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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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第四話 帝国の初陣




 なんとなく勢いで帝国を作ってしまったクレリアはシバに用意してもらった狭い部屋で一人、執事兼書記長になったコリーから分けて貰った紙に調べた情報を細かく書きながら現在の状況について考えていた。


 本当ならずっとシバに付いていたい。だがそれをすると将来的に彼が危険になってしまう。今の状況では……クレリアは、はぁ、と悩ましげな溜息を吐いて自分で書いた紙を見る。



 帝国の現状がその紙には箇条書にされている。


人口……102名。戦闘可能な人数は約60名(防衛時)

戦闘……近接は不向き。遠距離はそこそこ。

武器……木製、石。鉄は自分の武器だけ。

食料……かなり溜め込んでいる。心配なし。

生産……織物、木製品。技術は高い。

地形……小川が近くにある。鉱山無し。逃げやすいようにか高所にある。

近隣……北と西にゴブリンの集落(敵対)。南はエルキーの集落(中立)。東は人間領。

士官……戦闘指揮出来るのは現在自分だけ。

政務……適格者0。急務ではないがそのうち必要。

商業……旅商人が廻っている(物々交換。紙などの仕入れ)

シバの能力……精霊に力を借りての土木工事。戦闘には不向き(精霊が協力しない)



 クレリアの最大の悩みは深刻な人手不足だった。防衛メインの今なら問題無い。

 だが、自分達から戦う必要が出来たとき、戦闘指揮が出来るのが自分だけでは心許ない。


 それに政治と商売……これらに関する知識が彼女は自身に欠けていることを知っていた。

 自分に出来ないことを出来る人材もモフモフ帝国を発展させるために必要になる。自らの帝国とシバのためにも解決しなければと彼女は拳を握り締めた。


 とりあえず、この問題は簡単にはいかないため、クレリアは当面必要になる防衛準備を進めていた。彼女が考えた防衛準備……それは、シバの能力とコボルトの技術を利用した村の簡易の要塞化。


 敵が入ってこれる場所を限定し、さらに中からは投石と弓で狙いやすいように村の周囲を作り替えてしまったのである。


 石や矢も大量に村の中に用意し、敵が来たときにすぐに準備できるように訓練も毎日行っている。コボルトは集団行動は得意なようでクレリアはその点は安心していた。


 数名のコボルトに周囲の探索と逃げて散らばった生き残りのコボルトの搜索を頼んで置くことも忘れない。コボルトの真面目で働き者な性質を考えれば、彼らの人口を増やせばそれだけ楽になる。彼女の精神的な意味でも。


 そして、忙しない日々が続き……帝国の建国を宣言してから一ヶ月。

 ついにその時が来る──帝国の長い戦いの始まり。ゴブリンの襲撃である。



「クレリア様っ! 探索に出ていたヨークから報告です!」



 その報告が届いたのはクレリアがゆっくりとシバと二人、昼食を取っている時だった。

 何時も通りに幸せそうにほむほむと食べている彼をガン見しながら、彼女は幸せに食事を楽しんでいたが、飛び込んできたポメラの必死な表情を見るや気持ちを切り替えて立ち上がる。



「来たか?」

「はい。ゴブリン15匹! 北からです! ヨークは防衛準備の連絡に行きました!」

「わかった。ポメラもヨークを手伝って準備を」



 ポメラに指示を出すとシバの方を向き、クレリアは片膝を付いて彼の顔を見上げる。

 耳を寝かせて心配そうにしているシバに彼女は安心できるように微笑み掛けた。



「心配ありません。皆、優秀ですから。さあ、シバ様……ご命令を」

「うん。気を付けてね。クレリア、村を守れ」

「了解しました。お任せを」



 クレリアはシバに頭を下げて命令を受け取り、剣を手に取ると暖かい家から出て、彼女にとっては久しぶりになる戦場へと向かって行った。



 戦場ではコボルト達が防衛時の守備配置に付き、村の外に集まっているゴブリンと睨み合っていた。クレリアが戦場に着くと全員の視線が彼女に向い、そんな彼女に小走りでコリーが近づいて頭を下げる。



