04 おだやかな時間(とき)
さし渡し15センチの鍋では、すべては入り切らないことはすぐに判明。
グリルの網もないし、第一コンロが電熱なので直火焼きには不向き。
ということで、一尾の半分を鍋でゆで、もう半分をフライパンにバターを敷いて焼くことに決定。
もう一尾、ばらした分は講師の先生にお持ち帰りいただくことにする。
シヴァは戸棚からジップロックバッグを出して、人差し指と親指で器用にパーツを拾い集める。手をなるべく汚したくないのは、はたからも見え見え。
“リーダー、これ持って帰って”
差し出された袋を、それでもまんざらでもないように受け取るリーダー。
「いいのかな、こんなに」
“今日のレクチャー代。料理したのも一緒に食べようよ”
すでに昼になっていた。
バゲットを薄く切ってトーストし、ゆでたのと焼いたのに添える。
何となく、家庭を思い出すな、殻を用心深く外しながら、シヴァは横目でリーダーを見た。
バンコクの時もそうだったけど、食べている時には本当に不用心な表情だ。この人は、きっと食事中に撃ち殺されてしまうだろうな。
勝手なことを考えながら、バゲットの切れ端にぷりっとしたロブスターの肉を乗せて、口に運ぶ。
“オレは焼いた方が好きだなあ”
食べながら、リーダーが言っている。先ほどまで威張り散らしていたとは思えないほど、おだやかな顔をしていた。“オマエ、どっちが好き?”
“どちらもおいしい。どっちも好きだよ”
「その割に用心して食ってるじゃないの」
ヨウジン? ああ、気をつけている、ということか。
“殻を口に入れたくないからね”
「それを日本語で言ってみろよ」
「カラ食いたくねえ」
「いいんだ、それで」にやっと笑って、リーダーは紙ナプキンで口の周りのバターをぬぐった。
帰る段になって、シヴァは何となく玄関先まで見送った。
「ありがとう、リーダー」
「こちらこそ、ごちそうさま」
あ、そうだこれ持って帰ってよ、と先ほどの分け前を彼に手渡そうとして、ふと、手と手が触れた。 シヴァはぎょっとしたように手をひっこめた。袋が落ちる。
「あ、ごめんなさい」
「だいじょうぶ」リーダーがかがんで拾い上げた。
少し外を見てから、リーダーが急にまたシヴァに目を戻した。
“誰があれを送ってくれたんだ?”
“デニスだよ”
この秋、MIROCのミッションによってバンコクの学会から日本に連れ出された彼の実の父は、この年末にようやくアメリカに渡り、研究を再開していた。
“カナダに旅行する、とは聞いてたから、お土産じゃあないのかな?”
「気がきくオヤジだな」まだシヴァの顔を見ていたので、何となく目線を外す。
“今度は襲ってこないものにしてもらえよ”
“うん、そうだね” 言いつつも、どこに目をやったらいいか分からない。
どうしたんだろう、相変わらず見られるのがイヤだ。触られるのも。
リーダー相手に限ったことではないが、時々どうしようもなく、他人との接触が不愉快になる。
精神科にも相談して、その場その場では有効な手立てもうってもらい、日常生活であまり悩むこともなくなっていたが、それでも持って生まれた性癖なのでどうにもならない。ドクターや相談員は、少しずつ改善されていくと保障してくれたが、なぜこうも人間が、それも接触がいやなのか自分でも解らず、苦しかった。
さっきまで忘れていたくらいだし、このところずっとだいじょうぶだと思ったのに、急にまたこんな感覚に襲われてしまい、目まいが起こりそうなくらい心拍数が上がった。
「あの」彼に相談してみようか。まだ付き合い始めたばかりの、しかも外国人なのに。
笑われるのが怖かった。彼に笑われるのは嫌だ、嫌われるのはもっと怖い。
リーダーは、気づいたのか気づいてないのか、特に気にする様子もなく、手に持った紙袋(さっきのエビがちゃんと収まっていた)を持ち上げて「じゃあな」と去っていった。
ドアが閉まって、シヴァは深々とため息をひとつ。気づいたら、息まで止めていた。
もう少し、日本語以外にも学ぶことは多そうだな、彼は皿を片づけながらぼんやりと出来事の一部始終を反すうしていた。
駅までの道をダラダラと歩きながらサンライズ、手に持った袋に目をやった。
「まあ……今日のところは上出来、か」
目が合わないのはずっと気になっていたが、触られるのもまだ苦手なようだった。ヤカンやナイフを受け渡していた時も自然にではあったが、少し身を引くような態度だったし。
それでも、いっぺんに色んなことを望んでもしかたない。
多分、アイツとは付き合いが長くなりそうだからな。
にんまりしながら歩いていたが、「あっ」ふと思い出して急に怒りがよみがえる。
「オレの個人携帯の番号、どこから見つけやがったんだ?」
まあ、それも追々聞かせてもらうか。彼は気を取り直し、また歩き出した。
おしまい
軽い番外編でした、お読み頂きありがとうございました!




