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第十話 感情など醜いだけですよ

たぶんもうすぐ終わるはずだ。


午後九時半、あたしは今執事喫茶の前にいる。


美穂に話を聞いてから竜二さんときちんと話をしようと決めた。

勿論仕事中に私的な話をするわけにもいかず、今までのようにどこかで会える偶然を考えるよりも、こうするのが一番良い方法だと思った。



美穂は九時には大抵最後の予約の人が出て行く時間だって言っていたから、片づけを含めればもうすぐ出てくるはずだ。



「なんだか、緊張してきた」



「奈穂お嬢様?」


驚いて声の下方へ振り返れば、従業員の通用口でもあるのか、入口とは別のところから竜二さんがやってきた。


「奈穂お嬢様?」


その後ろには桜庭さんの姿もあった。



まだ時間があると余裕を持っていたあたしのは、突然のことに動揺するばかりで何一つ言葉が出てこなかった。



「どうかされましたか?」


竜二さんが心配そうな顔で近寄ってくる。

その後ろで見守る桜庭さんの姿を見て、今日の美穂の顔を思い出した。


「あの、竜二さん、少しお時間よろしいですか?」



「はい」




どこで話せばいいのかわからなくて、夜ということを利用してあまり人の通らない道へ進んだ。

竜二さんはあたしが黙って前を歩いていても、その間何かを問いかけることはなく黙ってついて来てくれた。



「あの、あたし、この前みたいなことをしたいんじゃないんです」


「お気に召さなかったようで、無理やりあのようなことをしてしまい、本当に申し訳ございませんでした」


竜二さんはご丁寧に頭を下げて謝った。


「違うんです。そうじゃなくて、あたしはこういう竜二さんを変えたいと思って、竜二さんに感情を知ってほしいんです。

無感情にお嬢様に尽くす。それは執事喫茶の執事としてはすごいことかもしれないです。

でも、そういうことじゃなくて、人として一人の男の人として、色んな感情を味わってほしい」



「感情を、ですか。それを味わって何かいいことでもありますか?」


竜二さんの酷く冷めた目が突き刺さる。

なんて悲しい目をしているんだろう。


「奈穂お嬢様の考えていることが私には理解できません」


「どうして?

好きな人に笑いかけて欲しいとか、思いを通じ合いたいとか、愛してもらっているって実感したいって思うでしょう。

一緒に喜びを分かち合いたい、悲しいことがあれば一緒に乗り越えたい。

どうしてわからないの?」


思わず声をあげてしまった。

あたしは何を偉そうに言っているのだろうか。



「えっ」



竜二さんの顔が強張っていた。

怒っている。

怒らせてしまった。


「ほら、感情など醜いだけですよ」


あたしが落ち込んだ顔を見せてしまっていたのか、竜二さんは吐き捨てるように呟いて歩いて行ってしまった。



感情など醜い。

そう言った竜二さんになんの言葉もかけられなかった。


桜庭さんのあたしになら救えると言っていた言葉を思い出した。


竜二さんは何を抱え込んでいるんだろう。



「奈穂お嬢様」


「桜庭さん?」


さっき別れたはずの桜庭さんが慌てて駆け寄って来た。


「すみません、話を聞かせていただきました。奈穂お嬢様ももう竜二とは関わりたくないと思いましたか?」


桜庭さんの悲しそうな言葉が胸に染みわたる。


「どうして竜二さんは、こんな風になってしまったのですか?」


本当は竜二さんの口から直接聞きたかった。

だけどきっともう竜二さんは今までみたいにあたしに関わることはないだろう。


「竜二が初めて愛した女のせいです。

あの女のせいで竜二は壊れてしまいました」



いつもクールで知的な桜庭さんが、眉間に皺を寄せて吐き捨てた。


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