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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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反撃の章 エピローグ




 モフモフ帝国が北東部を支配してから一年半の時が流れた。


 この間、国境地域では小競り合いが頻発していたが、モフモフ帝国もオーク族も前線を強化しており、戦闘の無秩序な拡大を警戒し、大規模な戦闘が起こることはなかった。


 前線の戦士達を除けば、モフモフ帝国にとっては久し振りとなる平和な一時だったのかもしれない。


 だが、それも会議室での『隠密』ヨークとケットシー族の族長、ブルーの報告により、終わりを告げようとしていた。


 会議室には各要塞に詰めている者も含め、帝国の主要幹部達が全て揃っている。

 軍関係だけでなく、政務の関係者達も。


 全員の表情に緊張の色がある。

 皇帝であるシバやクレリアも。普段は図太いターフェでさえも。


 全身ボロボロで、傷だらけのヨークとブルーは顔を見合わせて頷き合い、ヨークが代表して席を立ち、全員に対して説明を始める。



「オーク族の最大拠点、西部の『エルバーベルク』に動きがあった。それと連動し、オーク族支配下のそれぞれの地域から、戦士達が移動を始めている。集結地点は西部と中央部の境界付近。その数……」



 拳を握り締め、緊張した様子で黒い毛並みのコボルト、ヨークはその数字を告げる。



「最低でも二千以上!」



 この数字はヨークの探索隊とブルーのケットシー諜報隊で、同様の結論に達していた。


 これまでにない本格的なオーク族の侵攻に会議室はどよめく。

 ヨークはそこで一度発言を切り、シバの方を真っ直ぐに見た。



「ハイオークも北部の司令官、グレーティアを除いて全員が集まっている」

「当然、フォルクマールも来るだろうね」



 落ち着いた雰囲気のシバの言葉に、オーク族領に部下と共に潜入していたヨークとブルーは頷く。それを確認した上でシバは隣に座るクレリアに顔を向けた。


 彼女はシバに小さく頷き、静かに口を開く。



「敵は我が帝国のたった三倍。これまでと何ら変わらない」



 彼女の言葉に会議室は静まり返り、出席者の殆どが驚きの表情で彼女を見詰める。

 例外の者達……古い幹部や豪胆な者は緊張の色が抜け、薄ら笑いを浮かべていたが。



「モフモフ帝国は皆の力でオーク族に並んだのよ。次は追い越さなくてはね」



 クレリアが微笑み、周囲を見渡すと全ての者が自信に満ちた表情で頷いた。

 彼女はそれを確認すると、表情を引き締める。



「これよりモフモフ帝国は戦時体勢に移行する。政務官達は所定の補給計画を正確に遂行するように。貴方達は戦わないけれど、前線の戦士達の命を預かっていると考えなさい」

「はっ!」



 この時に備え、物資補給の案を練っていた政務官達は揃って声を上げる。

 次にクレリアは末席に座っている唯一、帝国の民ではないエルキー族出身の気難しそうな雰囲気の青年に顔を向けた。



「コーラル。エルキー族にこの情報を報告し、死の森南部の通行権を認めてもらって欲しい」

「む……いや、わかった」



 コーラルは何かを言おうと口ごもらせたが、結局、何も言わずに頷く。

 彼はクレリアの言葉の意図を察していた。


 クレリアは黙り込んだコーラルに頷くと、今度は三毛柄のケットシーを見る。



「クーン。貴女はサーフブルームに残っているアカタチ、ブルと共に北東部を守りなさい。やり方は任せる」

「留守番了解っ!」



 三毛柄のケットシー、クーンは細い目をさらに細めてぴょこっと元気よく敬礼した。

 クレリアはそれを一瞥すると、久しぶりに会う、愚直に道を追求し続けている剣士を見詰める。



「迎撃に際して軍を四つに分ける。キジハタ」

「はっ!」

「北東部司令の任を解く。第一軍は任せる。副将はグレー、アロイス、スフィン」

「承知」



 キジハタは短く答える。

 そのまま続けてクレリアは、ふてぶてしい表情で座っているオークリーダーの方を向く。



「タマ。第二軍はお前だ。副将はブリス、エツ、ハウンド」

「わかったぜ」



 次にクレリアは探索から帰ったばかりで服がボロボロのケットシー族の族長、ブルーの方を向く。



「第三軍はブルーに任せる。副将にはカロリーネとシルキーを付ける」

「……了解」



 ブルーは困ったような表情で耳を触り、ちらりとカロリーネとシルキーを確認した。

 カロリーネは楽しそうに笑みを浮かべ、シルキーは複雑そうに顔をしかめている。



「第四軍は私が指揮を取る。副将はカナフグ、アベル、サイヌ」



 クレリアは言葉を切り、周囲を見渡す。



「総司令官はシバ様だ」



 会議室にいる全員からどよめきが上がる。

 魔王候補であるシバは直接戦闘には不向きだからだ。



「無理はしないよ。クレリア、ありがとう」

「いえ」



 クレリアはシバを横目で見て、短く返事して続ける。

 彼女はシバを前線に出すことに対しては反対していた。


 皇帝の仕事は闘うことではない。政を行うことであるのだから。

 ただ、魔王候補としてのシバが前線に出る意義と有効性は理解出来ていた。


 悩み抜き、何度も話し合った上でシバの出陣を認めたのである。



「間違いなく厳しい戦いになる。だが、ここで勝利すればオーク族との戦いに決着が付く。そして、我々の勝利条件はそう難しいものではない」



 感情の篭らない静かな口調で、淡々とクレリアは話す。

 そんな彼女を周りの幹部達は、あるものは真っ直ぐに、ある者は緊張した表情で、ある者は微笑を浮かべながら見詰めている。



「奪う事しか知らぬ者達に、我々が無力で無いことを示す時が来たのだ」



 帝国が建国されて、既に数年の時が流れていた。

 会議に執事とメイドとして出席していた初代書記官と事務長、コリーとポメラが目頭を押さえる。



「私一人が皆を守るのではない」



 クレリアは立ち上がる。



「我等の帝国は一名一名、全ての者が抗う者だ」



 クレリアは言葉を止め、身体をシバに向けて一礼する。

 シバは頷いてクレリアの隣に並んで立つと、表情を引き締めて言い放った。



「フォルクマールを迎撃する! 僕達の楽園を守るために!」

「「我等の楽園を守るためにっ!」」



 熱気の篭もった大歓声が会議室に響き、全員が立ち上がってシバの言葉を唱和する。

 その表情は一様に明るいものであり、未来への希望に満ちていた。



 死の森北東部、北部の一部、そして中央部のハリアー川の内側を領土としたモフモフ帝国は静かに牙を研ぎ澄ます。しかし、小規模な戦闘しか起こらない一年半は、オーク族にも与えられていた。


 この時間を利用してオーク族もまた牙を磨き、準備を整え、今度こそ確実に敵を仕留めるべく、機を伺っていたのである。


 帝国とオーク族、双方が全力を尽くす戦いの第一幕が、今、始まる。






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