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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
三章 逆襲の章
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第十八話 第一次オッターハウンド要塞攻防戦 死闘の始まり




────第一次オッターハウンド要塞攻防戦について




 オーク族の全面攻勢、第一次オッターハウンド戦役においてクレリア・フォーンベルグ大元帥は自らが策定した防衛計画に従い、ハリアー川を利用した遅滞戦術を行った。

 この作戦では多くの死者を出したが、作戦目標を達成している。


 この遅滞戦術の結果、オーク族は強固に構築されたオッターハウンド要塞を短期で落とす必要に迫られることになったのである。強大な戦力を誇るオーク族には補給に弱点が存在しており、時間を掛けることで、クレリア大元帥は相手の行動の自由を奪っていた。


 しかし、一方のモフモフ帝国側にも余裕があったわけではない。

 戦力はオーク族の半分にも満たず、負傷者も多く、予備戦力は最早存在していない。オッターハウンド要塞は首都、ラルフエルドを守る文字通りの最後の砦であった。


 モフモフ帝国皇帝シバは戦いの前日、全ての者の前で静かにこう語っている。



『数年前、僕達は誰もが自由に生きられる国を作ることを誓い、モフモフ帝国を建国した。そして今、僕達はその時の理想の通り、種族を超えて協力することが出来ている。だけど、自分達の理想を自分達で守れぬような国を、果たして誰が認めてくれるんだろうか。弱者の主張なんて誰も聞いてくれはしないんだ。それは僕達コボルト族が一番良く知っている。だから……だから、僕達は戦わなくてはならない。相手がどれ程強大であろうとも、自分達の理想を叶える強さを持つのだと”全ての者”に証明しなくてはならない』



 淡々とした口調で皇帝は演説し、



『オッターハウンド要塞が落ちれば、その先に、オーク族の大軍を防ぐことが出来る防御拠点は存在しない。そうなれば、ラルフエルドに住む大切な仲間、家族、そして……恋人達に危険が及ぶことになる。だから、僕達はこの最後の一線を必ず守りきらねばならないんだ。全ての帝国臣民の為に──僕はみんなの命を預からせてもらう』



 最後に決然とした表情でそう締め括った。



 モフモフ帝国とオーク族の総力を費やしたこの攻防戦は、両者にとって、思わぬ結果をもたらすことになる。それは魔王候補達にとってだけではなく、戦場に集結している有力な全ての幹部達の誰にとっても予測し得ぬ戦闘の帰結であった。




『モフモフ帝国建国紀 ──逆襲の章── 二代目帝国書記長 ボーダー著』




「やっぱとんでもねえ。いよいよ始まっちまったか」

「シバ様。これがフォルクマールの能力でしょうか。これは……魔法?」

「違うよ。オーク族は魔法を使えない。ただ、魔王候補の持つ魔力を強引にぶつけただけ。効率は悪いし何度も使えるものではないはず」



 戦闘開始の合図は要塞全てを揺るがすような爆音だった。

 オーク族の魔王候補、フォルクマールの魔王候補としての魔力。それはシバのように特化したものではないが、単純で暴力的な威力を持っていた。


 彼の力は数度振るわれ、オッターハウンド要塞の一部の守りが吹き飛んでしまう。

 オーク族の戦士達はその機を逃さず、土嚢を抱えて堀を埋めて渡り、フォルクマールが空けた穴から内部に侵入せんと駆け出した。



「予想通り。これしか方法はない。タマ、一番きついとこは頼むよ」

「任せとけってな」



 しかし、守るモフモフ帝国側は慌てていない。

 可能性の一つとして織り込み済みであり、冷静に負傷者を後方に下げ、穴が空いた場所を応急処置で塞いでいく。



「クレリア。キジハタは?」

「遊撃部隊として、後方遮断に備えています」



 戦闘が始まってから、クレリアはシバと共に高台の上から状況を見守っていた。彼女の怜悧な視線は敵手である魔王候補、フォルクマールへと注がれている。


 戦場の熱を帯びた風を感じながらクレリアの尻尾は落ち着かず、揺らされていた。



「見ているだけなのはやりにくそうだね」

「皆、優秀です。心配はしていません」



 苦笑いして気遣うシバにクレリアは首を横に振る。

 

