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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第二十九話 束の間の平穏




 しばらくの時が流れ、モフモフ帝国首都、ラルフエルドの執務室ではこの部屋の主であるクレリアが、各地の幹部達から届けられた報告書の山に目を通していた。


 静かに、それでいて真剣な表情で。


 彼女だけを見ていると、時が流れていないのではないかとも思えるような静謐な雰囲気を崩したのは、執務室の扉を叩くノックの音だった。



「ちわー! お手紙配達ですー!」

「ご苦労様」



 軽い言葉と共にクレリアの前に現れたのは、彼女と同じくらいの背丈を持つ、服を着た巨大なひよこだ。

 そのひよこは器用に羽で報告書の入った袋を取り出し、クレリアに手渡すと頭を下げてシバの館から走り去っていった。


 バルハーピー族。木の上に住む彼等は領土問題でオーク族と敵対することもなく、戦争とは無関係に生きていたのだが、モフモフ帝国の北東部制圧を受け、旧知のシバに協力することになったのである。


 彼等にとってシバは魂の友人であり、協力するのは当然だということで、彼等はモフモフ帝国に対し、非常に友好的であった。

 現在はその足の速さと持久力を活かして、手紙の配送をやってもらっている。


 シバは彼等が空を飛ぶんだ! と、楽しそうに語っていたが、実際にクレリアがその光景をみた感想は、羽を動かしながら落ちているというものだった。


 しかも、彼等は飛ぶよりも走った方が数段早い。


 羽の存在意義にクレリアは少々頭を悩ませることになったが、彼等は黄色くてふわっとしており、彼女的には中々の当たりだったので、気にしないことにしていた。


 ぱたぱた落ちていくのも可愛いし、わざわざ指摘することはあるまいと。



 北東部制圧から三ヶ月が過ぎ、クレリアはカロリーネへの幹部教育をオッターハウンド要塞で済ませると、彼女とタマ、元々守りについていたカナフグに要塞を任せ、彼女自身はラルフエルドで政務や訓練、幹部教育などを行っていた。


 忙しいことに変わりはないが、皇帝であるシバも北東部での街道作成を終えて首都に戻っており、クレリアは久々に穏やかな日々を過ごしている。



「クレリア、そちらの調子はどうかな?」

「中央部はハリアー川の手前までは確保。川越えは危険ですので、対岸にあるゴブリン族の元魔王候補が治める拠点、『バードスパイン』には、圧力だけを掛けています」



 テーブルを挟んでシバと二人きりの昼食を終え、ゆっくりと休みながら彼等は話をする。休憩時の話題も仕事のことになってしまうのは、二人がそのことに力を注いでいる故だろうか。


