皇妃様、皇帝陛下に溺愛される。【3】
R15は保険です。
前作と全前作は上のリンクからいけます。
「サーシャ、私、つらいわ。」
「えぇ、姫様。私もです。」
大陸一の大国、ユースタシア帝国皇帝アレクサンダーの皇妃、ナターリアとその側付きサーシャは今日何度目かわからないため息をはきだした。
「罪悪感で倒れそうだわ……」
はぁ……と再びため息を吐く。
と、政務を行っているはずのアレクサンダーが部屋へと戻ってくる。
「ナターリア、ため息などついて、具合が悪いのか?すぐに医者を呼ぼう。リーヴィッヒ!3分で呼んでこい!」
アレクサンダーの言葉にナターリアとサーシャは慌てた。医者なんか呼んだら大事になってしまう。
「ち、ちがうの!アレク。あなたに会えなくてつい寂しくなってしまっただけよ!」
そう行ってアレクサンダーに飛びつく。ナターリアの決死の覚悟にサーシャは思わず涙した。
この後のナターリアの運命は、調子に乗ったアレクサンダーにひたすらまとわりつかれる、の一択である。
「ナターリア!!」
感極まったようにナターリアを抱きしめるが、いつものような力強さはない。あくまでも優しく包むように抱きしめられ、ナターリアはまた罪悪感に包まれる。
自分たちは今、アレクサンダーをだましている。
いや、最早国すらも騙しているのだ。
事の始まりはほんの数日前のことだった。
すごく美味しいお菓子をもらって、メイドのみんなとお茶をしていたら、いつもアレクサンダーのそばにいるはずのリーヴィッヒが訪ねてきた。
「え?側室?」
「そうです。パルシア王国との国交が緊張状態にある今、早急に世継ぎをなし、帝国民を安心させる必要があると大臣等が騒ぎ始めています。」
「で、でも、私とアレクサンダーが結婚してまだ4ヶ月よ?」
まぁ、要は力を持ちたい貴族達の戯言ですから。とリーヴィッヒは言うが、内心穏やかでない。アレクサンダーがナターリアしか見ていないのはわかってはいるが、側室絡みのどろどろした話などいくらでも聞く。
「ただ、戯言でもその意見が多くなってくると皇帝陛下でも無視はできません。そのせいで最近ピリピリしていまして、同じ部屋で政務をする文官一同のストレスも。」
「大臣達を大人しくさせる方法はないんですか?」
サーシャが身もふたもない意見を言う。大臣達に聞かれたら不敬だと騒がれそうだが幸いここには身分を気にしない筆頭のリーヴィッヒしかいない。
「えぇ、私も色々と考えましたが、皇妃様に妊娠したフリをしていただくのが手っ取り早いかと。」
「妊娠のフリ?!時間が経てば絶対にバレるわ!」
「その時はまだ別の方法を考えればいいのです。それに、いつ事実になってもおかしくないのですし。」
ナターリアの頬が赤く染まる。
サーシャの、いずれ痛くなくなりますよという言葉を納得するくらいにはナターリアとアレクサンダーは愛し合っている。
でも、だからといってそんなすぐにバレそうな嘘いいのだろうか。
バレたらそれこそ側室騒ぎに発展しそうである。
側室、嘘、大臣、アレクサンダー
ぐるぐるぐるぐる頭をまわる単語にわけがわからなくなったナターリアはつい、わかったわと頷いしまった。
その後すぐに後悔することになる。
「ナターリア!!!子が宿ったというのは本当か?!」
さっそくアレクサンダーが飛び込んでくる。自分では演技できる自身がなかったのでリーヴィッヒに伝えてもらった。 アレクサンダーにも嘘をつくのは、「皇帝陛下がうっとおしいくらいに喜んでいれば真実味がますでしょう。」というリーヴィッヒの意見からだ。
「え、えぇ。男の子だといいわね」
うふふ、とわざとらしく笑うが興奮しているアレクサンダーは気にならないようだ。
「どちらでも嬉しいが、私はナターリアに似た女の子がいい。」
名前はなににしようか、と嬉しそうなアレクサンダーを見ていると段々と罪悪感が育ってくる。
