第三話 建国! もふもふ帝国
コボルト族は雑食性で肉だけでは無く、野菜も食べる。
調味料が少ないため、人間の料理と違って味は薄いがクレリアにとっては一緒に食事を取っている犬耳の少年、シバの食べ物を頬張る幸せそうな顔が最高の調味料だったため、味は全く気にしていなかった。
クレリアの住む家もシバの家に決まり、部屋も用意してもらっていたが、護衛のためと称して毎日理性を失わないように気を付けつつシバと添い寝している。
一番危ないのが彼女であるのはいうまでもない。
防衛のための準備も進み、後は訓練をすればある程度の戦力が相手であれば守りきれる目処が付いたある日のこと、食事中にシバの執事である渋い声のわんこ、コリーが慌てた様子で家に入ってきた。
彼は飛び込んでくるなり嬉しそうに大声で叫んだ。
「クレリア殿! コボルト族の皆はモフモフ帝国に賛成のようですじゃ!」
「なにそれ」
木製のフォークを器用に使って食事をしていたシバが、きょとんとしてクレリアを見る。
彼女は内心、もしかしなくてもあれを聞いていたのか? と困惑しつつも、コリーを静かに見つめた。
勿論彼女はコリーに頼んだわけではない。
「コリー。全員ですか?」
「我やポメラを始め、コボルト族全員ですじゃ」
「私はまだ頼んでいないのですが……」
いや、それ以前に君達はそんな名前の帝国でいいのか? という疑問も一瞬だけ湧いたが、そこはまあ可愛いしいっか、と彼女はあっさり流していた。
彼女が不思議に思ったのはここまで手早くコリーが動いた理由だ。恐らく族長付きのメイド、ポメラも彼を手伝ったのだろう。全員の賛成を集めるために。
「我らは皆、今日を生きることしか考えていなかったのじゃ。しかし、クレリア殿は先の先、新しい国を作ることまで考えておられた! モフモフ帝国! 実にいい!」
「ふむ……私としては問題ありません。シバ様。如何しますか?」
問題はない。何せクレリアとしては堂々と私のモフモフ帝国だ! と高らかに宣言出来るのだ。それに帝国を名乗ることは将来、村を発展させる上で役立つかもしれない。
彼女はそう考えつつ、シバを見た。彼は全く悩んだりせず、からっと笑っていた。
「みんながそれでいいならいいよ。クレリア。どうすればいい?」
「シバ様がよろしいのでしたら。明日の朝、皆を集めて集会を行いましょう。それから……」
多分、呑気に可愛らしく笑っているシバは帝国を作るということがどんな意味を持つかわかっていないだろうとクレリアは考えていた。
帝国を作れば当然に皇帝はシバである。それはいい。彼女的可愛いものヒエラルキーのトップに位置しているのはシバだからだ。まさに皇帝に相応しい。
むしろ神。最高神である。
問題は名前だ。シバという名前はクレリアにとっては神聖で素晴らしいものであるが皇帝としては威厳に欠けてしまう。
変えたくない、だが、変えないのも困る。彼女は悩んでいた。
「シバ様。帝国を作る際に重要になることがあります」
「へーそうなんだ。クレリアは物知りだね。何が必要なの?」
「有難う御座います。それは名前です。コボルトにはファーストネームしかありません。シバ様は不老ですが、本来皇帝というものは引継ぎをしていきます。引き継ぐための名前……セカンドネームが必要なのです」
なるほどねーとシバはうんうんと頷く。
「でもさ。どんな名前にすればいいのかな?」
「難しいです。シバ様ご自身で考えていただかなければ」
内心泣きそうなのを我慢しながら彼女はシバに進言する。
可愛いのにシバって名前……。
「僕はクレリアに考えて欲しいな」
「私……ですか?」
「よくわからない僕が考えるより素敵な名前を考えられると思うんだ。駄目かな?」
邪気のない一片もない瞳をキラキラと輝かせながら、シバは彼女を間近から上目遣いで見つめた。彼女はその表情を見るや尻尾をパタパタ忙しなく動かし、顔を真っ赤に染めながら、
その顔は反則! 駄目! もう負けていいかな?
