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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
三章 逆襲の章
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第三十二話 槍兵達の死闘 後編



 鋼鉄と鋼鉄の武器が打ち付けられた音が森に響き渡る。

 フォルクマールの死を知らされ、呆然としていたオーク族の戦士達も、目の前で現実に奏でられている戦いの音で自分達の役割を思い出していた。


 この一連の戦闘で最も不運であったのは一番初めに立ち直った一名のオークと三名のゴブリンであっただろう。


 彼等はタマ達を侮っていたわけではなかったが、散発的なその攻撃は古強者達の巧みな連携により無力化され、逆に一瞬で死体へと姿を変えさせられていた。



「若造共が。全くなってないぜ」

「ま、旦那がでかいの倒すまでお前ら俺達に付き合ってくれや」

「大人げなくてすまんね」



 赤く染まった槍を油断なく囲んでいる無数の敵に向けながら、タマの部下達は囲まれないように川を背に円状に陣を引く。


 彼等の表情に恐怖はない。だが、普段のような余裕の笑みもない。

 ここまで敵中を駆けたことで疲労も極限の状態にある。


 それでもただの一匹も上司の邪魔をさせない。深い思いを奥底に固めた覚悟だけがそこにはあった。


 タマとベルンハルトの左右で始まった戦いは彼等の一騎打ちを邪魔することはない。

 中央で戦いを繰り広げる二名の戦士にも、周囲を気にする余裕は無かった。



(力だけなら五分か。速さは比べるべくもないな)



 タマは鋼鉄の槍を小さく使い、隙を作らないように注意している。

 力任せの一撃が通用する相手ではない。技量は間違いなく負けている。


 その自覚が彼にはあった。


 ベルンハルトは狭い森の中でも障害物など無いかのように両手剣を巧みに使い、フェイントを織り交ぜつつ、タマを崩そうとしている。その剣技の凄みをタマは教えを受けていた時以上に感じていた。

 だが、手傷を負いつつもタマはその攻撃を掻い潜って反撃している。



「ちぃっ!」



 偽りの隙に誤って槍を突かされ、避けられたタマは腕を両断するべく振り下ろされる剣を一度槍を手放すことで回避する。その槍は足でなんとか自分の方へと倒し、後ろへと下がった。



「器用なことを」

「二度はできねえよ。ったく……」



 傷が増えるのは己だけだ。タマの反撃は全てベルンハルトに読み切られている。



「お前は『剣聖』に弟子入りしたのか?」



 それでもベルンハルトはタマを完全に崩すまでには至っていない。

 彼は不思議そうに何度も両手剣の柄を握り直していた。


 理解できないことへの答えを探すように。



「違うな。あれは尊敬できる好敵手って奴だ。確かに俺はキジハタの旦那より弱ぇぇが、気持ちでだけは負けたことないぜ」



 ベルンハルトの問いを、所々の毛並みが赤く染まっているタマは否定する。



「ま、訓練は一緒にやったがな。旦那の訓練相手は俺が適任だった」

「なるほど。興味深い話だ。オーク族相手は戦い慣れているということか。想像の通り、『剣聖』は恐らく私と同じなのだろう。純粋に強さを追い求めている。お前以上とあれば楽しめそうだ。奴と闘う日が待ち遠しい」

「旦那があんたと同じ? 笑えねえ冗談だな」



 不快そうに眉を潜め、タマはそう言い捨てた。

 ベルンハルトとキジハタ。


 どちらも確かに強さを追い求めている。だが。



「あんたはぬるいんだよ。ベルンハルト」

「どういう意味だ?」

「キジハタの旦那とあんたじゃ土台が違うんだ。初めからハイオークとして恵まれた才能を持っていたあんたとは違う」



 キジハタは初めから強かったわけではない。今でこそ、ハイオークと五分で渡り合う程の実力を身に付けていたが、数年前はタマと一緒で無ければ勝てなかったのだ。



「ひ弱な肉体しか持たないゴブリンが、血反吐を吐いて這いつくばって修練し……」



(そうか。だから俺も戦えるのか。俺も同じだ)



