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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
三章 逆襲の章
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第十九話 第一次オッターハウンド要塞攻防戦 総力戦




 最前線で闘うオーク族側のゴブリン達は雨のように降り注ぐ矢にも怯むこと無く前進を続けていた。その前進を助けるために重い盾を持つ怪力のオークがカバーに入っている。


 数度におけるウィペット要塞攻防戦での経験は、オーク族にも等しく与えられており、彼らは狭い空間で効率的に戦うための訓練を、要塞戦の経験を持つハイオーク、コンラートの指導の元、厳しく施されていた。



「乱戦に持ち込めば矢は使えない……そうなれば数に勝る我々に有利。しかし、相手も魔王候補の力を織り込み済みか。簡単には崩れないか」


 

 そんな彼らの内の半数を、長髪の重ねた年を感じさせない秀麗なハイオーク、全てのオーク族幹部の武芸の師でもあるベルンハルトは眉を寄せ、時折飛んでくる矢を払いながら視界の届く場所で指揮を取っている。



「先生、俺も出るぞ」

「怪我は大丈夫か?」



 その隣で憎悪に満ちた視線を要塞に向けているハイオーク、クレメンスには片目がない。

 失われた眼には切り裂かれた醜い傷が走っており、強引に縫われた跡が残っていた。



「問題無い。ハウンド……後はあの犬っころだ。絶対に復讐してやる……」



 失われた右目を抑えながら零す、粘着するような低い恨みの声。

 巨大な槍を手に、隻眼のハイオークは矢の雨に微塵も怯むことなく、激戦の続く最前線へと歩いていった。



「あいつはあれでいい……か。奴らの計算を崩す切欠になるかもしれん。クレメンスを援護し、予定通り前線に橋頭堡を構築しろ!」



 そんな弟子の背中を見送りながらベルンハルトは小さく息を吐き、冷静にクレメンスの向かった『穴』へと戦力を集中させる指示を飛ばす。



「右翼のベルンハルトは攻勢に出たか。我々は敵を釘付けにする。ギルベルト、ルーベンス。お前達が前に出ろ。ただし、無理攻めはしなくてよい。焦るな。攻勢に出る時は指示を出す」

「はっ!」



 同じ頃、伝令のコボルトの吠え声を聞いたもう半数を指揮するハイオーク、オーク族の長老でもある筋骨隆々な老人、アルトリートは白い髭を触り、落ち着いた口調で、自然と従えている傍らのハイオーク達に命令した。



「狡猾な連中だ。先に下すべきはゴブリンではなく、こ奴らだったかもな。儂も老いたか」



 フォルクマールと共に作戦を練り、鎧袖一触でゴブリンの族長を降伏させた立役者でもある彼は自嘲するように皺だらけの口を歪め、苦笑する。

 持久戦は性格的にオーク族には向いていない。時を掛ければ待つのは敗北だけである。それでいて、攻め急いで失策をすれば打つ手が無くなってしまう。


 かといってこの要塞を無視すれば、不慣れな場所で補給もできない奥地に誘い込まれてしまう危険がある。



「しかも、この苦戦を面白いと思ってしまうのが救えんな」



 戦いこそがオーク族の全ての価値。

 無数の皺と傷が刻まれたアルトリートは年齢による衰えを感じさせない覇気のある笑みを浮かべていた。



 攻めるオーク族と守るモフモフ帝国。

 空堀を土嚢で埋めた僅かな足場と魔王候補の力で崩れた穴を頼りに攻める攻撃側を、数に劣る守備側が守る。



「どこだっ! 犬っころ!」



 いかに強い者もひしめく両軍の中では身動きも取りにくい。そんな中をクレメンスは味方を壁にしながら身体能力を活かして一番先頭まで躍り出て、怒り狂い、叫ぶ。


 自分の眼を潰した者達を全て狩り尽くす。

 それだけが彼の頭を占めている。


 単純に暴れているように見えるがその動きは正確。矢を弾き、敵の同士打ちを誘いながら低い姿勢で、まるで巨大な野獣のような凶暴さを見せながら敵陣を駆ける。

 彼の後をオーク族の戦士達が埋めていき、組立しやすいようにバラしてある木製の矢避けを設置していく。


 しかし、クレメンスの目の前に現れたのは探し求めている敵ではなかった。



「久しぶりね。クレメンス」

「裏切り者がお出ましか」



 一箇所の侵入路を突き崩そうとしたクレメンスが足を止め、距離を空ける。

 クレメンスの突撃による戦線のほつれを立て直したのは、補充戦力として待機していたカロリーネだった。


 クレメンスは舌打ちする。

 不敵な笑みを浮かべている目の前の女を打ち倒すには、片目の視界に慣れていない今ではそれが大きなリスクとなりかねない……単純に血の気の多いだけのハイオークでは彼は無かった。


