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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
三章 逆襲の章
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第三話 緒戦




 ガベソンの岸辺ではオーク族の襲撃に備えて、簡易の柵が川沿いに設置されている。

 ぬかるむ足場を避けるように建てられたそれは、オーク族の腰程度の高さしかない一見貧弱にも見える対策だ。


 だが、しっかり地に打ち付けられたその柵は容易に倒すことは出来ず、また、重要地点には迷路状に張り巡らせている。


 防御線を構築したクレリアは、夜が明け、ゆっくりと白みを帯びていく空を見詰めながら、側に控えるキジハタに声を掛けた。



「そろそろ来るか。キジハタ、皆の様子は?」

「落ち着いている。脱落者はいない」

「そう……あの子達も立派な戦士ね」



 微かに朝靄が立つ中、彼女達の配下はひそりともしていない。

 全ての者が自らの武器を持ち、柵の側に座って祈るように目を閉じている。



「何か心配事が?」

「フォルクマールの能力が解らない」



 シバが大地の精霊の力を自由自在に操るように、フォルクマールにも何らかの力があるとクレリアは考えていた。それは戦況を変える程のものだとも。

 その力をフォルクマールは一度も見せていないらしく、ハイオークであるカロリーネも能力の詳細を知らなかったのである。


 タマもカロリーネもフォルクマールを軽く見ているが、職業軍人としてのクレリアは戦跡から、彼を侮れない相手だと考えていた。



「隠している……か。臆病と言うよりは用心深い。人望が無いのが救いね」

「しかし、拙者達が気弱になるわけにはいきますまい」

「そうね」



 気負う様子のないキジハタにクレリアは頷くと、全ての戦士達に配置に付くように告げた。靄が晴れれば、川の向こうのオーク族は攻めてくる。それまでの時間は僅か。


 厳しい表情を川に向け、クレリアは帝国の兵器開発班が作成した、彼女用の重い弓の弦を引くと、矢を番えないまま指を離した。



 薄暗い森の中、朝日を浴びて川の水が光を反射し始めると、両軍の布陣はお互いに明らかになっていた。川幅は約100m。ガベソンとバードスパインの間は深みも少なく、一番深い場所でもコボルトの胸程の深さしかない。

 だが、大軍は展開出来ない。浅くなっている場所が少な過ぎるのだ。


 モフモフ帝国側のコボルト達は揃った大きさの弓を構え、オーク族の戦士達は楯を構えている。オーク族の先頭には、両手剣を持った若いハイオークが立っており、ぎらついた笑みを浮かべていた。

 しかし、臆病なはずのコボルト達は負けじと相手を睨み返している。


 そして、ハイオークの剣がモフモフ帝国へと向けられた。



『殺せぇぇぇっ!!! おおおおおおおおおおおおおおおっ!』

「コボルト隊、斉射準備。引き付けなさい」



 迫り来る軍を冷めた視線で見詰め、クレリアは右手を上げながら、川の半ばへと辿り着くのを冷静に待つ。

 コボルト達も焦ってはいない。これまで負け続けてきたオーク族に臆しない勇気は、自分達の指導者への信頼の表れでもあった。


 彼等の手にある弓も狩猟用の物ではない。

 新たに作られた戦士のための弓。己の敵を打ち倒すためのコボルト達の牙だ。



「射て」



 弓の射程よりさらに相手を引き付け、クレリアは右手を振り下ろす。

 改良された弓から放たれた矢は放物線を描きながら雨のようにオーク族の戦士達に降り注ぎ、木製の楯の隙間から敵を打ち倒し、川を赤く染めていた。


 だがオーク族の側もそれに怯まず、楯を前に出しながら前進を止めていない。



(敵が少ない。意外と警戒されている)



