第三話 死闘の幕開け
モフモフ帝国で着々と戦争への準備が進められ、補給に携わる政務官達が過労で倒れそうになっている頃、オーク族の本拠地、エルバーベルグではその役割の半分以上をたった一名のコボルトが指示を出してこなしていた。
オーク族の眷属となることでハイオークと同等の身体を得た、怜悧な印象を他者に与える美しい女性のコボルト、バセットである。
彼女は以前から死の森北部で実験的にモフモフ帝国の政策を応用する形で改革を行なっていた。その経験をまずはオーク族領の全てに広めている。
北部の改革に携わった子飼いの部下達の殆どはそちらに手を取られているため、戦争の準備にまではその力を割けない状況にあった。
お蔭でオーク族領全体の生産効率は上がっていたが、慢性的な人材不足により、過剰な程にバセットの仕事量は増大している。それはいかに魔王の眷属となった彼女と言えど、体力の持たないオーバーワークのはずであった。
だが、彼女の顔に疲労の色はない。
「エルキー族には帝国への恐怖を煽ることで、中立に持ち込めるように工作しています。また、どこまで信用出来るかはわかりませんが、ワーベア族とは先日の戦争での捕虜の返還を条件に半年の休戦協定を結んでいます。北西国境の『獅子王』率いるエーデルレーウ族は今も『狂った兎』の率いるライトラビット族と戦争中で、こちらには手出しはできないでしょう」
「そうか。あいつらの戦争も意外と長引いているな」
「優勢なのは『狂った兎』の方です。オーク族とコボルト族以上の差がありそうに思えたのですが……」
「戦う意思さえあれば何とでもなるさ。コボルト共のようにな」
日が完全に落ちた屋敷の居室で魔王候補、コンラートは機嫌良さそうにな笑みを浮かべながらバセットの艶やかな黒髪を撫でている。事実、彼は決して楽観できない今の状況を、心の底から楽しんでいる。
バセットは自分の前でだけ、子供のように無邪気になるコンラートが好きだった。
彼を楽しませたいとの想いは彼女から仕事の精神的負担を無くし、限界を超えるような仕事をこなす為の活力となっている。
特別に作らせた広いベッドの中、裸で身体を合わせながら、そんなコンラートの胸に額を付けてバセットは甘える。彼女にとってこの数ヶ月は至福の時だった。
同時に騙し続けているグレーティアへの罪悪感に苛まされる時でもあったが。
コンラート自身もまた、以前からは考えられないほどの多忙ではあったが、この『状況報告』の一時は、お互いにとって一日の疲れを癒すのに十分なものだった。
「フォルクマールの考えも今なら理解できる」
「『次』を既に見ていたのでしょうね」
「オーク族がエルキー族の討伐を望まなければ、俺がコボルトを降せていれば、案外あいつは周辺の弱小魔王候補を飲み込んで、勢いのまま魔王にもなれたかもしれん。圧倒的な戦力で踏み潰すだけのつまらん戦いばかりになりそうだが」
コンラートは魔王の地位よりも戦争そのものを愛している。それは統治者としては問題があったかもしれない。だが、バセットにとってはどうでもいいことである。
コンラートに足りない部分は眷属たる自分が補えばいい。そう彼女は考えていた。
そして、自らの主人を永遠に楽しませ続けるのだと。
「戦いは勝敗がわからん方が面白いものだ。相手が優秀であれば尚のことだな」
「ですが、帝国との戦争出来る機会はこの一度だけです」
これ以上泥沼の戦争が続けば両者共に疲弊しつくし、第三者に果実だけを掠めとられることになる。それはコンラートも望んでいないし帝国側もそうだろうと考えている。
