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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
三章 逆襲の章
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第五話 裏側の戦い




 クレリアの本隊がフォルクマールと睨み合っているのと同時期、タマの別働隊は南から攻め上がるオーク族を相手に、戦闘を始めようとしていた。



「タマ。そちらの準備はどうかな?」

「あ、シバ様。お疲れ様っす。いやー、俺の方はハウンド達に任せっきりなもんでね」

「退屈そうだね」

「でかいから邪魔って言われちまったんすよ。お陰で地図見るしかやることがねぇ」



 慌ただしくバルハーピー族やビリケ族、帝国の戦士達が「急げー急げー」と、パタパタ走り回る集落の中で一人椅子に座っているタマに声を掛けたのは、泥だらけになったシバだった。


 モフモフ帝国の皇帝であるシバは、笑いながら立ち上がったタマから布を受け取ると、泥を落としていく。

 優しげな子犬のような印象……外見だけは。中身は違う。


 いや、違ってきた。タマはそう考えている。


 彼ら二人が今いる場所は、つい先程までオーク族に与していた集落『ゴブラー』だ。ガベソンと異なり、最前線から離れているこの集落は完全に油断しており、タマ達、モフモフ帝国第三軍の奇襲を受けて、一瞬で陥落している。


 ハリアー川を超えてくる別働隊を抑えるため、彼等はシバの力で空掘を作り、物資を運び入れ、この集落を簡易の要塞に仕上げていた。



「しかし、姐さんは何考えてるんすかね?」

「何が?」

「住んでたゴブリンを全員東部に移住させろなんて。確かに東部は縄張りに余裕はありやすが」

「どう思う?」



 シバは無邪気な笑みをタマに見せながら逆に問い掛ける。タマはしばらく腕を組みながら唸っていたが、負け負けと苦笑いしながら両手を上げた。

 そんな彼にシバは小さく頷く。



「タマはそれでいいんだよ。クレリアも多分、そう思ってる」

「じゃあ、シバ様は意味を理解しているんですかい?」

「勿論。コボルト族、ゴブリン族は理解し易いんじゃないかな。逆にケットシー族とオーク族には理解し難いかもね。あ、ラウフォックス族もかな」

「種族的なもんですかい。うーん、なんかずるいなぁ」



 困った表情で、ボリボリと頭を掻くタマにシバはタオルを返すと、タマの机に置かれている地図へと視線を向ける。



「ハリアー川以東のゴブリンは中央部から消えた。この戦争で、軍属以外のゴブリンは死ぬことはない。僅か数年で随分戦いも変わっちゃったね」

「あ、じゃあ、もしかして、民間人を逃がすために? さすが姐さん!」



 手を打って笑うタマにシバは一瞬ぽかんとした顔をしたが、一つ溜息を吐くと、くすくす笑った。それで違っていることがわかったのか、タマはバツが悪そうに、咳払いをする。



「やー、ははっ! 頭悪くて申し訳ない。姐さんにも幹部教育中に寝るなって良く怒られた劣等生なもんでして」

「やっぱりタマはそれでいいんだよ。明るい仲間にみんな集まるからね」

「そんなもんですかねぇ」



 照れるようにタマは笑い、シバはコクコクと頷いた。



「シバ様、タマ隊長、防衛準備、整いました」



 シバとタマが休んでいる建物に、やってきたのは茶色の毛並みのコボルト、計算を得意とし、タマの実務面を補佐している政務官出身の副官、ハウンドだった。

 彼は生真面目な性格で、今も、少しの無駄のない綺麗な敬礼をしながら直立している。



「よっしゃ! ハイオーク共をぼこぼこにしてやるか!」

「え、我々の役目は足止めでは。命令違反です」



 慌てるハウンドに、タマはやれやれと苦笑いして首を横に振った。



「若いのに固いなぁ。世の中臨機応変なんだぜ? 隙があれば一泡吹かせてやりたいが……ま、今回はしっかり守備だろうな。で、誰が来る?」