と、混乱しつつ顔だけはなんとか冷静さを保って彼に頷いた。
クレリアにとってはシバが自分に任せると言った以上、彼女が考える彼に似合う最高のセカンドネームはこの世にたった一つしか存在しない。
「わかりました。それでは、フォーンベルグと」
「え、でもそれってクレリアの名前じゃ?」
きょとんとして小首を傾げ、シバが不思議そうな顔をする。クレリアは嫌がっているわけではないことにほっとしつつ続ける。
「私とシバ様は魂で繋がっています。名を共にすることで、絆はさらに強靭になります」
「クレリアはそれでいいの?」
「はい。剣も命も名も……私はシバ様と共にあるのですから」
クレリアは私って天才ね! と思いながらも胸に片手を当て、礼儀正しく一礼して微笑む。シバは嬉しそうな笑顔を彼女に向け、感動してちょっと泣きそうな顔で頭を下げた。
「ありがとう……クレリア。僕はそう名乗らせてもらうよ」
「わかりました」
これで名実ともに夫婦ですね……という、今の彼女の可愛らしい外見には似合わない黒い想いには、シバは全く気がつくことはなかった。
翌日の早朝、村の小さな広場には村に住む102名、全てのコボルトが集まっていた。
前に立つシバ、クレリア、コリー、ポメラの四人を見ながら残りのコボルト達は一糸乱れることなく、私語もせずにピシッ! と整列している。
クレリアはそんな光景をずっと眺めていたい衝動に駆られたが、コリーに始めますじゃと促され、仕方なく話を始めた。
「先日、私が提案した帝国の建国案をコボルトの皆が賛成してくれたと聞いた。まだ、新参者である私の提案を受け入れてくれたことにまずは感謝したい。ありがとう」
コボルト達はクレリアを熱っぽい眼で見つめながら、真剣に話を聞いている。それを感じた彼女は彼らの真剣さに気付いて感動し、心を引き締めた。
「今はこの小さな村のみの名ばかりな帝国だが、私はこの帝国には希望が詰まっていると思う。コボルト達、そしてこの先仲間になる者達と共に帝国を発展させていきたい」
クレリアはシバを見た。今日はポメラが彼のために徹夜で作った刺繍の多い豪華な服を身に付けている。前に出た彼は今は緊張で身を固くして震え、服に着られている感じだ。
だけど、そのうち王として成長し、服も着こなすだろうと彼女は思った。
シバは臆病だけども、心が広くて勇気も持っている。
「みんな、僕達は今まで逃げることばかりを考えていた。だけど、それじゃ駄目みたいだね。クレリアは非力なはずの僕達は強いって言うんだ」
いつもの調子で彼は話している。彼やコボルト達はどうしてそこまで自分を信じてくれるのだろうかと、クレリアは少し不思議にも思う。勿論嬉しいことであるけれど。
だからこそ、彼らの信頼に応えないととも。
「僕達は支配したいわけじゃない。仲間になる人は種族に関わらず受け入れたい。だからこその帝国……そうしていきたい。他がどうでも僕達らしく。どうかな?」
コボルト達はヒソリとも喋らない。
だけど空気で彼を肯定していることが誰にでも判る。シバは笑って頷いた。
「それじゃ……クレリアを戦闘の責任者、大元帥に任命する」
「謹んで拝命します」
完璧な騎士の儀礼に則り、一礼する。
身体が小さくなっても彼女の儀礼の美しさは変わらない。
「次、書記長にコリーを任命する。帝国のこと書いてね」
「了解ですじゃ!」
執事のコリーが感涙を流しながら大きく頷く。
「最後、事務長にポメラを任命する。クレリアとみんなの連絡役ね」
「りょ、了解です!」
可愛らしい声で噛みながら、シバ付きのメイド。ポメラも必死に頷く。
「今日をモフモフ帝国歴元年の初日とし、皇帝、シバ・フォーンブルグの名においてモフモフ帝国の建国を宣言する! みんな、がんばろうね」
帝国歴元年 モフモフ帝国建国の経緯
コボルト族の族長シバ、クレリア・フォーンベルグを眷属とし、魔王継承戦争への参加を決断。魔王候補として魔王領に名乗りを上げる。
同年、クレリア・フォーンベルグ、モフモフ帝国の建国を提案。族長シバ以下、全102名のコボルトがこれに賛成。族長シバ、シバ・フォーンベルグと改名し皇帝に就任。
皇帝シバ、クレリア・フォーンベルグを大元帥に任命。書記長にコリー、事務長にポメラを任命。建国の志を高らかに謳い上げ、『死の森』平定に向けて行動を開始す。
『モフモフ帝国建国紀──建国の章── 初代帝国書記長 コリー著 より抜粋』