第十一話 他人を救うなんておこがましい
「竜二は元々は笑顔が絶えない人でした。
一見冷たそうに見える顔が笑うと柔らかく見え、友達も多かったんですよ。
女性の友達もたくさんおりましたが、どこか少し距離をおいていました。
今からは考えられないかもしれませんが、竜二は女性と手が触れただけで顔を赤くしておりました」
桜庭さんは遠くを見つめながら懐かしそうに語ってくれた。
竜二さんのことについて語っているはずなのに、まるで知らない人の話を聞いているようだった。
「私は竜二を幼い頃から知っておりますが、竜二はそれまで女性に特別な感情を抱いたことはありませんでした。
中学生ともなれば友達の間で恋愛の話は一番の話題に上がるでしょう?
竜二はそういう話には無縁で、いつも笑って皆の話を聞き、自分のこととなるとどこか冷めた様子でした」
桜庭さんはまだ純粋だった頃の竜二さんを懐かしんでいるようだった。
幼いころから傍にいた桜庭さん、竜二さんが今のようになっても変わらずに傍にいる。
「だから私は高校に入って竜二が初めて恋をした時、とても嬉しかったのですよ」
桜庭さんは唐突に下を向いてしまった。
「桜庭さん?」
握りしめられた拳を見てハッとした。
初めに見せた苦しそうな表情、桜庭さんは竜二さんが壊れたことを憎んでいる。
恐らくそれは、その相手は、竜二さんが初めて恋をした女性。
「どんな相手でも、恋をしてしまえばその方が自分の中で一番の存在になってしまいます。
だからこそ裏切られた傷は大きい。
竜二はずっとあの者の幻影に苦しめられている」
桜庭さんは声を荒げないように何度も拳を強く握りしめ、全てを言い終えてから顔を上げた。
「奈穂お嬢様、あなたは竜二の顔が好きなわけでも、お嬢様に奉仕をする竜二だけが好きなわけでもないのですよね?」
桜庭さんの懇願するような目があたしを見つめる。
自分の心に問いかけると、桜庭さんの言葉に簡単に頷ける自信がなかった。
だけど見つめる桜庭さんから目を逸らすことができなくて、あたしは唇を噛みしめたまま桜庭さんを見つめ返した。
「あたしは竜二さんと一緒に笑いあいたい。
女のひとをとっかえひっかえするんじゃなくて、本当の竜二さんの感情を知って、本当に一人の人のためだけに、
いえ、その・・・」
違うこんなことはきれいごとで。
「奈穂お嬢様はとても素直な方ですね」
「えっ?」
「あなたのまっすぐな思いを続ければ竜二に届くと思います。
あなたに責任を預けるようで心苦しいですが、あなたにしか救えないと思っています。
どうか」
驚きも収まらぬうちに桜庭さんはあたしに深々と頭を下げた。
竜二さんの感情が知りたい。
どうして女の人をとっかえひっかえしているのか気になった。
だけどあたしは竜二さんを過去から救ってあげたいとか、感情教えて恋をして人生を楽しんでほしいとかそんなことを考えたわけではなかった。
あたしはもっと汚い。
竜二さんを好きになって、竜二さんにも好きになってほしい。
そんな私利私欲のためだけに感情を知ってなんて無責任なことを言った。
そんなあたしに竜二さんを救うことなんてできるのだろうか?
「申し訳ございません。
奈穂お嬢様はありのままでいてください」
いつの間にか顔を上げていた桜庭さんは、慌ててあたしの肩に手を置いて訂正した。
ああ、桜庭さんはきっと竜二さんの傍にいたからこそ、誰よりも人の心に敏感なんだ。