「南西部のクレメンスが既に川を渡っています。ゴブラーのゴブリンを数人逃しているため、ここが落ちていることはバレているでしょう。よろしいのですか?」

「ここに来てくれなきゃ困るからな。これでいい」

「来ますか?」

「ああ、絶対に来る」



 疑っているのか、ハウンドの声は苦い。だが、タマの言葉には確信の響きがあった。

 二人の会話を聞いているシバは、これがタマの強みだと考えている。


 例え、様々な可能性があろうとも、自分の選んだ答えに迷うことがない。

 そして、間違ったなら、笑って修正すればいいという適当さも持ち合わせている。



「タマ。クレメンスはどんな性格?」

「功名心が強くて執念深いってところですかね。エルキーへの個人的な恨みで戦争を引き起こした元兇らしいんすよ。奴の南西部はエルキー領と接してるもんで」

「なるほどね」

「それよか、シバ様。安全に逃げる方法は考えといて下さいよ?」

「それは余計な心配だよ」



 ゴブラーには、ハイオークを相手に一対一で戦える戦士はタマしかいない。ある意味、ガベソンよりも危険な場所だった。だが、シバは胸を張り、自信あり気に答える。



「コボルトの逃げ足は最速だからね」

「シバ様、自慢になりません……」



 耳を伏せ、恥ずかしそうにハウンドは嘆く。

 しかし、シバの方は穏やかに微笑むだけであった。


 ハイオーク、クレメンスがゴブラーに到着したのは、報告から三時間以上過ぎてからだった。ここまで遅れたのは川を渡った疲労を、休憩することで落としていたからである。



「大体300ってとこか。それに対してこちらは200……っと」



 シバが空掘を作るついでに作った盛土の上に立ち、集落の前に集まっている集団を楽しそうに眺めているタマと違い、副官のハウンド、ラウフォックスのブリス、ゴブリンのエツの顔は緊張で強ばっている。

 彼等はクレリアの下で経験を積んだ若手であり、北東部戦線では戦っていなかった。


 そのため、敵の数の方が多い防衛戦はこれが初めてである。



「タマ。後の指揮は任せるよ。僕は魔力を回復させる」

「シバ様、了解だぜ。お任せを。おい、ハウンド! ブリス! エツ!」



 戦闘がすぐにでも始まりそうな緊張感で、すっかり固くなっている三名の副官達の名前をタマは大声で呼ぶと、敵味方に轟くほどの豪快な笑い声を上げた。



「お前達三名には見どころがあるっ! 後、足りねえのはくそ度胸と面白味だけだ!」



 三名はぽかんと口を開けながら、タマに視線を集中させる。

 だが、タマの方はそれを気にすることなく言葉を続けていく。



「今日はあのおっかねえ姐さんは、近くにいねぇ!」



 あんまりな言いように、シバが吹き出しそうになって、慌てて口を抑えた。



「勝てばいいっ! お前らの好きにやれ。自由に、存分に羽を伸ばせ!」



 唖然としている三名に、タマは太い腕で自分の胸を叩くと、にやりと笑う。



「失敗を恐れるな。お前らのミスはこの俺様がカバーしてやる。わかったか!」

「は、はい!」

「声が小さいっ!」

「はいっ!!!!」

「よし! 配置に付け! 勘違いしているハイオークに帝国の戦争を教えてやるぞ!」

「了解!」



 固さの取れた副官達にタマは頷くと、正面から此方を真っ直ぐ見ているハイオークに視線を向ける。脅すように睨みつけているクレメンスを相手に、タマは気負いも無く、ただ、静かに見詰め返していた。



 ゴブラー防衛戦。

 第一次オッターハウンド戦役においては、別働隊同士の戦いとして、後に語られる事は少ない戦いである。しかし、その重要性は本隊同士の戦いに劣らないものであった。


 それをこの時点で理解している者は、僅かな者達だけである。


 クレリアとフォルクマールの闘いの裏側で、戦いの趨勢を占う、もう一つの戦いが始まろうとしていた。




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