 魔王候補は部下が増えることで能力が高められるが、伸ばされるのは主に長所。

 すなわち、フォルクマールは要塞を破壊した魔力以上に身体能力が高められている……というのが、同じ魔王候補であるシバの推測であった。


 そのフォルクマールが動いた時に止められるのは、モフモフ帝国で最も強い存在。魔王候補の眷属として、高い身体能力を持っているクレリアしかいない。


 従ってクレリアは自由に動くことが出来ず、要塞全体の指揮もタマに任せている。



「どこまで……何時からこうなることを予想していたの?」



 穏やかな少年のように微笑みながら、シバはクレリアに問い掛ける。

 緊張もせず、胸を張って。


 だけど、そんな彼の手が僅かに恐怖で震えていることを、クレリアだけは知っていた。しかし、彼女はそのことには触れず、質問への答えを返す。



「魔王候補の眷属として、私自身の身体能力の強化を意識した時から、こうなることを予測していました。私が直接指揮を取れる機会は魔王候補同士の戦いの性質上、おそらく殆どありません」

「何故?」

「魔王候補とその眷属の能力は圧倒的だからです。敵味方問わず、迂闊には動かせない切り札となります」



 シバの大地を作り変えるほどの能力。単純に、無造作に魔力を振るっただけで要塞の一部を破壊するフォルクマール。ハイオーク二名を子供扱いにしたクレリア。


 どれもが突出した異能であり、他に追随を許すような能力ではない。

 それに加え、従う者に『強制』する力。



「だから、仲間を導ける能力を持つ者を増やした?」

「はい。戦いを決めるのは私達ではありません。私達の役割は小さなもの」



 クレリアは優美な手つきで背丈の半分程はある長弓を手に取り、矢を番える。

 力強く弦を引き絞り放たれた矢は正確に、遠方で堀を埋めていたゴブリンの首に突き刺さった。



「この程度が限度でしょう」

「帝国の運命を決めるのは僕達ではない……か」

「フォルクマールは不幸な男です。コボルト族にはそれを許す土壌がありますが、オーク族には無い。優秀であるが故に、全てを理解しているが故に、一層不幸です」

「随分とあいつを買っているね。妬けるよ」



 少しだけ拗ねたように、頬を掻いたシバにクレリアはくすくすと笑う。



「優秀だから好きになるとは限りません」

「そうかな」

「そうです」



 クレリアは頬を僅かに染めて頷き、フォルクマールに視線を向けたまま次の矢を番えた。



「戦いを決めるのは、全ての『力無き者達』です。そして、その勝利を味わうのもまた。私達はただ信じましょう」

「僕は元々信じているよ。みんなの強さを」



 彼女の言葉には侮蔑はない。言葉とは裏腹に、そこにあるのは仲間達への尊敬と信頼。

 絶望的な戦力差でも、笑って戦い抜いてきた戦友達への想いが込められている。


 例え苦しくとも、不条理な運命があったとしても、それを乗り越えられると。



「帝国は帝国の臣民達が、自らの意思で守るのです」

「未来も彼らの手で。かな」

「はい。寿命ある彼らの手で。まずは目先の危難を共に振り払います」



 寂しそうに笑うシバにクレリアは頷き、弦を摘む指を放した。


 数年という時は、短命な弱小の魔物に取っては一生の四半を占めている。その時の流れでも一切変わらないシバとクレリアは、魔王候補というものがどういう意味を持つのかを理解し始めていた。



 そして、短命な者達は勝利を得るために命を賭けている。

 懸命に。確固たる意思と粘りつくような勝利への執念を持って。



「気負うことはねぇ! 魔王候補の魔力は底無しじゃねえんだ!」

「第一小隊、前へ! 第三小隊交代! 隙を作るな!」

「予想以上に矢の消耗がありますね……ブルー様の第四補給点に補充。手隙の補給隊は衛生兵を手伝いなさい。負傷者を後方に下げるのです。戦士は休息しておいて下さいね」

「こうして見ると壮観ね」

「カロリーネ。補充戦力の戦闘指揮はあんたに任せるからね。ヘマしないで」

「はいはい」



 最前線では既に戦いは始まっている。

 血の匂いと熱気が立ち込め始め、怒号が響き渡っていた。


 仲間の士気を鼓舞しながらタマが槍を振るい、副官のコボルト、ハウンドが的確に戦士達を動かす。全体への戦力補充と補給をシルキーが受け持っている。


 他の幹部達もそれぞれの部署を受け持ち、守備に付き、それぞれの戦いを始めていた。


 第一次オッターハウンド攻防戦は、『力無き者達』同士の攻防で幕を開ける。

 魔王候補の存在しない戦場で、彼らは懸命に己の存在を示していた。




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