 忌々しいと歯ぎしりする。しかし、目の前の相手を倒さなくては先に進めない。

 クレメンスは部下に現在の地点の死守を指示すると、両手剣を構えるカロリーネと向かい合う。



「ふふ、しばらく会わないうちに不細工が治ったわね」

「ぬかせ! 犬の部下に成り下がった女が!」

「あらあら、いい男のいる方に付くのは当然じゃない? それに……」



 笑みを消し、カロリーネはしなやかなその身体を、飛びかかれるように引き絞り、一気に距離を詰めて両手剣を振り下ろした。

 クレメンスはそれを下がって回避し、反対に槍を突き入れる。



「一度ハイオーク同士で殺し合ってみたかったの!」

「てめえ……」



 軽々と身体を捻って槍を避け、剣を真横に薙ぐ。

 鋼鉄の槍と大剣の刃がぶつかり合って火花が散り、一瞬で飛び退いた。


 お互いに不用意には近付かず、小技で相手を牽制する。

 よく知った者同士。攻撃する前に予測し、間合いを取る。



「遊んでいるわけじゃないな。なんだ……」



 目の前の相手の行動にクレメンスは戸惑っていた。

 戦いを楽しむ言葉は彼の良く知るカロリーネのものだ。


 しかし、その表情は真剣で隙が全くない。

 逆に見れば余裕がない。思い切りはないが、倒すのも困難。


 以前の彼女ならば、多少のリスクを冒してでも、手負いの自分を仕留めに掛かったのは間違いない。クレメンスは多少困惑しつつ、相手の攻撃を受け流していた。


 だが、カロリーネとその部下いう援軍を得て、周囲の状況はクレメンスにとって悪いものとなっていく。



「お前……病気か? それとも犬の部下になって腕が落ちたか?」



 退路を断たれないよう、距離を置きながらクレメンスは問いかける。

 馬鹿にしているわけではなく、腑に落ちないといった風に。



「心配せずとも、私は今が最強よ」



 片手をお腹に当て楽しそうにカロリーネは自信に満ちた笑みを返す。



「なるほど。だが……むっ!」



 彼がそれを避けることが出来たのは生存本能……己の直感を信じたからだった。

 ガンッ! と轟音を上げて、巨大な矢がクレメンスが立っていた位置に突き刺さる。



「な、なんだ。これは」

「外れたか……ここはもう大丈夫ね。あんたとだけ遊んでいるわけにはいかない。またね。クレメンス。次は仕留めてあげる」



 仲間達が侵入地点の攻防で完全に優位に立ったことを確認すると、カロリーネは手の空いた部下を率いて下がっていく。



「あれか。一発一発は時間が掛かるようだが、あの化物みたいな矢を喰らえば死ぬな。コボルト共め……あんなものまで作り上げるか」



 追撃も出来ず、クレメンスは忌々しそうに高所に設置されているモフモフ帝国の新兵器を睨みつける。数は少いが、楯すら貫通するであろう武器の存在に、オーク族側の戦士達に戸惑いが生じていた。



「突出した敵に集中。叩く……押し返す」



 その一瞬の隙にこの方面を指揮しているケットシー族の族長、ブルーは戦線を立て直し、侵入者の排除にかろうじで成功する。

 少年のような彼の無表情の顔は、多くの敵の返り血で染まっていた。



「ちっ! 勘のいい野郎だぜ」



 要塞内の小高い山になっている場所で、片腕をだらりと垂らした白い毛並みの老いたコボルトが舌打ちを鳴らす。

 彼の傍らには実戦での効果を確認するために集まった技術者達が集まっており、その威力を冷静に確認し、メモを取っていた。



「中々の威力ですね。材料が高価すぎるのと、細工が複雑すぎて量産が間に合わなかったのが残念ですけど」

「だが、こいつならハイオークでもぶち抜けるぜ。ちと扱いが難しいが。まだまだだ。俺の作る武器はこんなもんじゃねえ! もっと簡単にぶっ殺せるような奴だ!」



 狂ったように隻腕の白いコボルト、マルが笑う。

 彼はクレリアから得たクロスボウの原理を用いて固定式のバリスタを開発していた。


 狙いはつけ難くく、矢を番えるためには時間と労力が掛かるが、威力と射程は十分なものであった。



「タマさんの受け持ちの方の攻勢が強まりましたね」

「よし、向こうもどんどん撃てと伝えろ。もう隠す必要はない。新しい狼の牙の恐ろしさをオーク共に思い知らせてやれ」

「はいっ!」



 伝令の茶色いコボルトが慌てて敬礼し、命令を伝える。



「一枚目で防ぎきるのは難しいか。グレーの小僧……無事でいろよ」



 小さく呟いてマルは眼を細める。

 


 戦闘初日、オーク族はアルトリートが機を見て先頭に立って一気に攻め込み、被害を出しながらも侵入口に橋頭堡を確保した。老練な彼は堅実に戦い、矢を防げるように簡易の陣地を構築する。


 慎重なその姿勢に、タマは無理に取り返すことを諦め、シバに伝令を出して魔王候補の力でブルーが受け持つ方へ向かえないよう進路を塞ぐと第二防衛線へと戦線を後退させた。



「さすが爺さん。年季が違うな」

「申し訳ありません。しかし、これ以上は下がるわけにはいきません」

「なあに、相手のやり口はわかった。ここからさ」



 短期間で要塞を陥落させることは可能。

 そう思わせるほどの苛烈な攻撃であった。そして内部に侵入し、乱戦になれば優位は数の多いオーク族へと移ってしまう。


 タマは参謀のハウンドの背中を叩き、守備の指揮を取り続ける。

 現実に危機に陥り、それでも尚、モフモフ帝国側の士気は落ちていない。




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