「それでも勝ち目がないような強者を相手にしても、いつかはそれすら凌がんと抗い続ける……そう……」



 感情のままにあふれ出る言葉を続けながら、内心でタマは冷静に納得する。



「旦那の剣はそんな執念の剣だ。あんたは自分以上の強者と戦ったことはあるか?」

「……」



 タマはクレリアの圧倒的な強さに敗北した。ハイオークのアードルフも彼より遥かに強かった。カロリーネもそう。一連の戦争でやりあったギルベルトやクレメンスも純粋な個人戦ならタマよりも強い。

 不思議とタマは自分以上の相手と戦うことが多かった。


 そして、その全てを生き延びてきたのだ。


 モフモフ帝国に所属してからは全ての戦いで最前線に立ち、身体を張って戦っている。

 命を賭けた経験ならキジハタにも、そして、クレリアにも負けていないという自負があった。



「お前の言う通りかもしれん。中々、険しい道を歩んできたようだな。だが」



 本来であれば勝負にならない差があるベルンハルトとの技量の差をその経験が縮めている。しかし、その差は埋まったわけではない。



「それでも私には勝てん」



 ベルンハルトは傷だらけで肩で息をし始めているタマと違って、無傷で息も乱していない。タマを認め、油断もせず、慎重に勝利を掴むべく戦いを進めている。

 どれほどタマが粘ろうとも最後には勝つ。彼にはその道筋も見えている。


 そのことを一番理解しているのは槍を振るうタマ自身。



(年の功か。まるで壁だな)



 若くは見えるが実際にはオーク族の長老とも言えるその長い生の殆どを、武芸を磨くことに費やしたことでベルンハルトの技術は円熟の域に達している。


 アードルフのように焦りを感じさせられるような粗暴な熱さはない。カロリーネのように、胸が高鳴るような楽しさもない。

 他のハイオークとはまるで違う面白みのない、完全な剣。


 外から見れば一見は互角に見えるだろう。

 耐えることは出来るが、反撃の術がない。


 だが、諦めるという選択肢はない。

 タマは小さな動きを捨て、果敢に攻めに転じるが結果は変わらない。ベルンハルトは鋭い攻撃をいなし、確実にタマにダメージを蓄積させていく。


 決着は容易には付かない。

 ただただ、時間は流れている。


 その証拠に彼らの周囲で湧き上がっていた戦いの喧騒は徐々に静かになってきていた。



(痛ぇ……疲れた……俺なんでこんなことやってんだっけ)



 何時間戦ったのか。もしかすると数分しか経っていないのかもしれない。時間の感覚もなくなっている。血を流しすぎて意識を朦朧とさせながら、タマはそれでも槍を振るう。



(楽になりてえ……)



 無意識で両手で頭上に槍を掲げ、ベルンハルトの両手剣を受ける。



(やっぱ先生は強いぜ……無謀か……)



 折れた槍を強引に相手に突き刺し、さらに折れた剣先を直接手に持って相手の胸を貫き、二名のゴブリンを道連れに相打ちして果てた部下の亡骸が視界に入り、諦めかけていたタマの腕に僅かに力が入る。



(すまねえ。不甲斐ねぇ上司で)



 オーク族の幹部として初めて部下を持った時の喜びを思い出す。



(魔王候補を殺せなきゃ連帯責任だって? しかも、神出鬼没で力が無くともハイオークと真っ向勝負できるケットシー族の族長を相手に? 今思えばコンラートの野郎め。無茶な話だぜ)



 彼等は結局は情けない手段に訴えることになった自分を見捨てず、帝国に入っても、そして最期まで従ってくれた己には勿体無い部下達だ。


 タマの瞳に僅かに生気が戻る。



「むっ?」



 初めてベルンハルトの頬に槍がかする。



「はぁ……! はぁ……っ!」

「まだ、力は残っているか……違う、成長しているのか?」



 ベルンハルトの困惑などタマにとっては知ったことではない。



(キジハタの旦那。俺の戦友。帝国の槍はお前に負けちゃいないぜ。お前もお前の剣を証明してみせろよ。必ずだぜ)