やっぱりアレクサンダーには言ってしまおうか……
「あの、アレク……」
ナターリアの足元にひざまずくアレクサンダーはナターリアの腹部をなでながら、ん?と優しく聞き返してくる。
あぁ、もう…………言える訳が無い。
ここからナターリアの後悔の日々がはじまる。
妊娠したとつげられてからアレクサンダーは予想以上に喜び、そして過保護になった。
移動するたびに抱き上げられていた時期はさすがに辟易した。運動も少しは必要だとサーシャに言われてからは多少の散歩は許可されたが、ぴったりとアレクサンダーがついて回るようになった。
そのたびに嬉しそうに子供が産まれた後のことを話すものだから毎回ナターリアは胃が痛かった。
ここで冒頭に戻る。
アレクサンダーはさんざんナターリアの世話を焼いたあと、「休憩を入れる度に皇妃様の所に入り浸るのはやめてください。休憩抜きますよ。」
というリーヴィッヒに引っ張られていった。
「ねぇ、サーシャ。本当に辛いの。どうしましょう。」
「この際、皇帝陛下に打ち明けてしまいましょうか」
「無理よ、今更そんなこと言って悲しませたくないもの。」
最早ナターリアは背水の陣である。
「もう、本当に妊娠するしかないわ!!」
ナターリアの男らしい覚悟にサーシャは再び涙した。
ふぅ、と深呼吸する。
もうすぐアレクサンダーは帰ってくる。
自分からアレクサンダーを誘うのははじめてだ。こんなに緊張するなんて思わなかった。
最近、定時であがるアレクサンダーは予想通りいつもの時間に帰ってきた。
「お帰りなさい。」
ナターリアが声をかけると、嬉しそうに身を寄せてくる。
「ただいま。愛しいナターリア。」
ふぅ、ともう一度深呼吸をしてにこにこ機嫌よさそうなアレクサンダーを上目遣いで見上げる。
誘うように口づけるとアレクサンダーは急いで体を離した。
「な、ナターリア!すごく嬉しいが、その、嬉しすぎて我慢できなくなるからそれ以上はやめてくれ!」
うろたえるアレクサンダー。意を決して距離を詰める。
「あの、我慢しなくていいから、………ね?」
彼の手を両手で包んで握り締めると、アレクサンダーは真面目な顔で後ずさった。
「いや、ダメだ。お腹の子に影響するかもしれない。ナターリア、どうか私を試さないでくれ」
拒否された。
あんなに頑張ったのに、恥ずかしい思いをしたのに、拒否された。
お腹の中には子供なんていないのに、
嘘をついて、それを隠そうとして誘って拒否されて。
ショックでわけがわからなくなったナターリアはぼろぼろと涙をこぼした。
アレクサンダーはぎょっとして慌ててナターリアを抱きしめる。
「どうしたんだ?ナターリア。なぜ泣いてるか私に教えてくれないか?」
こんな時にまでアレクサンダーは優しい。
「嘘よ、全部嘘。もう消えてしまいたいわ!」
わっ、と子供のように泣き出したナターリアにアレクサンダーは困惑しながらも必死で慰める。
その晩、心労からかナターリアは熱を出した。
アレクサンダーが焦った声で医者を呼んだ声を聞いて、意識を沈ませた。
朝起きると、アレクサンダーはもうとっくに政務に行っていた。
サーシャによると、今日は休むと言い張っていたが、医者のもう心配ない、という診断と馬鹿言わないでくださいというリーヴィッヒの言葉にしぶしぶ出勤したようだ。
医者。
医者を呼ばれたということは、もうバレたということだ。
まだぼぅっとする頭でそこまで考えて悲しくなった。
アレクサンダーはどう思っただろうか。嘘つきな自分を。そして本当は子は宿っていなかったという事実を。
あんなに喜んでくれていたのだ。同じくらい悲しんだのだろうか。
「姫様、大丈夫ですか?どうか、そんな風に泣かないでください。」
ナターリアも気づかないうちにぽろぽろと涙が溢れ、止まることなく頬を濡らしていた。
