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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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第五話 新しい仲間達




 戦いの終わったモフモフ帝国中央広場……と呼ぶことに決められた小さな広場では武器を捨てたゴブリン達が座り込んでいた。その周りではコボルト達が取り囲み、勝利の余韻からかざわざわと嬉しそうに騒いでいる。


 正面には皇帝であるシバが緊張した面持ちで立ち、その隣ではクレリアが油断せずにゴブリン達を伺いながら、全員集まったことを確認する。

 彼女にとって可愛いわんこであるコボルトを全員覚えることなど容易いことだ。


 クレリアが手を上げるとコボルト達のざわめきがピタっと止まりピシっと整列する。

 次に上に挙げた手を手のひらを上に向けながら横に伸ばすと、ザッとコボルト達が一分の無駄なく動き、男女交互に整列した。


 彼女の訓練の成果である。主に軍事目的よりもちょこまか動いたり、整列してるもふもふ可愛いという欲望に突き動かされて施した訓練であった。

 想像以上に彼らの覚えが良かったため彼女は調子に乗って不必要な事まで仕込んでいる。



「ぬう、見事な動き。拙者達が破れたのも頷けるっ!」

「当然。私が彼らのかわい……いや、能力を可能な限り引き出したのだから」



 しかし、残念な事にそんな彼女を止める者は現在存在しなかった。



「ところでキジハタさん。僕が言うのもなんだけど、降伏して良かったんですか?」

「後悔はない」



 困ったように耳を垂れているシバは心配そうに降伏したキジハタに声を掛ける。だが、キジハタの方は目をしっかりと見開きながら座り込んで黙っていた。

 その潔さが余りにもクレリアの知っているゴブリンとイメージが違いすぎて、シバの隣で彼女は苦虫を噛み殺したような顔をして困惑している。



「いや、でも、僕達はゴブリンとも闘うことになります」

「覚悟の上……いや、寧ろ進んで協力したい」



 え? と、シバは首を傾げる。ゴブリンと闘うことは自分達の仲間と闘うということ。それを進んでという彼のことがシバには理解出来なかったのである。

 彼にとっては仲間というのは家族だから。シバの不思議そうな顔を見て、キジハタは説明が足りていないことに気がついたのか話を続ける。



「拙者達はお主達と違い、部族同士でそれ程仲が良いわけではない。それに有力部族の腰抜けがオークに従ったお陰で拙者達少数の部族は人質に取られて脅迫される有様」



 キジハタは悔しさに身を震わせて、拳を握り締める。



「このまま戦士の誇りを汚され続けるならいっそ……!」

「うーん、でも、人質が……大切なんだよね。クレリア。何とか出来ない?」

「え……あ、はい。大丈夫です」



 クレリアは急に話を振られて、ビクッと身体を震わせたがなんとか答える。


 彼女は実のところ全く彼らの話を聞いていなかった。

 先程の戦闘中、彼らの会話が人間の言葉ではなく、意訳されて聞こえていることに気付いた彼女は試しに彼ら本来の音声を楽しんでいたのである。彼女の耳には真剣な表情で向かい合っている彼らの会話も、



「わぉーん~わんわん……くぅーん?」

「ゴブゴブ」

「わぅーん。わんわんぉ!」

「ゴブ……ゴブゴブ。ゴォブゴォブゴブゴブ。ゴブゴブゴ!」

「わぉーん……クレリア……わぅん?」



 こんな風に聞こえてしまい、あまりの微笑ましさに和んでいたのである。シバにはちゃんと答えたものの彼女には彼の質問の内容がわからない。

 クレリアはこほんと咳払いすると、内心冷や汗をかきながらキジハタに顔を向ける。彼は立ち上がっていた。



「本当かっ! 仲間を助けて頂けるのか!」

「シバ様の命令とあらば」



 クレリアはなるほど、そういう話かとキジハタが自分から話してくれてよかったとほっとする。悩んでいたシバもクレリアの返答を聞いて、ようやくいつもの柔らかい笑顔を見せた。



 ゴブリン達の降伏はちゃんと魔王候補のシバにはわかっていたらしく、ゴブリン達はすぐに解放され、みんなで仲良く食事会を開いていた。


 ちなみにシバに降伏したことがわかった理由をクレリアが確認したところ、



「あ、なんか僕、少しだけ魔力が上がったみたいなんだ。仲間が増えるともっと上手く精霊さん使えるようになるかも」



 ほんわかとした笑顔で一杯開拓できるね! と彼女にそう答えてシバは喜んでいた。



 それはさておき、基本的に明るくてフレンドリーなコボルト達がゴブリンと親睦を深めている間、クレリアはキジハタと共に人質になっている彼の部族の仲間たちを救出する方法を検討していた。



「ふむ、集落に監視が付いているか」

「数は多くないはず。拙者の見張りは降伏したから大丈夫だ」



 クレリアは考え込む。キジハタの集落に残っている人数は32名。動けない者も数名いるらしく、非戦闘員も多い。戦力としては考えられない。

 そして、キジハタの村を監視している者が彼の降伏を知ってしまうと、間違いなく見せしめに攻められる。


 この人数とキジハタ達、そしてコボルトのみんなで要塞を築かずに防衛をするのは被害がかなり出るはず……無理だ。厳しい。相手の数が多ければ全滅すら有り得る。


 キジハタの村は食料の蓄えも少ないらしい。拠点としては……。



「キジハタ。貴方の村を放棄する」

「なっ!」

「モフモフ帝国に全員迎え入れる。済まない。村は守りきれない」



 クレリアは頭を下げる。彼女の指揮官としての頭脳は、彼の村を守ることに益は無いと答えを出してきた。残酷だろうけれど……と、そう思いつつも彼女の立場では諦めざるを得ない。