 致命傷はかろうじで外しているが、タマは限界を迎えている。

 それでも、攻撃の姿勢を彼は変えない。


 今度は武器を交わす度に、ベルンハルトも小さな傷を数多く負い始めている。



「信じがたい男だな。結果的にお前を追ったのは正解だったか。面白い」

「言った……はっ! だろ……っ! お前を……絶対に倒すと」



 視界は既に薄れている。だが、彼はベルンハルトの剣筋を見切り、防いでいた。

 初めて完全な形でタマはベルンハルトの攻撃を弾いていく。



(シルキー……クーン……てめえらは性格は悪いが、心底愉快ないい女だったぜ。ちゃんと俺の酒は残しておけよ)



 一度の敗北が滅亡に直結する北東部での戦いは、一瞬も気を抜けないものだった。種族の軋轢もあり、彼女達とは何度言い合いをしたかわからない。だけど、お互いに認め合っていたと彼は思う。



「何故だ。ボロボロの身体で、私の攻撃をどうして防ぐことが出来る」

「帝国第三軍司令官、タマ様を……なめんじゃねえぜ……ゴホッ!……カハッ……」



 血を吐き捨てながら、タマはベルンハルトを睨みつける。



(カロリーネ……お前は最高の女だぜ。俺はお前に相応しかったか?)



 馬鹿なことを聞くな。本人が聞いていたら殴られているだろう。

 確信したようにタマはそう思う。たった一度だけになってしまったが、肩を並べて戦った時、彼女ほど信頼できた相手は他にいなかった。



「だが、惜しかったな。お前の槍は私には届かない」

「届く。いや、届かせ……るっ!」



 鋭さを増した槍にベルンハルトは即座に対応する。

 限界は唐突に訪れた。


 力が抜けたタマの槍がベルンハルトの剣に跳ね上げられて宙を舞った。

 崩れ落ちるようにタマはベルンハルトの方へと勢いをつけてもたれかかる。



(全くよぉ。あいつの準備の良さにはいつも驚かされるな。変なコボルトは結構いるがあいつはシルキー以上の異能の持ち主だ。まともに見えて特別おかしいぜ。ありゃ)



 同時にベルンハルトの両手剣が、タマの右肩から心臓に掛けてめり込んでいく。



(ハウンド。俺のせいでお前には重いものばっか背負わせちまう……だが、お前の才能は本物だ。今のお前なら……帝国を……頼んだぜ……)



 タマは微笑みながら眼を閉じる。



(兄弟……長生き……して……幸せに……な……)



「見事だ。タマ」



 両手剣の柄から手を離し、ベルンハルトは呟く。

 目の前の、彼の長い生涯において最大の難敵であった男は川を背に、立ったまま死を迎えていた。


 敵である死者と同様に、彼もまた穏やかに微笑んでいる。



「お前は私を超えた」



 それは弟子の成長を喜ぶ師としての彼の姿であったのかもしれない。

 ベルンハルトの口の端からは血が流れていた。


 彼は死んでなお、川を一歩も通すまいと闘志を剥き出しにしているタマの頬を一度撫でると崩れ落ちるように倒れていく。


 ベルンハルトの胸元には短剣が突き刺さっていた。


 タマが狙っていたのか、それとも偶然なのか、最期までベルンハルトにはわからなかった。しかし、それはどうでもいいことでもあっただろう。


 事実としてハウンドがタマに後で返すようにと預けていた短剣は、ベルンハルトの心臓を正確に貫いていたのだから。



 『コボルトの牙』と呼ばれている短剣。護身用に軍属のコボルトが持っているそれはオーク族にとっては取るに足らないはずのものだった。



 だが、その牙はオーク族の重鎮である最強の剣士の命を噛み砕いたのである。





 帝国歴五年、第一次オッターハウンド戦役と呼ばれることになる一連の戦争における最後の戦いとなった激戦は『槍兵達の死闘』と呼ばれ、死の森に住む全ての者達の間に語り継がれていくことになる。


 結果としてタマとその部下の決死の奮闘は、要となりうるオーク族の重鎮と数十名の敵兵の命を奪い、さらに同数の負傷者を作り、間接的にモフモフ帝国の状況を好転させていた。



 しかし、その代償は重すぎるものであった。

 この日、モフモフ帝国最初のオーク族である勇将は、帝国の希望と引き換えに命を落としたのである。





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