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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
三章 逆襲の章
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第一話 先制攻撃




 クレリアは一年半の間、無為に過ごしていたわけではない。

 彼女は最終防衛地点を以前から決めていた。ガベソン、ゴブラーもモフモフ帝国の現状の戦力なら陥落は容易であるにも関わらず放置していた事には幾つか理由がある。


 一つ目はモフモフ帝国の前線拠点であるオッターハウンド要塞との距離の問題。初期目標の二集落、特にゴブラーはオッターハウンド要塞から遠く補給に難があった。


 二つ目はこの二集落はオーク領に近く、彼等が救援を求めることで泥沼の消耗戦になることを防ぐため。戦力が劣っているモフモフ帝国にとっては消耗戦は不利であり、更にオーク族に実戦経験を積ませてしまうことになる。


 そして三つ目。



「クレリア様、ガベソンのゴブリンが数名、川を渡り、バードスパインに向かいました」

「よし、囲むのは終わり。一気に落とす。全軍に攻撃開始を伝えなさい。先鋒はキジハタ。私とブルーは援護に廻る」

「はっ!」



 伝令の虎柄ケットシーにクレリアは命じ、川を背にする目の前の集落に目を向ける。

 二百名近くのゴブリンが集落には住んでいるが、非戦闘員も多い。この集落自体は問題ではなかった。事実、戦争とも言えぬ一方的な戦いは敵ハイゴブリンの降伏であっさりと幕を下ろしている。


 副官達に後処理を任せ、クレリアが地形の最終確認を行なっていると、キジハタとブルーが彼女の下へと近付いて来た。



「どう?」

「ブルーの報告通り。此処は使えるわ」



 冷めた雰囲気の猫耳の少年、ハイケットシーのブルーはクレリアに頷く。ケットシーの諜報網を使い、戦場を定めたのは彼だった。


 つまり、この集落を落とさなかった最大の理由。それは、



「ここに誘き寄せれば有利ね」

「うん。逃げたゴブリンがきっと呼んでくれる。フォルクマールを」



 自分達にとって理想的で有利な戦場を、モフモフ帝国が選ぶ事が出来る為であった。

 ガベソンの北側は水量が多く、川を渡る労力は大きく、浅瀬を選ぶためには大幅に迂回をしなくてはならない。だが、南側には渡河出来る地点が多く、特にラインドスパインの南東は要塞から距離がある上に大軍を展開しやすい、危険な地形になっていた。


 そこで、クレリアは対岸、ゴブリン族の元魔王候補、ガリバルディが治めるバードスパインを狙う素振りを見せる事で、ガベソンに敵を引き付ける事を狙ったのである。



「キジハタ。ハイゴブリンを一騎打ちで捕まえたらしいわね」

「それが一番、お互いに無駄な死者が出ない」



 大したことでもないように、キジハタは平然とそう言った。


 『剣聖』キジハタは異質なゴブリンである。中位種のリーダーですらない普通のゴブリンである彼は愚直に努力し、剣技を極める事で、本来勝てるはずのない上位種すら倒せる強さを持っていた。


 この点、魔王候補の眷属であるクレリアや、オークリーダーであるタマとは大きく立場が違う。


 実質的に軍のNO2であるキジハタの姿勢はゴブリンのみならず、モフモフ帝国の全戦士に多大な影響を与えており、尊敬を集めているという点では二人以上のものがあった。



「降伏した者は予定通り全員ラルフエルドに。集積所の物資を此方に輸送命令を」

「承知。ハイゴブリンは如何される?」

「扱いは同じ。何かあった?」



 キジハタは余計な事は言わない。それを理解しているクレリアはキジハタに確認を取ると、彼は困ったように顔を顰めた。



「恥だ殺せと煩く」

「望み通りにするのは?」

「抵抗せぬ息子程の歳の女を斬る気にはなりませんな」

「わかった。私が会おう」



 キジハタは深々と頭を下げる。彼の息子、ハーディングの成人は来年。それと同じくらいであれば、子供ということだろうとクレリアは判断していた。


 キジハタ、ブルーと防衛作戦の修正を終えると二人と別れ、クレリアはキジハタが捕まえたハイゴブリンを閉じ込めている小屋へと向う。

 小屋の外で見張りをしているゴブリンに頭を下げられながら中に入ると、褐色の肌に短めの黒髪を持つ、気の強そうな人型の少女が後ろ手に縄で縛られて胡座を掻いて座っていた。



「だ、誰だっ!」

「ふむ」



 クレリアもハイゴブリンを見たのは初めてだった。上位種であるため、人型だが他の種で特徴的な獣耳はなく、純粋に人に近い。

 白いシャツを着た背の低い彼女は健康的そうで可愛らしく、どんな服が似合うだろうとクレリアの理性は少々危ない事になっていたが、一応戦場であるために必死に自重していた。