本当は前回の戦いで、オーク族の継戦能力は限界に達していた。三倍以上の戦力を用いて壊滅に近い損害を受けたのだから当然である。それでも、戦意を持って戦争が出来るのは支配層であるハイオーク達への信頼があってのことであった。
「長時間の戦争も不可能です。物資が持ちません」
バセットの指摘をコンラートは肯定した。
「短期決戦。数日で勝負を決める。前哨戦の方はどうだ?」
「クレリアは間違いなく今回の戦争準備には絡んでいません。フォルクマールとの決闘は彼女の独断だったようで、シバは地位を剥奪して彼女を謹慎させています」
「普通に考えれば自殺行為だが」
心の底から愉快そうにコンラートは鼻を鳴らす。
第一次オッターハウンド戦役で圧倒的不利な状況から五分に持ち込んだ最大の功労者であり、帝国の要であるはずの彼女が動かない。それが油断を誘うためのものか、他に理由があるのか。
コボルト族の個々は臆病で不合理なことも多々行うが、集団戦となる戦争においては徹底した合理主義者で、無駄な動きを殆どしない。
コボルト族との戦争経験が最も多いコンラートはそれをよく知っている。
しばらく無言の時が流れ、虫の歌声だけが暗い部屋に響く。
「あるいはクレリア・フォーンベルグが必要無い程に部下が育っている……か。相手の陣容を考えれば有り得ないことではないな」
「はい。油断は出来ません。現にオッターハウンド要塞で守りに付いているガリバルディの周辺で怪しい動きがあり、相手の攻勢の意図は明らかです」
「戦争前に奴とアルトリートを交代させたいが、やはり殺すしかないか。後方の安全を確保した時点であいつの役割は既に終わっている」
「はい。恐らくは敵側のシルキーが流している『噂』のお蔭でガリバルディの影響力はゴブリン族の間で落ちていますし、後釜の族長を用意すれば誅殺しても不満はでないでしょう」
寝物語にしては物騒な内容だとコンラートは苦笑する。だが、同時に己のパートナーはこいつしかいないとも思っていた。
(これほど楽しめる話が出来る女は少ないだろうしな)
彼女の一つの話に多くの内容が含まれている。
軍、外交、内政、全てが一つのものとして関わりあい、その全てが戦争へと向けられていた。コンラート達オーク族に言語としてこれらを意味する言葉は無かったが、彼は感覚でそのことを掴んでいる。
「とはいえ、今の状況では俺が近付くだけで帝国に寝返りそうだな」
「間違いなく。シバの方が殺しやすいと思っているでしょうから。奴は魔王の座を諦めていません。ですから、その機会はラルフエルドを攻略する時になりそうです」
「もしくは相手に攻められた時か。あいつは中途半端に実力があるだけに、無能な奴よりも遥かに邪魔だな」
相手の首都の目と鼻の先に強力な要塞が存在している以上、初めの戦場はオッターハウンド要塞になるのは間違いない。それがバセットだけではなく、全ての幹部の共通認識だった。
そのため、ガベゾンからオッターハウンド要塞まではバセットの力で土精霊を召喚し、道を引いている。彼女はシバ程にこの手の魔法には通じていないが、数ヶ月もあれば何とか完成させることが出来ていた。
「相手の企みがどうあれ、あの要塞があれば一日くらいは持たせるでしょう。援軍として要塞に入った瞬間に、適当な理由をつけて殺しておきます」
「ふむ……」
しかし、コンラートは不思議とそうはならない気がしてならなかった。
ガリバルディを評価しているわけではない。確信は無かったが、相手に読まれるような手を売ってくる敵とは思えなかったのである。その点は彼はバセットよりも己の勘を信じている。
(わかりやすい『難攻不落の要塞』の存在が、逆に俺達の行動を制限しているのではないか?)