 キジハタはむむっと唸っていたが、項垂れて頷く。



「拙者は族長失格だな」

「その言葉を使うのは何も出来ずに死ぬ時。この借りは必ず返すことが出来る」



 胸を張って自信に満ちた態度でクレリアはキジハタを微笑みながら見る。キジハタは、まだ若干落胆していたが、わかったと首を縦に振った。



「よし、キジハタ。貴方はゴブリンの半分と狩人コボルトを15名連れて、残ってるゴブリンをモフモフ帝国に案内しなさい。私は残り半分のゴブリンを率いて見張りを倒す」

「了解した。拙者がコボルトを率いてもいいのか?」



 クレリアは剣を掴むとキジハタの肩をポンと叩く。



「シバ様が信じると言ってたから。さて、行くよ」

「……承知!」



 この日、新たにモフモフ帝国にキジハタを始めとする50名のゴブリンが加入した。彼らの加入はモフモフ帝国に新しい可能性と問題を提起することになる。


 そして翌日。



「クレリア。眠たそうだね」

「はい、シバ様……眠いです……」



 先日の夜、今日に行う式典のためにクレリアはキジハタから彼の剣を預かっていた。彼の剣は他のゴブリンが使う剣と同じように錆びてはいたが……近くで見ると他の剣と違うことに彼女は気付いたのである。


 正規の剣術を習得していたことを思い出した彼女は、彼から剣を預かり……そして徹夜するはめになった。だが、彼女はモフモフの為ではないのに満足していた。

 一応彼女も戦士だからだろうか。


 透き通った小鳥の声が響く、穏やかな朝の小さな広場に昨日と同じように全住民が集まる。コボルトもゴブリンも混ざって楽しそうに雑談しながら。


 慣れてきたのかシバの緊張癖も少しずつ治っており、雰囲気も柔らかく、寝惚け眼のクレリアを見て笑っている。

 そして、今日の主役が中央に出てくると全員が口を閉じて彼に注目した。


 キジハタは粛々とシバの前まで歩くと、彼の前で膝を突く。どこで習ったものなのか作法もしっかりしたものだとクレリアは心の中で驚いていた。

 他の者達も、おーと、少しだけどよめいている。



「シバ様、拙者の民を受け入れて頂き感謝する」

「これからは仲間だね。これからは帝国の仲間の為に、君の剣を振るって欲しいんだ」



 非力なシバは両手でキジハタの剣の柄と鞘を持って、彼に渡す。



「抜いてみて。昨日クレリアが研いでくれたんだ」

「これが……拙者の剣っ!」



 錆だらけだった剣は一片の錆も欠けもない、美しい剣に生まれ変わっていた。彼の持っていた剣は、所謂『本物の剣』だったのである。

 クレリアは何とか眼を開けてキジハタに説明する。



「元々誰の剣かは知らないけど業物だった。錆びていたのも表面だけ。それが貴方に剣を教えた者の持ち物なら、キジハタにはそれを錆びの無い心で伝える義務がある」

「クレリア殿……拙者は……いや、わかった」



 キジハタは堂々と胸を張って剣を納め、深々と一礼する。

 その様子を見て微笑んでいたシバが大きな声でみんなに聞こえるように告げる。



「『剣聖』キジハタを帝国軍士官、帝国軍剣術師範に任命しますっ!」

「謹んでお引き受けする」






────ゴブリンとは。



 魔物・鬼人族の中の小鬼科に属する生き物である。世界で最も数の多い種族と言われておりゴブリン族、それ一つで他とは類似性の存在しない一つの種族だと主張する学者の説も有力に主張されている。その説の根拠として世界中のゴブリンが同じ姿をしていることを彼等は挙げている。


 どの地域のゴブリンも小柄な体と暗褐色の肌を持ち、人に近い容姿ではあるが頭髪はなく、犬歯はむき出しになっており、目は真っ赤で常に見開かれている。まず人と間違うことはない。


 ゴブリンは世界中の至る所に存在しており、人の住んでいないところには何処にでも存在している可能性がある。戦いを生業にしているものであれば、戦ったことが無い者はいないほど見かける事の多い魔物である。


 食性は雑食性で主に動物を狩って暮らしているが、人里に降りて畑を荒らしたり人を襲うこともある。また、生活道具を略奪していくこともあり、農村などではゴブリンの存在は死活問題となっていることが多い。


 幸い彼等は一匹一匹は人間の大人よりも力が弱い。ただ、集団で行動する性質と粗末ながら武器を所持している場合があるため、素人は戦いを避けたほうが賢明であろう。

 また、ゴブリンの上位種も存在する。彼等はゴブリンとしては体格が大きく、魔法を操る場合もあるため、専門の戦士でなければ勝つことは難しいと言われている。

 ただ、ゴブリンに関しては人間の姿に近い上位種は確認されていない。だが魔王領には存在しているのが確実であると考えられている。


 一般的にゴブリンの知性は低く会話は出来ない。病人や子供を狙い、喰らうなど残虐な性質もあり、人間に対しては敵対的である。彼等に出逢えばまず戦いは避けられない。

 だが、非力であり戦いを生業にする者にとっては良い訓練相手である。



 ただ、魔王領のゴブリンは大きく異なる。有力説が通説とならない最大の理由が彼らの存在だ。過去から現在に至るまでの長い間、学者達の間で彼等はゴブリンに近い別の何かであり、区別するべきだとの討論が行われているが外見はどう見てもゴブリンであるために結論は出ていない。詳しくは『第五章 魔王領の魔物達』で解説する。



『魔物の生態・一章 ライオネル・ワーグ著 より抜粋』








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