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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
三章 逆襲の章
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第九話 死闘の前日



 ハリアー川沿いの集落、ガベソンにおける戦いは、先鋒のハイオーク、ツェーザルの戦死から小康状態になり、攻撃も散発的なものとなっていた。

 集落に拠って防衛戦を展開しているクレリアは、それが恐怖による萎縮であるとは欠片も考えていない。相応の根拠に基づいて相手の行動を予測し、対策を立てている。



「クレリア様。キジハタ様がアルトリートと交戦状態に入りました」



 副官、カナフグから報告を受けたクレリアは、彼の方には視線を向けず、川の向こうをじっと見つめながら頷いた。敵の動きは彼女の予想を超えていない。


 クレリアは相手が消極的になった時点でキジハタの第一軍とブルーの軍の半分を本隊から切り離し、警戒させていたのである。


 緒戦で勝利したとはいえ戦力差は歴然としており、その思い切った戦力の分散に、副官達は疑問の声を上げていた。これにはクレリア自身が幹部教育に置いて、戦力分散の愚を語っていたことも影響している。


 だが、クレリアは作戦の説明時に、地図に駒を置きながらこう答えていた。



「有効に働くことのない軍隊はいないのと同じ。無為に戦力を遊ばせて、敵に無傷でハリアー川を渡らせるわけにはいかない」



と。当然、彼女の判断は勘ではない。

 オーク族の弱点をクレリアは正確に把握しており、相手の置かれている状況を考えれば、その消極的な行動の裏を読むことは容易であった。


 そして、これからの相手の行動も。



「バードスパインから敵が!」

「本格的な攻勢はまだない。分散を悟られるな」



 だが、彼女にも予測できないこともある。キジハタ達の戦闘が始まったとの報告と同時に、バルハーピーから届いた報告がそれであった。



「クレリア様! ほ、補給部隊がやられましたっ!」

「落ち着きなさい。敵の数と所属は?」



 黄色い羽を羽ばたかせながらガベソンに駆け込んできたバルハーピーの伝令に、クレリアは慌てずに、伝令に先を促す。



「それが、コボルトとゴブリンの混成部隊で……所属はわかりません。数は少数です。補給部隊に数度の攻撃を加えた後、姿を消しました」

「ふむ。北部に動きは?」

「報告はありません」

「報告はない……か」



 戦争前に北部から主力への戦力移動は確認していた。

 だが、クレリアはそれでもこの北部に最も警戒の目を向けている。


 この方面は川を隔てているものの、モフモフ帝国にとっては側面にあたるからだ。過剰なまでに情報を集め、北部の動きを元にクレリアは戦略を組み立てている。


 万が一、北部が動いているなら作戦を修正しなければならない。



「クレリア、僕が行く」



 悩む彼女の肩を叩き、声を上げたのはハイケットシーのブルーだった。

 彼は眠たそうに青い瞳を細めると、ぽつりと零す。



「軍を率いるより、こちらが……僕には向いてる」

「何名必要?」

「いい。諜報部隊を使う。これは多分そういう仕事」



 クレリアは少しの間、ブルーを見つめたが、やがて頷いた。



「わかった。任せる」

「了解」



 彼女もケットシー達の活動は把握しきれていない。性格は千差万別だが、群れる特性がないケットシー族は軍としてよりは、確かに少数での活動に向いていたのである。



「時は私達の味方。相手もそれは理解している。と、なれば明日からが……」



 ブルーが去り、偽りの攻勢を仕掛けてくる敵と交戦状態に入った戦場で、クレリアは誰にも聞こえない小さな声で呟いた。

 表情は普段通りだが、姿勢正しく真っ直ぐに立つ彼女は、見る者が見れば哀しげにも見えただろう。


 全ての事が思い通りになるわけではない。軍人としての彼女はそれを理解していた。

 だが、本心では自分を信じる仲間達を一名たりとも失いたくはなかったのである。


 しかし、それが叶うことはない。

 モフモフ帝国は戦力的には劣勢なのだから。彼女は誓う。


 一名でも多くの仲間を生き残らせる、と。



「我々には時がない」



 同時刻のオーク族の本陣では、フォルクマールが敵であるクレリアとは反対のことを、コンラートとテーブルを囲み、作戦を詰めながら話をしていた。