彼はそう考えながらも言葉にはせず、甘えてきている腹心の頭を優しく撫でた。
「相手がどう動くか楽しみだな。準備は急げよ」
「承知しております」
「ついでにガリバルディに奇策に用心しろといっておけ」
「奇策……ですか?」
「勘だ。俺も何をしてくるかまではわからんが標的はあいつしかいない」
コンラートは夜の闇の中でバセットに腕枕をしながら天井を見詰める。彼の脳裏には近い未来に戦うことになる戦場の姿が浮かんでいた。
彼の勘が正しいことは戦争のための全ての準備が整い、軍を動かした時に証明されることになる。
武器を持ったオークを中心に、ゴブリン、コボルトが引き締まった表情で整列している。
オーク族の軍はコンラートの古くからの腹心であるゴブリンリーダー、チャガラによって劇的に改変されていた。
前の戦争では部族を中心とした寄せ集めであったものが、戦士とそれ以外を完全に分離し、戦争の経験を生かした集団戦の訓練が取り入れられ、効率的な軍隊へと姿を変えている。
これを機に集団戦を得意とするゴブリンやコボルトの幹部起用も図られており、オーク族と言えども無能であれば兵卒に落とされていた。
当然に指揮官も大幅に入れ替えられており、各部隊に中級指揮官も置かれるようになっている。そして、それぞれの種族にあった連携を時間の許す限り訓練されていた。
この訓練は苛烈で少なくない死者も出している。
(思った以上に戦意は高い……けど、僕に付いて着てくれるか)
広場にはオーク族に組する全ての戦士が集められていた。
幼さの残るハイオークの少年もオーク族の幹部候補に混じって、魔王候補コンラートと眷属バセット、そして彼らと並んで立つ老境の戦士を見つめている。
第一次オッターハウンド戦役でクレリアを相手にに手も足も出ず、挫折を味わったハイオークの少年は、同族の臆病者との嘲笑にも負けず黙々と訓練と集団戦の研究を行なっていた。
誰よりも熱心に槍を振り、これまでの全ての戦争を検討し、奢りや特権意識を捨て、全ての種族の特性を見極める。彼は静かに執念を燃やし、全てにおいて真摯に取り組んでいた。
ハイオークである少年を罰することで、全ての種族を公平に扱うと宣言することは眷属のバセットのやりそうなことだと彼は考えている。
そして、それが正しい方策の一つであることも今の彼は理解していた。
「何があっても最後まで戦うだけか。あの男のように」
少年の脳裏にはハリアー川の麓で死んだタマの姿が焼き付いている。
その死は少年の戦士としての理想であった。
もちろん、生き様だけでなく北東部での戦争や第一次オッターハウンド戦役におけるタマの指揮官としての役割もこの数ヶ月の間に検討し、あるいはオーク族が重鎮であるベルンハルトを失った以上の損失を帝国が受けたかもしれないことにも彼は気付いている。
コボルト族の国での初めのオークである彼がそこまでの男へと成長した苦労を思えば、誇りを汚すような侮辱や嘲笑も容易に受け流すことが出来ていた。
彼は複雑な想いを抱えながら、無骨な老人、オーク族の長老たるアルトリートの発表する最終的な陣ぶれを聞いている。
「第一軍、主将はクレメンス。お前は先陣だ。オーク100とゴブリン150。副将にモンガラとキュウセンを付ける。使いこなせ」
「約束通りだな。了解した」
当たり前のように先頭に立つ傷跡だらけの隻眼の巨漢、クレメンスが好戦的な笑みを浮かべて返答する。彼が率いるのは接近戦主体の切り込み隊。猛将である彼にとってその役割は満足のいくものであった。
「第二軍はコンラート様自らが指揮する。補佐としてチャガラとバセットが付く。部隊はオーク100、ゴブリン200、コボルト100」
「了解」
ゴブリンとしては大柄な男が一歩前に出て胸を張る。
訓練の際にチャガラはゴブリンの部隊を見事に率いて、オーク族主体の軍を容易く打ち破り、その力を全ての者に示していた。コンラート自身も軍の指揮には自信を持っていたが、戦争では何が起こるかわからない。
コンラートが指揮できない状況も考慮し、古くからの子飼いであり、本隊を確実に運用できるチャガラが副将に選ばれたのである。
(あれはチャガラではない)
ルーベンスはチャガラの言を多く取り入れていたこともあり、どれ程遠目であってもその姿を見間違えることはない。ただ、騒ぐことはせずに無感情に前からこちら側を見据えているバセットに一度だけ視線を向ける。
これは彼女の差し金だった。要するに影武者である。
何かしらの意味があるのだろうとは思い、ルーベンスは複数の可能性は考えたがバセットから彼に対して正解が語られることはなかった。
「第三軍の主将はグレーティア。副将にバウとサザナミ。オーク50、ゴブリン150、コボルト100」
昏い瞳をした黒一色の革鎧を身につけた幼さが残る小柄なハイオーク、グレーティアが黙って頷く。天才と名高い彼女の豹変には誰もが戸惑っていたが、その強さには一点の曇りもない。
(変わったな。戦争が彼女を変えたのか?)
