第二十七話 戦後処理とこれから
激しく続いた戦いも決着が付いた。
北東部を治めていたカロリーネが降伏したことにより、彼女の拠点、コモンスヌークは無血で降伏。残るサーフブルームもコンラートが去っていたために抵抗することなく、再度支配下に置かれた。
これにより、モフモフ帝国の北東部攻略作戦は終了し、死の森北東部はその殆どが帝国領へと編入されることになったのである。
そして、ウィペット要塞の会議室では腕を後ろで縛られたカロリーネがシバの前に堂々と立っていた。
「縄を解いて。その女性はちゃんと『降伏』しているから」
「わかりました」
シバの指示を受け、シルキーは縛っていたカロリーネの縄を切る。
部屋ではシバの側にコーラルとキジハタが控え、タマもカロリーネの側に立っている。シバの安全を配慮した結果だった。
カロリーネの方は縛られていた腕をさすりながら、興味深そうにシバを見詰めている。
先にモフモフ帝国と戦ったコンラートの話ではクレリアの名前が上がっていたが、皇帝である彼の事は話に出ていない。戦う能力は無いとの噂から、取るに足りないと判断していたのである。
戦う力が無いことは、この護衛体制と自らへの対応で明らかだ。
だが、シバは自分を遥かに上回る強さを持つはずの、エルキー族のコーラル、『剣聖』キジハタ、成長したオークリーダーのタマを自然と従えている。
彼女の価値観ではそれは不自然なことであり、好奇心を呼び起こすには十分だった。
「ハイオーク、カロリーネよ。貴方が皇帝さんね」
「うん。シバだよ。よろしくね」
「部下はちゃんと生きてる?」
「約束は守る……と格好良く言いたいけどね」
シバは困ったように微笑みながら言葉を続ける。
「降伏してくれた者を殺す余裕なんて僕達の帝国にはないんだ。彼等は彼等でどうするか、選んでもらう。心配はいらないよ」
「なら、もう言うことは無いわ。覚悟は出来てる」
押し黙ったカロリーネにシバは困惑しながら、その場にいる他の面々に顔を向ける。
コーラルとキジハタは我関せずであり、タマはニヤニヤと笑っている。シルキーはシバの視線にも気づかず、不機嫌そうに立っていた。
クーンはそもそも落とした拠点の修復作業のために不在だ。
助け舟がないことを理解し、シバは大きく溜息を吐いた。
「一ヶ月、帝国の領内を見てもらうよ。その後、生産に付くか軍務に付くかを選んでもらう。同族が相手になるし、戦いを強制はしない」
「意外な答えね。最前線で使うのだと思っていたのだけれど。貴方にはそれが出来る」
探るようにカロリーネは秀麗な眉をひそめてシバを伺うが、シバは意外な事を言われたように驚いた表情を彼女に見せる。
「しないよ。そんな帝国の不利益にしかならないことは」
「不利益?」
「オーク族が仲間になってくれなくなるし、嫌々戦うのが他の仲間に移っちゃうし、えっと……後は……軍も命令しにくくて戦いにくくなりそうだし……他にも……うー」
懸命に質問の答えを探すように唸りながら、シバはカロリーネに拙い説明を続けていく。彼女はシバの話を聞きながら、ふと、今回の闘いのことを思い出していた。
負けたとはいえ、要塞を落とす方法が間違っていたとは思えない。
勝負事にたらればは禁物だが、もし、皇帝がいなければ落とせていたかもしれなかった。
そして、その計画を練ったのは自発的に協力してくれたコボルト達だと。
確かに強い者がいただけで戦争に勝てるなら、自分やアードルフは負けていない。
彼等は彼等なりの新しい戦争の考え方を持っているのだろう。
そう考えると彼女の常識ではない言葉の数々も、すんなりと伝わってきていた。
何にせよ……と彼女は微笑む。
「わかった。時間を貰えるのは嬉しいわ。見て回るのは領内ならいいのね?」
「え……あ、うん。必要なら案内も付けるよ。引退して退屈してるのもいるし」
「そうね。お願いするわ。少し考えさせてもらう」
死ぬのはいつでも出来る。
不思議なこの帝国と、それを作り上げた女を見てからでも遅くはない。
話は済んだと振り返ろうとしたカロリーネにシバは声を掛ける。
「君の自由な意思で選んでね」
その言葉にカロリーネはハッと気付く。
真綿で締め上げるような鬱屈した拘束は最早ない。
忌み嫌うフォルクマールの鎖から完全に解き放たれていることに。
それは同時に同士であった者達と敵対する陣営に所属していることを意味していたが……。
複雑な気持ちではあるが整理する時間は残されている。
カロリーネはそう考え、小さく頷くと会議室から退室する前に、シバの側に立っていたタマの前に立ち、肩を叩く。
「貴方と戦うのは刺激的だったわ。また戦りましょう」
「おう、出来ればもうやりたくないぜ。いや、金輪際ごめんだ」
カロリーネは企むような艶やかな笑みを浮かべ、ちらりとシルキーの方に視線を向ける。
そして、タマの首に腕を廻して深い口付けを交わした。
「ななっ! 何やってるんですかっ!」
「おー?」
シルキーが甲高い声を上げ、シバは楽しそうな声を上げる。
他の者は状況が理解できずに呆気に取られていた。
たっぷり数十秒程後にカロリーネはタマの身体を離し、からかうように口を歪める。
