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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
三章 逆襲の章
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第二十三話 第一次オッターハウンド要塞攻防戦 たった独りの王




 フォルクマールは生き残っている全ての幹部達が集まるまでの間、切り株に腰掛け、静かに眼を閉じていた。歌も止み、周囲は静けさを取り戻している。

 彼が待つ時間は短いものだった。


 集まった幹部たるハイオーク、ハイゴブリンはその数を減らしており、無傷の者も数少ない。



「こちらの戦意は失われつつあり、敵の戦意は旺盛だ。この場で敵を打ち破る事は不可能。一度態勢を立て直すべきであろう」

「私もアルトリート殿と同意見だ。戦闘の継続は無益に戦力を失い、敵を利するだけだ」



 オーク族の最高幹部であるハイオーク達は、意気消沈し、静まり返っている本陣の状況にあっても、普段通りの威容を失わず、堂々とある意味での敗北宣言を取ることを自らの魔王候補に求めている。


 フォルクマールは自らを支えている二名の重鎮には何も答えなかった。そして、他の意見を求めるように周囲を見渡していく。


 だが、誰も何も発言しない。

 現状を打破する方法を、誰も唱えることは出来なかった。


 フォルクマールはその理由を理解出来るだけに、自らの部下達に失望している。


 これまでオーク族はフォルクマールが有利な戦場を設定し、アルトリート、ベルンハルト、コンラート、カロリーネといった優秀な前線指揮官達がその優位を利用することで、敵を打ち破ってきた。


 そこには苦戦らしい苦戦は存在せず、勝つことは当然であり、部下達は慎重に動くフォルクマールを気楽に軽んじていられたのである。


 しかし今、カロリーネは敵側にあり、コンラートは不在。残る二人は勝ち目無しと判断している。他の幹部達はただ、文句を付けるだけの存在であり、元より期待はしていない。



「なかなか良い様だな」



 殆どのものが沈痛な表情を浮かべている中、たった一名、中年に差し掛かろうとしている神経質そうな顔立ちのハイゴブリンだけが腕を組み、嘲笑を浮かべている。



「ガリバルディ……意見があるなら述べるがいい」

「くくっ、お前も無能な部下ばかりで大変だな。だからそいつらは魔王候補にはなれんのだ。俺達とは違う。観察してればよくわかるぜ。魔王候補になるってな、普通の奴らとは違うんだと」



 人型のそのゴブリンはフォルクマールの奇襲に敗れた、かつて魔王候補であった者だった。彼は馬鹿にするようにハイオーク達を見回し、哂っていた。



「てめえっ!」

「構わん。クレメンス、控えろ。何か策があるのか? ガリバルディ」



 激高するクレメンスをベルンハルトは抑え、冷静に続きを促す。



「くくっ……なあに、勝つのは『簡単』だ。フォルクマールも理解しているんだよ。そして、シバって奴も間違いなく、同じ状況なら同じ選択をするはずだ。なあ?」



 ハイオーク達から殺気を向けられ、他のハイゴブリン達が竦んでいても、ガリバルディだけは怯えることもなく、フォルクマールに好意的な笑みを向けている。

 まるで唯一無二の友であるかのように。



「俺達が目指すのは『魔王』だ。全ての魔物を統べ、誰からも恐れられる者。そうなれる素質がある者だけが、魔王候補として選ばれていると俺は思うぜ。究極のところ、他の有象無象共は俺達の糧でしかない。ま、今じゃ俺もそっち側なんだが。くくくっ」

「結論を先に言え。死にたくなければな」

「けけっ! 安い挑発だな。ベルンハルト。ま、いいだろう」



 ガリバルディは笑みを収めると、恭しくフォルクマールに一礼する。



「我らが魔王よ。降伏した敵の捕虜に『命令』を用いればよろしいかと」



 周囲は沈黙に支配された。

 魔王候補の『命令』。それは逆らうことを許されない絶対のものだ。


 死ねと言われれば死ぬ。抗うことは出来ない。



「奴らはかつての仲間を果たして殺せるかな? くけけっ! 所詮奴らのやってることは絵空事なんだ。魔王のやることじゃねえ。それを見せつけてやればいい。容赦なく汚し、汚物を塗りたくり、絶望を与え、支配するんだ!」