憎悪を滲ませているグレーティアに殆ど同世代のルーベンスは困惑する。
かつての彼女は底抜けに明るく、努力家でもあって恋愛感情ではないが好意は抱いていた。だが、今の彼女は以前とは全く違っている。
ルーベンスは訓練中に今の彼女と幾度となく剣を合わせたが、鬼気迫るような剣筋で遊びは完全に無くなっており、一騎打ちでは勝てる気がまるでしなかった。
「第四軍は儂が率いる。副将はオーバンとジャック。オーク50、ゴブリン150、コボルト100」
オーク族の長老であり、歴戦の戦士であるアルトリートに対しては誰もが敬意を払っている。誰も一言も漏らすことはなかった。
「第五軍、主将はルーベンス。副将はディートルとビジョン。オーク36、ゴブリン132、コボルト73」
「はい。全力を尽くします」
途端に周囲が騒めく。しかし、前に進み出たハイオークの少年、ルーベンスは些かも動揺することなく、淡々とした口調でアルトリートに答えた。
オーク族の長老は、そんな戸惑うでもなく嬉しそうにも見えない少年を値踏みするように見つめている。
「おい、部下共は余りもんに跳ねっ返りばかりらしいが、今度は役たたずで終わるんじゃねえぞ。お前も誇りあるハイオークなんだからな」
下がり際にクレメンスはルーベンスををからかったが、彼は表情を欠片も動かさず、落ち着いた様子でただ頷いただけだった。
(ふん、ガキが中々座ったいい目をしていやがる。こいつは使えるな)
クレメンスは心の中で笑う。彼の中では先陣は確かに己に相応しいと考えているが本当の目的が他にある。それは己個人の問題ではあったが、オーク族にとっても必要なことだと彼は直感していた。
(奴を庇った女は死んだ。俺の目を奪いやがったゴブリンも殺してやった。タマの野郎も今は土の中だ。後一匹……あのハリアー川の撤退戦で忌々しい戦い方をし、要塞でギルベルトを殺した一番厄介な『樹木の亡霊』はまだ生きてやがる。あいつを必ず殺す)
ルーベンスの副将はかつてはクレメンスの下にいた者達であり、有能だが扱い難い男達である。彼が使えないようであれば自分で元部下達を使うつもりだったクレメンスだが、以前とは違う雰囲気のルーベンスにその必要性はなさそうだと判断していた。
(やり易いように俺がお前を認めてやる。精々働けばいい)
そんなクレメンスの意図など知らないルーベンスは元の位置に戻り、ジッと次の言葉を待っている。
「コンラート様」
「ああ」
アルトリートに呼ばれ、コンラートがオーク族の全軍の前に立って見回す。
彼の見る者を圧倒する迫力と揺るぎない勝利への自信は、フォルクマールとは違い、ただ、前に立つだけで肌が泡立つような好戦的な気分をオーク族の戦士達に与えていた。
「モフモフ帝国と決着を付ける。これが奴らとの最後の戦争だ」
覇気を抑え込んだ静かな言葉。
ただの一言でざわめいていた戦士たちが静まり返る。
「半年前の戦いは苦戦の連続だった。それは俺達が弱者であるからか?」
全ての戦士達が、圧倒的な強者となったコンラートの言葉に耳を傾けていた。
「違う。俺達は奴らよりも強い。ならば何故苦戦したか! それは敵への侮りと集団戦の経験不足のせいだ! しかしっ!」
穏やかな口調は徐々に耳に残る燃えるような言葉へと変わっていき、同時にコンラートの一つ一つの言葉に魂が込められていくかのように明瞭に、情熱的になっていく。
誰もが身体を熱くさせている中で、ルーベンスは冷めた気持ちでその光景を眺めている。
「前回の死闘の生存者は戦争を真に経験し、さらにこの半年間の地獄の訓練のお陰で、その弱点は完全に克服されている。いや、歴戦の精鋭を失ったモフモフ帝国を完全に上回っているっ! 信じろ! 俺達は強者だっ! 俺達は勝つっ!」
コンラートが腕を振り上げ、大声で叫ぶと戦士達から大きな歓声が上がった。
(自分でも信じていないことを根拠もなくどうして断言できるのだろう)