「約束だからね。私に勝てればご褒美を上げるって」
「な、なっ。お前何考え……っ!」
「ふふっ、成長したのは槍の腕前だけだったのね。さて……それじゃ失礼」
そして、カロリーネは優雅にシバに一礼し、軽やかな足取りで今度こそ会議室を後にする。
退室する前にシルキーの方に嫌がらせに成功した悪ガキのような笑みを向けて。
戦後、死の森北東部の統治は、安定するまでキジハタが務めることとなった。
軍事に関してはキジハタをシルキーとクーンが補佐し、タマの代わりに新人の幹部が三名配置されている。
彼らの経験を新人達に教え込むための人事だった。
タマは入れ替わりでオッターハウンド要塞へと異動している。
政務官は、コーラルと共にパイルパーチの復興に携わった政務官達の一部が任命された。
北部に近いサーフブルームはアードルフの暴政で荒れ果てていたため、この集落の迅速な復旧が必要とされたのである。幸い、以前周辺に住んでいた者達も戻り始め、他の地域からの移住も積極的に受け入れ、計画的に復興は進められている。
また、サーフブルームはシバの力による防衛能力の強化、新しく加わったコボルト技師達による強化も行われ、北東部の重要拠点としての地位を占めることとなった。
比較的被害の少ないコモンスヌークにも、何名もの政務官が派遣され、モフモフ帝国の統治体制へと徐々に移行していくことになる。
北東部の制圧により、北のガルブン山地から南のエルキー領までの街道を引くことが出来るようになり、ビリケ族を通じた取引も安定して行うことが出来るようになった。
街道は取引量の増加も促し、様々な商品が様々な形で交換されるようになり、新たな生産物の開発もこれまで以上に進んでいる。
また、この一連の戦いでモフモフ帝国は、クレリアという絶対の存在に頼らずともハイオークに打ち勝てるのだということを死の森全域に示すことに成功している。
これにより、モフモフ帝国はオーク族の支配に真っ向から対抗できる勢力として、死の森において認知されるようになった。
────第三次ウィペット要塞攻防戦について
第二次ウィペット要塞攻防戦、『ウルフファング』において、敵ハイオーク、アードルフを撃破することに成功した北東部司令官『剣聖』キジハタは、死の森北東部の完全制圧を目指して戦力の充実に力を注いでいた。
死の森東部の復興も順調に進み、着々と準備を進めていたモフモフ帝国であったが、北東部を完全に制圧するには、問題が残っていた。
第二次ウィペット要塞攻防戦において奪取したサーフブルームが、オーク族の元東部司令官、コンラートに再奪取されていたのである。
また、ウィペット要塞近郊にオーク族の前線拠点が構築されたことにより、モフモフ帝国の行動の自由は著しく制限され、情報を集めることも困難になっていた。
ウィペット要塞に対する楔が打ち込まれたのである。
だが、この時、オーク族の方では異変が起こっていた。
サーフブルームを奪取し、そのまま防衛に当たっていたコンラートの本国召還である。この事件に関しては様々な憶測が流れたが、結局のところ、この情報は事実であり、皮肉にもこのオーク族の魔王候補の行動が北東部におけるモフモフ帝国の勝利の一因となった。
ここで、参謀シルキーがカロリーネの前線拠点を奪い、逆にコモンスヌークへの楔とすることを提案し、司令官キジハタはそれを了承。
コンラートの事件に未だ確信を持てなかった首脳部は、防衛の司令官として、オークリーダーのタマを残して出陣した。しかし、この前線拠点はカロリーネの罠であった。
本軍がこの拠点を攻撃している間に入れ違うようにカロリーネはウィペット要塞を強襲。川を利用し、要塞に対して挟撃を行った。
このように第三次ウィペット要塞攻防戦は敵の思惑通りに始まり、二度までもハイオークを退けたウィペット要塞はついに深刻な陥落の危機を迎えることとなった。
だが、皇帝シバがウィペット要塞に近いサーゴの視察を行なっていたことは、モフモフ帝国に取っては幸運であり、オーク族に取っては不運な出来事であった。
皇帝シバが率いる援軍は後方より魔王候補の魔法の力で要塞に入り、後方から攻めていた援軍を倒し、皇帝自らが要塞の第二防衛線に立った。
これにより、ハイオーク、カロリーネは要塞を落とすことを断念し、退却を選択。
要塞の防衛司令官、タマはこれを追撃した。
一方で、『剣聖』キジハタは敵前線拠点を全力で攻略。拠点に篭もる敵が自由に動けないよう、徹底的に叩いた上でウィペット要塞に向かおうとしていた。
だが、要塞での戦況を偵察隊の報告で知るや追撃へと移行。
要塞の防衛隊と連携してこれを捕捉し、コモンスヌークに逃げ切るまでに打ち破った。
敵ハイオーク、カロリーネは降伏。
ここに北東部攻略作戦は決着し、死の森北東部は帝国の支配下に入った。
後にモフモフ帝国大元帥、クレリア・フォーンベルグはこの戦いの勝利を幸運の産物であると述べており、賞賛と共に過信することなく、失敗の原因を考えるようにとの言葉を北東部を戦い抜いた幹部達に伝えている。
『モフモフ帝国建国紀 ──反撃の章── 二代目帝国書記長 ボーダー著』