「コボルト投石隊41名、コボルト弓隊30名。準備できておりますじゃ」

「敵は15名と聞いたけど」

「正しくは18名。少し増えたですじゃ」



 この一ヶ月の間に、生き延びたコボルト達が十数名程モフモフ帝国に入国している。

 長毛だったり巻き毛だったりする彼等は一様に疲れ果てた顔をしていて……まだ、様々な場所に潜んでいる仲間達を村に迎え入れることの重要性を彼女は感じていた。


 クレリアはコリーに黙って頷くと唯一、村の中に入る道が作られている狭い門の前に移動する。一番危険な場所。そこが彼女の守る場所だ。

 自分の腰くらいの長さになってしまった元々は片手用のブロードソードを両手で軽く地面に突き刺し、良く通る高くて大きな声を張り上げた。



「勝つ準備はできている! 同士達よ……臆するな! モフモフ帝国の初陣だ!」



 おおーっ! と、彼女に応える明るい声があちこちから上がる。

 率いている数は人間の時の一割にも満たず、純粋な戦力としてはそれ以下だ。彼女自らの身体もまるで子供のように縮んでいる。

 にも関わらず、クレリアは人間の時以上の自信を持って相手の動きをじっと見ていた。


 こちらが恐慌状態にならず、冷静なことに驚いているのかゴブリン達は中々動かなかったが、意を決して棍棒や錆びた剣などの武器を持って彼女が待つ坂になっている道を駆け上がる。