以前であれば何も考えずに感情のまま、戦場の勇者にただ憧れる少年のように、コンラートの言葉を信じて戦ったはずだとルーベンスは思う。だが、彼の見立てでは、前回以上の数を揃えられなかった上に全体の魔物の数では拮抗し始めている今回の戦いの勝率は、要塞があって尚、七割もあれば上等だと考えていた。
治療技術の充実による怪我人の再起率、物資の補給の効率、エルキーとの友好関係も考えればもっと勝率は低いかもしれない。
相手は常に相手よりも遥かに少ない戦力でオーク族と互角に渡り合ってきた連中である。しかも、その生き残り達は絶望的な戦力差を乗り越えた先にあるこの戦いにも戦意を失わず、むしろ更に戦意を燃やして向かってくるような激烈な連中なのだ。
手段は選んでこないし、どんな奇策を仕掛けてくるのか見当もつかない。
(同じコボルトであるバセットが味方であることを考えても勝率は五分に近いはず)
そして、それに気付かないコンラートではない。
現実を見つつ、他者には楽観的な希望を持たせることができるのが、彼と前魔王候補であるフォルクマールとの差なのかもしれない。
(無駄死にだけはさせない)
同郷の部下も多く参加するこの戦いをルーベンスは恐れていることを自覚している。避けることは不可避。戦争はまもなく始まるのだ。
バセットはこの集会を開く前に、軍を率いる幹部だけには戦争の開始日を伝えていた。
(帝国の方がこちらよりも先に準備は整っている。先手を取らないのは『何か』を企んでいてこちらの動きを待っているから。だから、こちらが動いた時に敵斥候の遠吠えが鳴り響く可能性が高い。つまり、奴らの罠は既に完成している……か)
僅かな刻を挟んだ後、バセットの予測の通りに遠くからコボルトの遠吠えが響き渡る。
「話が長かったか。帝国の奴らが早くしろと急かしてやがる」
遠吠えの聞こえる方向に視線を向け、好戦的な、愉悦に満ちた笑みをコンラートは浮かべると、沸き立っている大勢の部下達の気迫を体内に抑え込ませるように片手で静めた。
千名を遥かに超える戦士達がぴたりと黙り込む。
「俺達をもてなす準備が出来ているようだな」
余裕のある王の言葉に戦士達の顔に僅かに笑みが浮かんだ。それに満足げにコンラートは頷くと口を引き締め、巨大な剣を高々と振り上げた。
「全軍前進! モフモフ帝国軍を殲滅するぞ!」
全ての戦士が雄叫びを上げ、ガベゾンを出陣する。
バセットの能力によって真っ直ぐに引かれた道はオッターハウンド要塞までの行軍時間を大幅に短縮し、僅か数時間で到着することを可能にしていた。
「チャガラが間に合えば面白くなくなるな」
周りに合わせた速度で駆けながら、コンラートは隣のバセットに小声で話す。楽しげな彼に対し、バセットは秀麗な顔を僅かに歪めて返した。
「間に合って欲しいです。だってこの戦いに勝つことが出来れば」
その先を彼女は続けなかった。言う必要もない。
コンラートも力強く頷いた。
「『隠密』ヨークの情報網をどれだけ潜り抜けられるかだな。差がありすぎる。数日に分け、闇夜に紛れて行かせたが……」
「数年分の実力差はさすがに厳しいです。おそらくは見切った上でのこのタイミングかと」
「先行するチャガラがオッターハウンドに入るまでに落とす自信があるということか。まあ、仮に落ちたとしても問題はないが」
堅固な要塞を短時間で落とそうとすれば無理が出るのは避けられない。魔王候補の能力から、相手の要塞戦で取りうる戦術はバセットからガリバルディに伝えられており、ある程度の対応はするはずだった。
「不気味です。相手はそれも理解しているはず」
コンラートは困惑するバセットの頭を軽く叩き、大きく笑った。
「忘れろ忘れろ! 戦場は何が起こるかわからんものだ。お前は最善を尽くしたのだから、後は俺の仕事だ。はっはっは! しかし、最高の気分だな。強敵を相手にするのは!」
予想も出来ぬ手を打ってくることを想像するだけで、コンラートの体内に流れる血が騒ぐ。彼は既にその救えない己の業に付いて迷うことを止めていた。