「会議では言えないな」

「事実は事実として理解して欲しいものだ」



 フォルクマールは大きく溜息を吐きながらテーブルの上で両手の指を絡み合わせる。



「敵はそれを見抜いているのだから」

「理解していてもどうにもならないか」

「弱点があるのは向こう側も同じだがな。後はお前の部下がどの程度働くか」

「こればかりは報告させることは出来ねぇからな」



 コンラートは明るい笑い声を上げたが、フォルクマールは顔をしかめていた。

 不確定な要素をあてにするわけにはいかない。彼はそう考えていたのである。


 だからこそ、フォルクマールはコンラートに任せきりにせず、別に手を打っていた。そして、戦況は彼の想像の通りに動いている。



「グレーティアには命令を送ってある。そして、ベルンハルトとアルトリートからは伝令が届いている。準備は出来た」

「となると、明日からか」

「ああ。待たせたな。全面攻勢を仕掛ける」



 だが、頷いたコンラートの楽しげな表情とは裏腹に、フォルクマールの表情は優れなかった。オーク族の弱点が常に彼を悩ませていたのである。



(コンラートにも理解できないだろう。本当の意味では)



 幾つかあるオーク族の弱点のうち、最大のもの。

 モフモフ帝国には存在せず、オーク族には存在するもの。


 それは、魔王候補である彼と元族長でもあるアルトリート、一族の重鎮であるベルンハルトにしか理解できない類のものであり、他の誰にも相談できない問題であった。



 一方、モフモフ帝国の後方を荒らしまわっているコボルトリーダー、バセットとゴブリンリーダー、チャガラの部隊は執拗に補給部隊を狙い、攻撃を加えていた。


 荷を抱えている者は速く走ることは出来ない。

 彼らは荷を捨てた者は放置し、荷を持つものだけを狙うことで、効率良く物資の輸送を潰し続けていた。そして残った荷からは自分達の食料だけを奪い、残りは葉や枝で隠している。



「矢が無ければコボルトは無力。少しでも弱体化させるのだ」



 茶色と黒のまだら模様のコボルト、バセットはモフモフ帝国の戦術を研究し、その強みの一つがコボルトの勤勉さによる物資の豊富さにあると考えていた。


 コンラートに後方攪乱のやり方を任された彼女は、夜に川を渡って物見のケットシーを仕留め、中央部に侵入すると、物資を補充させないことで間接的に支援することを狙ったのである。


 数部隊目の補給部隊を潰した彼女達は、荷物を隠し、その場所から離れたところで休息を取っていた。



「一日、二日分は削れたか……次は……きゃっ!」



 突如、そばに立っていたチャガラに地面に引きずり倒され、バセットは声を上げる。

 間を置かず、彼女の頭が在った場所を矢が通り過ぎ、後ろの木に突き刺さった。



「囲まれている」



 バセットに手を貸して立たせながら、チャガラは小さく呟く。

 彼の視線は気配もなく、木々に隠れている矢を放ったハイケットシーを捉えていた。


 その視線の先にいる眠そうな雰囲気の猫耳が生えた少年、ブルーは弓を降ろすと、バセットに静かに話し掛ける。



「久しぶりだね。バセット」

「ブルー……合図の遠吠えが響いてたから来るとは思ったけれど、早いわね」

「ケットシー族とコボルト族が協力しているんだ。隠れることなんて出来ないよ」



 ブルーが腕を上げると、バセット達の部隊を囲むように併せて数十名のケットシー、そして、迷彩服を着こんだコボルト達が姿を現した。

 その中には、真っ黒のコボルトも交じっている。



「ヨーク。貴方も」

「『隠密』ヨーク様の鼻を誤魔化すなんて無理だぜ。年季が違うんだ」



 笑うコボルト特殊工作隊の首領に、バセットは不敵に笑い返す。



「まあ、今更私達に気付いても手遅れだけどね」

「やれやれ、相変わらず気が強いな」



 ヨークは肩を竦める。

 彼の口調は軽いが、表情には隠しようのない敵意が浮かんでいた。



「手遅れ。君の言う通りだよ。だけど、相手の駒を減らすことは出来る。僕は君が来るのを待っていたんだ。本当に君には、もう一度生きて会いたかったんだよ?」



 ブルーは無造作に再び矢を番え、淡々と感情の籠らない呟くような口調で告げる。



「シバを裏切った君にはね。死ね」





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