「私はクレリア・フォーンベルグ」

「お前が……それにハイオーク……何故……」



 ハイゴブリンの少女は呆然とクレリアと、彼女に道中で「面白そうだから」と合流したカロリーネを見詰める。



「キジハタから話があったはず。集落の者を率いてラルフエルドに移住して欲しい」

「嫌だ! 殺せっ!」

「あらあら、元気なお子様ね。とてもいい扱いを受けているというのに。捕まえられるだけだなんて」



 楽しそうにカロリーネが笑い、そんな彼女を殺さんばかりにハイゴブリンの少女は睨む。だが、当然睨まれている方に気にしている様子はない。

 クレリアはカロリーネを手で制すと、静かに彼女に問い掛ける。



「理由は?」

「り、理由?」



 クレリアはしゃがんで、少女と向き合う。ハイゴブリンの少女も小柄だが、クレリアも似たような体格であり、視点が同じになっていた。

 少女はクレリアの問い掛けの意味が理解できず、ただ、困惑している。



「貴女を殺さなくてはいけない理由」

「ひっ!」



 薄らと微笑みながら、クレリアは少女の頬に触れる。彼女は一瞬怯えを見せたが、歯を食いしばるとクレリアを睨み付けた。



「くっ! ガリバルディ様に任された集落の仲間を守りきれない無能なんて、あまつさえ生き恥を晒すなんてっ! 生きてても仕方がないっ!」

「別に貴女が無能だから勝った訳ではないわ」

「ならどうしてっ!」

「それは自分で考えること。キジハタがハイゴブリンである貴女に、手を抜いても勝った。ハイオークであるカロリーネがこの場にいる。全ての事象には相応の理由がある」



 諭すようにクレリアは声を掛けるとゆっくりと立ち上がり、少女を見下ろす。



「ガリバルディはこの集落を軽視していた。彼自身でここを守り、フォルクマールを待たねばならなかった。彼は我々の戦力を過小評価して判断を間違え、貴女に勝ち目の無い戦いをさせたのよ」

「う、嘘だっ! 出鱈目を言うな! ガリバルディ様が間違う訳が」



 焦るような少女の声に動ぜず、クレリアは剣を抜くと彼女の縄を切った。



「誰もが間違う。迷い苦しみ、それでも決断を下す。私は誤った判断をしたガリバルディを責めはしない。誰しもが置かれた状況で、正しい判断が出来る訳ではないのだから」

「……」



 クレリアは剣を鞘に直し、微笑む。



「そして今、仲間の命に責任を持つ貴女はどうするの?」

「何故……何故、住み慣れた故郷から私達を追い出すのだ」



 幾分、少女は落ち着いた様子で、クレリアに質問を投げかける。



「一時的には仕方がない。この集落は激戦地になるから。それを私達は知っており、敵であるフォルクマール、そしてガリバルディは知らない」



 唖然とした表情で顔を上げた少女をクレリアは馬鹿にはしなかった。集落で生まれ、盲目的に従ってきた彼女には、激変する状況を知る事が出来なかったとしてもおかしくない。

 彼女が生まれ、育っている間、モフモフ帝国は常に吹けば消し飛ぶような国だったのだから。



「まさか、本気でお前は正面からオーク族と戦う気なのか」

「私だけではない。帝国の仲間達、全ての総意。私達は強者に抗い、共に闘う」



 凄みのある笑みを浮かべているクレリアと、圧倒されているゴブリンの少女を見詰めながら、カロリーネは内心で安堵の息を吐いていた。この様子であれば死を選ぶことはなさそうだと。



「仲間の安全と、戦争後に、みんなが故郷に戻る事を認めてくれるなら降伏する」

「貴女の名前は?」

「ハクレン」

「いい名前ね。ハクレン、約束しましょう。ただ、この戦争は短くても一年は続く。その間は我慢して欲しい」



 ハクレンが頷いた事を確認するとクレリアは立ち上がり、カロリーネと共に彼女の元を去ろうとしたが、ハクレンはクレリアを呼び止めた。



「待った! ま、まだお前が嘘を付いている可能性は残っている。仲間にはお前達の所に向かってもらうが、私は此処に残って真実を見せてもらう!」

「此処は激戦地になると言ったはず。危険よ」

「構わないっ! 私は知らなくちゃいけないんだ!」



 子供のような少女の真剣な様子に、クレリアは少し悩んだが様子を見ていたカロリーネが笑い声を上げ、頷いた。



「いい度胸ね。クレリア。彼女は私が面倒を見てあげる」

「む……わかった。ハクレン、貴女は後で第三軍に行きなさい。闘う必要はない」

「逃げるんじゃないわよ。ハクレン」

「誰が逃げるかっ!」



 からかうようにカロリーネは笑い、ハクレンは噛み付くように怒鳴り声を上げていた。


 モフモフ帝国軍主力はガベソンを二日で落とし、本格的に迎撃体制を整え始める。

 専門的な戦闘訓練を施された帝国軍を、多めの人口はあるものの籠城する為の備えのないガベソンではどうすることも出来ず、瞬く間に落とされたのである。


 援軍の要請に向かったゴブリン達は、既に落ちている事を知らず、ガリバルディの本拠、バードスパインへと駆け込んでいた。


 この報告は、戦力で大きく劣るモフモフ帝国がその差を補う為、オッターハウンド要塞に篭城すると考えていたガリバルディを驚愕させる事になる。





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