 クレリアは右手を上げ、相手が迫ってくるのを待ち構えて……ギリギリまで引きつけ、



「撃てっ!」



 右手を振り下ろすのと同時に、ゴブリン達に石と矢の雨が降り注ぐ。

 威力が弱く、殆どが外れているが中には腕や足に矢が刺さった者もいて、予想外の抵抗に驚いたのかゴブリン達は一度下がっていった。


 クレリアの前に残されたのは三匹ほどの重傷のゴブリンだけだ。

 守備についているコボルト達からザワザワと戸惑いの声が上がる。自分達がやったことに驚いているのだろうと彼女は思ったが、止めはしなかった。


 ゴブリン達は攻めるのが難しいと判断したのか、二度目の攻撃に中々来ない。クレリアは村の入口に仁王立ちし、氷のように平静な表情をしながらも内心、眉をひそめる。


 ゴブリンにしては知恵が回る……。


 しかし、守れば大丈夫と判断して待つ。こちらからは攻められない。

 悩みながら待っていると一匹の錆びた剣を持ったゴブリンがゆっくりと近付いてきた。



「そこのコボルト! 貴殿が総大将とお見受けする」

「む……ゴブリンが喋った?」



 クレリアは動揺を見せずに静かに見つめ返しつつ驚く。後ろに控えていたコリーはその言葉を聞き、おお! そういえば! と声を上げる。



「人間だったクレリア殿と我らが何故か喋れておりますじゃ!」

「シバの眷属になった御陰かな。これはいいね」



 お陰で彼等だけでなく、まだ見ぬモフモフ達とも恐らく喋ることができる。シバに助けられてよかった……その想いをクレリアは更に強くしながら喋るゴブリンに言葉を返す。



「モフモフ帝国大元帥 クレリア・フォーンベルグだ」

「拙者はゴブリンの『剣聖』キジハタ! 貴殿に正々堂々一騎打ちを申し込むっ!」



 コボルトより少し大柄で暗褐色の肌を持つ、いかつい顔の魔物が芝居がかった古臭い言い回しで叫び、錆びた剣をビシッとクレリアに向けた。

 ゴブリンといえば「ゴブゴブッ」としか言わないという先入観があった彼女は、しばらくポカンと惚けていたが、はっ! 返答しないと! と我に返る。



「私が出る意味がない。キジハタ。君達は我々には勝てないのだから」

「長引かせると仲間が死んでしまう。拙者が負けた場合には無条件で全員降伏する」



 キジハタと名乗ったゴブリンはそう宣言し、投石の届く射程圏内まで歩いてきた。騎士としては、彼(?)のような潔い戦士は嫌いではない。


 もしかして、ゴブリンというのは話すことが出来ればみんなこんなのなんだろうか。

 クレリアは頭を痛めて深刻に考え込むことになった。だが、彼の条件は悪くない。


 彼女はコリーに手を出さないように指示させると目の前に刺していた剣を抜き、キジハタが待つ場所へと足を進めていく。

 クレリアの茶色の長い髪が西に傾き掛けている日を反射して薄らと赤く輝き、風でさらさらと流れた。彼女はキジハタの前に立つと両手で剣を構える。



「いいでしょう。『剣聖』を名乗るに相応しいか、確かめさせてもらう」

「臆病なコボルトに貴殿の様な者がいるとは。気が乗らぬ戦いだが、収穫があったわ」

「気に入らない?」



 キジハタはふん! と鼻を鳴らすと警戒しながら剣を構えた。

 見た目はただのゴブリンにしか見えないが意外と隙がない。



「拙者に勝ち、他の者に聞け。言葉は最早無粋!」

「そうさせてもらおう」



 先手を取ったのはキジハタだ。ゴブリンの身軽さを生かして一瞬で懐に踏み込んで上段から剣を振り下ろす。クレリアはその剣を受け止めながら、相手の剣の重さに驚く。


 ただのゴブリンと思わないほうがいいな。


 彼女は痺れる両手を気にしながら、そう気を引き締める。自身が小柄なコボルトのようになって弱っていることを考えなくてもこの強さは侮れない。

 それに……力任せだけの剣でもない。



「防いだか!」

「くっ!」



 クレリアも驚いていたがキジハタも驚いていた。連続で放ってきた剣も防ぐ。剣の長さから近づくのは不利と判断した彼女は、近づいたキジハタを足で蹴って距離を取る。


 相手にダメージは無い。非力な身に彼女は不便を感じないではないが、距離は取れたことに満足する。キジハタは蹴られるとは思っていなかったのか、警戒しながら彼もまた距離を取っている。クレリアの狙い通りだ。



「剣での戦いに蹴りを使うとは」

「親の教育が悪くて。今からは正規の剣で行く」



 非難するような声を上げるキジハタに彼女は上段から切りかかる……が、簡単にかわされる。だが、これは振り下ろす速度を落としたフェイント。

 振り下ろす以上の速度で振り上げた。狙いは剣を持つ右手!



「なっ!」

「これで終わり」



 剣の平で右手を叩き、パシーンと軽い音を立てさせて相手の剣を飛ばすと今度はもう一度振り下ろし、キジハタの肩を剣の平で思い切り叩いた。

 痛がっているが折れてはいないだろう。だが、勝負はついた。


 クレリアは油断せずにキジハタの首元に剣を突きつける。



「降伏か死か」

「殺せ……と言いたいが約束だ。降伏する。全員武器を捨てろ」



 潔いキジハタに感心しながら、クレリアは他のゴブリンを見る。彼等は顔を見合わせると武器を捨てた。どうやら、彼をリーダーとして認めているようだった。

 後はシバを認めさせれば魔王候補の能力で逆らえなくなるだろう。



「まさかゴブリンなのに正規の剣術を修めているとは思わなかった」

「拙者もお主のような強者がコボルトにいるとは思わなかったわ」



 いかついゴブリンの表情は慣れないクレリアには分かりにくかったが、彼の声の調子からどこか満足したものを感じていた。



「コリー。怪我人を治療してあげなさい」

「はいですじゃ! 治療班、こっちじゃ。いそげいそげーっ!」



 怪我をしているゴブリン達を四人掛かりで運んでいく。キジハタは治療を断り、全員が武器を捨てて降伏するまで責任を持つと言い、その場に残った。

 クレリアは全員武器を捨てたことを確認すると全員に向けて力強く宣言した。



「同士達よ! モフモフ帝国の初勝利だ!」

「おおおおおおおおおおおおおおおっ!」



 腕を振り上げると、村中のコボルトたちが大歓声を上げた。あちこちでクレリアが愛する可愛いわんこ達が抱き合って泣いている。


 彼女はその光景を見ながら微笑むとキジハタについてくるよう促し、泣きながらこちらを見ているシバの元へと歩いていった。




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