋の扉を開けて中に入って行ってしまった。
「よし!」
鍋やらフライパンやら全てが綺麗で、竜二さんは普段何を食べているのか心配になった。
あんなにいっぱいいるのに、女の人に作ってもらったりしてないのかな。
「竜二さん、できましたよ」
怖々と何度も味見をしてようやく完成した。
「竜二さん?」
もしかして寝ちゃった?
「竜二さん、入りますよ」
恐る恐る扉を開ければモノトーンに統一された部屋が目の前に広がった。
壁の端に置かれたベッドに竜二さんは着替えもせずに眠ってしまっていた。
どうしよう。起こすべきかな?
そんなことを思いながらも、竜二さんの部屋が気になってあちこちに目を這わせた。
机の上に目を向ければ紅茶の淹れ方、接客の仕方、など様々な本が置かれていた。
「竜二さんって結構真面目なんだな」
机に近づいて、写真立てが倒れているのに気づいた。
見たことのない無邪気な竜二さんの笑顔、その隣には綺麗だけどむすっとしていて近寄りがたい女のひとが写っていた。
「この人」