おさまっていた側室騒ぎも復活するだろう。
自分はそれを解消するために嘘をついたのだ。
自分の仕事は果たさなければ。
泣きながら立ち上がり、着替えを手伝ってくれる?というナターリアを心配そうに見つめながらメイド達は準備を整えてくれた。
そのままナターリアは会議室にむかう。
今日は運良く大臣達の集まる定例会の日だ。
サーシャも困惑しながらもついてきてくれる。
ぽろぽろと涙をこぼしながら歩くナターリアに廊下にいた使用人達も、ぎょっとしている。
会議室の扉は閉められていたが、扉の前に立つ護衛に声をかけると確認してきます!と言ってすぐに開けてくれた。
会議室に入ってまず、アレクサンダーが慌てて寄ってきた。
「ナターリア、どうした?なぜ泣いている??あぁ、目を赤くして。」
嘘はバレている筈なのに優しいアレクサンダーにナターリアはますます泣いてしまう。
意を決して顔を上げる。
困惑した大臣達の顔を見回して、口を開いた。
「アレクに、側室は、いりません。私も、もう嘘はつきません。ちゃんと、お世継ぎを、産みます。だから、アレクは、私だけの、です。」
泣いて、言葉をつまらせながらも必死で言うナターリアに大臣達もバツが悪そうな顔をする。
アレクサンダーは突然現れた妻の可愛すぎる言葉に固まっていたが、ハッと我にかえるとナターリアを支えながら顔をのぞき込んだ。
「昨日から思っていたが、その、嘘とはどういうことだ?それに、男の子じゃなくても誰もナターリアを責めたりはしないし、そんなことさせない。」
ナターリアが固まる番だった。
まさか、知らないのか。嘘ということを。
それなら、今度こそ本当のことを言わなければ。
「アレク、ごめんなさい。子供が、できたというのは、嘘なの。本当に。ごめんなさい。」
しゅんと俯く妻をきょとんと見つめるアレクサンダー。
「何をいうんだ、ナターリア。医者も言っていたから間違いない。順調に育っていて、7週目だそうだ。」
えっ、とサーシャの声が聞こえた。
ナターリアもえ?と聞き返してしまう。
「どうやら、本当に御子様がいたそうですね。」
リーヴィッヒの言葉にようやく事態を呑み込んだナターリアは、まだ少しあった熱がぶり返したのかそのまま倒れてしまった。
そこには、いまいち事態を理解していないアレクサンダーと、
側室は無理そうだな、と悟った大臣達と
リーヴィッヒさんってかなりトラブルメーカーよね。と思うサーシャだけが残された。
あぁ、私って馬鹿だわ。
少し考えれば月のものがきてないことに気づいた筈なのに、悩みすぎてすっかり忘れていたわ。
そう思いながら目を開けると、隣でアレクサンダーが穏やかな寝息を立てていた。
どうやらもう夜らしい。
昼間の自分の行動を思い返すと随分と大胆なことをした気がする。
今だったら絶対できないが、あの時は若干熱もあったし朦朧としていたのだろう。
今更になって、子供がいる、という喜びがじわじわとこみ上げてくる。
あなたのこと嘘にしようとしてごめんね、と腹部を撫でる。
そして、父親になるアレクサンダーにも、ごめんね。と声をかける。
起きる気配がなかったので心配かけてごめんなさい、という気持ちを込めてキスをした。
本当はうっすらと起きていたアレクサンダーが自分を押さえ込むのに必死だったことは安心して再び眠りについたナターリアの知らない話だ。
ナターリアとアレクサンダーの周囲がまた賑やかになるのはあと9ヶ月後のことである。
ナターリアはたまーに暴走しますが、
それ以外は結構ちゃんとしたお后様です。
アレクサンダーはナターリアの前以外ではきりっとしているので、ナターリアが会議室に乗り込んできたとき、大臣達は二重でびっくりしました。
仲良しと溺愛っぷりを見せつけたので今後は大丈夫だと思います。
読んでくださってありがとうございました!