 だが、表情は明るく、久々に過ごせる二人の時間を楽しんでいる。



「なるほどね。切り崩しを始めている北部の方は敵の動きはなさそうだったよ」

「おそらく大規模な攻勢の準備を本国で行っているのでしょう」

「来るとすれば川を超えない北東部から?」



 シバがテーブルの上で両手を組んで、クレリアに問い掛ける。

 しかし、彼女は首を横に振った。



「北東部から攻められれば、中央から北部を分断し、サーフブルームとの間で挟撃が可能です。魔王候補のフォルクマールは慎重な性格。危険は冒さないでしょう」

「でも、北東部は重要だよね」

「はい、私達にとっては。ですがオーク族にとってはどうでしょうか」



 本格的な戦争になったとき、北東部はモフモフ帝国の命と呼べるほど重要な地域となる。だが、オーク族にとってはただの一地域に過ぎない。

 そして、タマ達に命令し、相手に対してさせていること、それが相手の行動を制限するだろうとクレリアは考えていた。



「そして今、降伏しているとはいえ、元魔王候補のゴブリンの力は強大です。苦境に陥ればフォルクマールも助けざるを得ない」

「なるほど、クレリアがそう仕向けるんだね」



 穏やかに微笑むシバにクレリアは頷く。

 オーク族との戦力差は縮まっているが、未だ決定的なものとは言えない。


 勝利を得るには地道な敵の攻略と同時に、決戦での勝利も必要となるのだ。

 そうしなければ、無闇に戦争状態が続き、『他の魔王候補』にオーク族もろとも飲み込まれてしまうかもしれない。


 魔王候補はシバやフォルクマールだけではないのだから。


 しばらく二人は黙り込み、静かに飲み物を口にしていたが、やがて部屋の外から騒がしい声が聞こえ始める。二人のよく知る老コボルト、コリーの声だ。



「二代目! 何処ですじゃ! 勉強はまだおわっとらんですぞ!」



 その声にシバは扉の方を向き、くすくすと笑い声を洩らす。



「また二代目が逃げたみたいだね。コリーも大変そうだ」

「二代目?」



 聞きなれない名称に小首を傾げたクレリアに、シバは楽しそうに説明する。



「キジハタの息子だよ。ハーディングって長いからね。皆、二代目って呼んでるんだ」

「なるほど。私がいない間にそんなことに」

「とにかくやんちゃでね。学ぶことより、剣を振る方が好きらしい」



 キジハタの息子、コボルトとゴブリンのハーフであるハーディングは、コボルトの器用さとゴブリンの力を合わせ持っていると、クレリアはターフェから報告を受けていた。


 ターフェの推測では、彼は種族の上位種であるリーダーであると言うことだったが、サンプルが少なく、確定するまでには至っていない。


 しかしながら、彼女達にとってはそれは比較的どうでもいいことである。

 現在はシバの館で、シバの世話役だったコリーが、最前線に赴任しているキジハタに代わって教育しているのだが……。


 しばらく、シバと二人、騒がしい扉の向こう側を見るように、そちらを見つめていたが、扉が勢い良く開かれ、慌ただしい音と共に部屋の中に小さな侵入者が入ってくる。


 普通のコボルトより長い鼻。

 円らな瞳。ふわふわの茶色を基本に、白の筋が入った毛並み。



「はーっ! コリーのじっちゃんてば、しつこいぜ」



 少年はシバとクレリアには気付かず、扉に背をもたれさせ、荒い息を吐いている。



「ハーディング。何をやっているの?」

「う、うわっ!」



 シバが優しく声を掛けると、少年はようやくここが何の部屋なのかに気付いたらしく毛をびくっと逆立たせて身体を震わせた。


 しかし、彼は動けない。直ぐ近くではコリーの声が響いているからだ。

 少年は口を抑えながらシバの後ろにこそこそ隠れ……室内にノックの音が響く。



「失礼するですじゃ。シバ様、クレリア様、二代目が来てませんかの?」

「来ていないわ」



 扉の外にいるコリーにクレリアは答えながら表へと出て、彼の肩を軽く叩く。



「コリー、今日は私に任せなさい」

「む……わかったですじゃ」



 複雑な表情をしながらもコリーは頷き、立ち去っていく。

 クレリアはそれを確認すると部屋に戻り、ハーディングの分も椅子を用意した。



「大きくなったわね。ハーディング」

「クレリア様、お久しぶりです!」



 コリーがいなくなったからか、嬉しそうに尻尾を振りながらハーディングはぺこりと頭を下げる。


 ここ一年はオッターハウンドに篭もることが多かったが、それ以前は彼に名前を付けた縁もあり、クレリアも彼の面倒を見ることがあった。


 キジハタの剣を学んでいるハーディングは、同じく正規の剣を扱うことが出来、父親にも勝利したことのある彼女を尊敬していたのである。



「あまりコリーを困らせては駄目よ」

「うー、だってつまんないんだもん」



 足をぷらぷらさせ、ハーディングは不服そうに唸る。



「強い剣士になりたいんだ! それで、お父さんみたいに大活躍する!」

「ふむ……」



 シバはクレリアが話をしている間にハーディングの分の飲み物を用意する。

 クレリアは暫く考え、小さく息を吐いた。



「強い剣士にはなれても、今の貴方はキジハタみたいにはなれないわ」

「えっ!」



 落ち着いた口調でクレリアはそう断言する。



「キジハタが強いのは、彼があらゆる困難から逃げず、勇気を持って戦っているから。だからみんなが彼を信じている。コリーから逃げているようじゃ駄目ね」

「うっ……」

「それに、戦いに知識は必要なの。知っていれば仲間を死なせなくて済む」



 少し涙目になっているハーディングに、クレリアは厳しい表情で続ける。



「一緒に剣を修行している仲間が死ぬのは嫌でしょう」

「やだっ!」

「なら、学びなさい。剣を鍛え、知識を蓄え、戦いを覚え、皆を守る術を身に付けなさい」



 厳しいクレリアの言葉に、ハーディングは神妙な表情で頷く。

 まだ子供な彼には難しいだろう……でも、少しでも伝わっているならそれでいい。クレリアはそう思い、口元を緩める。



「本来、キジハタが貴方を叱らないといけないのだけどね。彼を最前線から外すことは現状の帝国では難しいの。だから代わりに……私が貴方を叱るし、鍛えるわ」

「ほ、ほんと? クレリア様が?」

「ちゃんとコリーの言う事も聞けたらね。私は見込みのない子に時間を割く程、暇ではないわ」

「聞く聞く! ちゃんと勉強する! それですごくなる!」



 興奮して声を上げているハーディングにクレリアは頷き、静かに席を立つ。



「いい子ね。じゃあ、今日はコリーに伝えてあるから、剣を教えてあげる」

「やったー!」

「いってらっしゃい」



 彼女を追いかけるようにハーディングも椅子を蹴飛ばすように立ち上がる。

 そんな二人をシバは穏やかに見つめ、微笑みながら手を振った。



 クレリアの心中は複雑だった。

 出来れば今の子供達が戦場に出る前に、戦争を終わらせたい。


 そう考えていたのである。

 そして、そのための機会は間近にあるのだ。


 絶対に勝利をもぎ取る。どんな手を用いてでも。


 クレリアは優しくハーディングや他の子供達に指導を行いながらも、心の中ではそう決意を固めていた。




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