 狂笑するガリバルディに対し、アルトリートは怒りに顔を染めて、武器を向けていた。



「腐っても魔王候補だった俺とやりあうか? 爺さん」

「貴様のような外道を生かすことは我らが誇りに反する行為だ」



 それに対し、ガリバルディは右手に魔力を集め、口の端を上げている。二名が動こうとしたその瞬間、間に入り、一触即発の状況を止めたのはフォルクマールだった。



「アルトリート。”下がれ”」



 強制力のある言葉を受け、アルトリートは歯を食いしばりながら、ガリバルディから距離を空ける。これまで、フォルクマールはこの力を使っていない。

 そのことを知っている部下達は驚きを持ってその光景を見つめている。



「俺は魔王候補か」



 ぽつりと誰も気付かないほどに小さく呟く。

 フォルクマールはガリバルディの言葉に怒りを覚えることがない自分に失望していた。



(俺は戦士ではない)



 戦士としての誇り。彼にはそんなものは欠片も無かった。

 彼にとって剣技とは、身を守るためだけのモノでしかない。



「オッターハウンド要塞は必ず落とすと言ったはずだ」



 コボルトの魔王候補に勝利するために。

 自らの欲するモノを奪うために。



「そのためであれば、俺はどんな手段でも用いる」



 オーク族との、ある意味での完全な決別の言葉。

 フォルクマールは蔑まれ、為した実績に比して低い評価を余儀なくされ、それでも尚、彼はオーク族として、オーク族の誇りを尊重して戦争を続けてきた。



(魔王というのは孤独な存在なのだろう)



 ここで撤退すれば彼が望むものは永遠に手に入ることはなく、魔王候補である資格も遠くない未来に失われることになる。ならば、この戦いに勝利するより他にはない。

 短期の間に国力を増強させた未知の統治方法を持つ帝国を相手に、疲弊したオーク族では挽回の手段が無いことは確実だと彼は考えていた。


 戦いに勝利し自身が本当に魔王を目指すのであれば、誇りによってではなく、恐怖によって他者を支配するしかない。フォルクマールは諦観と共にそれを理解していたのである。


 心は嵐のように乱れ、寂寞と渇望が同時にフォルクマールを苦しめている。だが、彼はそれを表面に出すことはない。外観は冷静沈着を保っている。


 この場にフォルクマールを理解できるものはいない。

 彼を理解しようとしている者は遠く北部にいた。それは正しく彼の望む存在であったが、彼自身はそのことに気付いていない。


 あるいはそれこそが、彼の不幸なのかもしれなかった。

 そして、死の森における多くの住民達の。



「降伏した者を先頭に立たせろ」



 彼は常に先の戦いを見据えている。自身の行為が優位であるのはこの戦いのみであり、先の戦いにおいては敵に覚悟を決めさせ、激烈な抵抗を受けることを理解していた。


 だが、それも最早彼にとっては大した重要性を持たない。

 彼は選んでいた。魔王であることを。



「本陣の者も残さず全て前線に行け」



 フォルクマールは淡々と告げる。

 全ての部下は等しい存在だった。同じように価値がない。


 かつてのような僅かな温かみもそこにはなかった。



「能力を二度使い、敵陣に穴を空ける。それが合図だ」



 彼が命じるとオーク族の本陣は空となり、ただフォルクマールが残るだけとなる。

 虫の鳴き声だけしか無い静かな闇の中、切り株に腰掛け、彼は空を見た。



「お前には覚悟があるのか。それとも違う何かがあるのか」



 遠くの敵に対して彼は問い掛ける。

 掻きむしりたくなるような心の痛みを堪えながら。そして、冷静に自らの取る行動に対する相手の行動を予測しながら。



「俺は勝ち続けて見せる」



 強い意思を込め、最後に呟く。

 心は既に凪いでいた。


 時を待ち、彼は立ち上がると魔王候補としての力を二度振るい、残る力の殆どを用いて『命令』を下す。



「”要塞に待機する『全ての者』に命ず!”」



 心は空虚で満たされていた。

 ガリバルディは自分達にまで『命令』を使うことを計算していない。


 愚かなことだとフォルクマールは思う。

 王が恐怖される者であるのならば、それは敵味方を問うものではない。



「”オッターハウンド要塞の敵を殲滅しろ。後退は許さない”」



 これで全ての者が意思を持たぬ殺戮者となって、要塞を攻撃する。


 誰も自分を許さないだろう。死を命じたのと同じことだから。

 誰も自分に逆らわないだろう。逆らえないことを理解するだろうから。


 故に孤独。



(だが、それが魔王だ)



 彼は再び切り株に腰を下ろす。後はただ、待てば良かった。

 勝利にもフォルクマールは興味が無い。この命令は彼の目的を叶える事だけを意図したものであった。


 歴史に刻まれることになる一つの悲劇がここに始まる。

 当事者達の中にもそれを予想できた者は誰もいない。




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