 自分の弓に矢を番えながら、クレリアは戦況を掴んでいる。

 狭い渡河地点に戦力を集中させれば、混乱を誘発させ、遊兵を作らせやすい。だが、フォルクマールは先鋒のハイオークしか投入していないようだった。



「此方には選択肢は無いか」



 呟くとクレリアは力強く弓を引く。狙いは剣で矢を撃ち落としているハイオーク。

 弓はそれ程得意ではないが、魔王候補の眷属として、彼女の膂力は今ではハイオーク並まで強化されている。


 集中し、狙いを付けて弦から指を離すと、ギィィィッ! と甲高い音と共に、放った矢はハイオークの剣に命中した。


 外したわけではない。

 クレリアは目立つように一番前に進み出ると、それを証明するようにハイオークの脇を固めている二名のオークの眉間を連続で楯ごと射抜き、ハイオークに微笑み掛けた。


 周囲にいるコボルトやゴブリン達から、その凄まじい技量に歓声と笑い声が上がり、反対にオーク族の戦士達の足は一瞬止まる。



「私の周囲を空けておきなさい。この地点に引き込んで、敵先鋒を殲滅する」



 クレリアはそう命令すると数本の矢を地面に刺し、自分に向かって雪崩込もうとしているオーク族側の戦士達を一射一名仕留めていく。



「こんな相手ばかりなら、楽でいいのだけど」



 川を渡るまでにオーク族側は戦死と負傷で50名以上の被害を出していた。先鋒は約200名。四分の一が消えた計算である。それでも、彼等は怯まなかった。

 勇猛と言っていいのかもしれない。付き従う戦士にとって不幸な事に。


 先頭の若いハイオークが岸に辿り着き、クレリアに向けて獰猛な笑みを浮かべる。



「見つけたぞ。貴様だけは八つ裂きにしてやる」

「フォルクマールは部下には恵まれていないようね」

「ぬかせっ!」



 落ち着いて巨大な剣を避けながら、クレリアは味方の軍がいる場所へと引いていく。代わりにハイオークが作った空間へと、渡河した彼の部下は集まっていった。



「コボルトらしいな。逃げ足だけはっ!」



 挑発は聞かず、ハイオークを無視しながら、クレリアはただタイミングを測る。

 クレリアがハイオークの相手をしている間、次々とオーク族の戦士達は渡河を終えていき、渡河を終えた者は他の戦士達の為に円陣を作り、橋頭堡を作っていた。


 先鋒の殆どが渡河を終え、遠くに第二陣が渡河してくるのが見えた瞬間、クレリアは声を上げた。



「キジハタとブルーに合図を出せ」



 二人に巻き込まれないよう遠巻きに見ていたコボルトが頷き、直ぐに合図の旗を掲げる。



「な、なんだっ!」



 三方向から突如湧いた咆哮に、ハイオークは戸惑うが、それも長い間ではなかった。

 気を逸らした一瞬でクレリアに心臓を貫かれ、倒れ伏す前に首を撥ねられたからだ。


 大量の返り血でクレリアは全身を赤く染めながら、作り出した乱戦に加わっていく。


 ハイオークを討ち取られたオーク族の先鋒は脆く、渡河した敵が潰走するまで半時間も必要としなかった。

 第二陣も渡河を諦め、潰走してきた味方を守りながら引き上げていく。


 余りにもあっさりとしたその勝利に、モフモフ帝国の戦士達は暫し呆然としていたが、自分達の勝利に気付くと大歓声を上げていた。



「凄いわね。ツェーザルが子供扱いなんて」

「そんな名前だったか。だけど、コンラートの方が余程強い」

「比べる相手が悪いわ」



 戦闘が終わっても喜べる時間は少ない。直ぐに次の戦いを準備を進めていく。

 そんな中、呆然としているハイゴブリンの少女を伴ったカロリーネは、世話役のメイドコボルトから布を受け取ったクレリアに声を掛けていた。



「生かして逃がした方が良かったかもしれない」

「逃げないわよ。多分」

「無能な敵は貴重なのだけれど」



 クレリアは小さく息を吐いて、ハイゴブリンの少女に顔を向ける。



「ハクレン。どうだった?」

「信じられない……あんなことが……」

「貴女が無能なせいではないと言った理由はわかったでしょう」



 返事すら出来ず、ハクレンはこくこくと何度も頷いていた。クレリアも彼女に小さく頷くと、今度は好奇心に溢れる眼で自分を見ているカロリーネの方を向く。



「カロリーネ。貴女は今回の戦い、程々にしなさい。わかっているわね?」

「あら、貴女もそういうのわかるのね?」

「私は傭兵団出身。女性も多く見ている。貴女がそうなってるのは意外だけど」



 カロリーネが頷いたのを確認すると、クレリアは要件は済んだとばかりに、メイドコボルトを連れて川へと歩きだした。



「どこへ行くのかしら?」

「川で身体を清める。血の臭いはシバ様が好まない」

「噂通りの綺麗好きね。あんな目立つ場所で裸になったら、男達が前屈みになって弓射てなくなるわよ?」

「今の私は子供みたいな体型だし、大丈夫」



 真面目に自信を持ってクレリアは断言し、それを聞いたカロリーネは笑い転げた。




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