第二十四話 第三次ウィペット要塞攻防戦 中編
川から要塞内部へと入る重い扉を閉じることで、ある程度の時間をグレーは稼ぐことは出来たが、既に相手は柵をよじ登って侵入を果たし、生活区域で家の中を物色している。
生活区域もただ雑然と作られている訳ではない。
幾つかの家から屋根へと登ることが出来るよう、作られている。
屋根もなるべく平らに作られており、これらはコボルトが高所を利用出来るようにとの設計からである。
屋根から屋根へはある程度は飛び移って移動ができるため、登った場所がすぐに相手にばれる心配もない。このように生活区域も防衛を考えられて建てられていた。
グレーが正規兵と非正規兵を振り分け、防衛のための指示を出し終えると、ゴブリンの戦士が彼の肩を叩く。
「おい、こっちの準備は出来たぞ。素人には槍を持たせてある」
「10名……こっちも10名くらい。それに正規兵を合わせて30名。そこまで差はないかな」
「いや奴らはかなり人数を用意してやがる。オークがあまりいないのが救いか」
「なら時間を稼げればいい。狭い場所で防ぎましょう」
「援護は頼むぜ」
「わかりました。オオセさん」
壮年のゴブリンは笑みを浮かべ、手を振って仲間の下へと戻っていく。
「じゃあ、作戦通りに。僕達も行くよ」
正規兵一名に非正規兵二名、コボルト族の素人には矢筒を背負ってもらい、石の入った袋を持たせている。砦で訓練を受けた者達は防衛訓練に従って、生活区域での防衛を行うべく、安全な第二防衛線から戦場である生活区域へと走っていった。
グレー達はゴブリン3名、コボルト3名からなる小隊を5つ作り、統制の取れているオーク族に2組を当てて時間を稼ぎ、その間に生活区域の家に釣られてばらけているゴブリン族を連携して潰していく作戦を立てていた。
「多い……50はいるかな……だけど、楯はない」
土で出来た建物の屋根の上でグレーは、仲間のゴブリンと対峙を始めた敵を見下ろして呟く。側にいる二名の若者は震えながら見下ろしているが、彼は落ち着いていた。
狩りで使うコボルト用の小さな弓の弦を引き絞り、ゴブリンを狙う。
先行している敵は二名……オークは後方で戦士をまとめていて狙い難い。
「……っ!」
声を抑え、グレーは息を吐きながら右手を放す。
「ぎゃぎゃっ!」
狙い通りに足を止めているゴブリンの首に命中し、周りのゴブリン達が騒ぎ始めた。
その隙に、もう一名を六名掛かりで帝国のゴブリン達が仕留める。
「す、凄い」
「クレリア様は言ってたよ。コボルトは強いって」
感嘆の声を上げる同じくらいの年頃のコボルトにグレーは笑い掛け、下で敵を探すゴブリン達に指示を出しながら、屋根の上を駆けていく。
しかし、しばらくすると敵は各個撃破されていることに気付き、ばらけるのを止め、木製の扉を破壊して楯代わりにしながらオーク族の元へと集まっていく。
それを確認したグレーはもう一人の正規兵のコボルトに伝令を頼んだ。
「思ったよりオーク族の対応が早い。こっちも集まろう。場所は6番。手近な相手を倒したら集合で。下がりながら時間を稼ぐよ」
「うん、わかったよ」
長毛種のコボルトは頷いて屋根を飛び移り、伝令に走る。
生活区域は場所に番号が振られており、数字を言えば訓練をした者は場所が理解することが可能になっていた。
「思ったより大丈夫だね。僕達は嫌がらせをしてから戻ろう」
グレーは下のゴブリン達に、方角を指示しながら何名かのゴブリンを協力して倒し、それが出来なくなると合流地点まで下がっていった。
「ここからだけど……耐え切れるかな」
合流するまでに多少の相手は倒すことに成功している。それでも、相手には数十の戦力が残されていた。しかも、オーク……オークリーダーは無傷。
こちらはまともに戦えるのは実質10名。まともにあたればあっさり蹴散らされるだろう。考えうるだけの足止めをしなければならない。
「時間だけは……稼いでみせる」
グレーは焦りを顔に出さないように歯を食いしばる。
彼には理解できていたのだ。
一方的な時間は終わり、これから長く厳しい持久戦が始まるのだと。
ウィペット要塞のグレー達が戦闘を初めて一時間近くが経過した頃、シバ達もようやく志願した大勢の者達を引き連れて対岸へと到着していた。
「筏が無数に……背後から攻められているな。入れないぞ」
エルキー族のコーラルはすぐに状況を把握し、シバにどうするのかを確認する。
「中に入るのは問題ないよ」
「だが、武器はどうする。俺の魔法とお前の剣しかないんだが」
「要塞の地図は頭に入ってる。戦場を避けて武器庫を目指すか……他の手段を考えるかは中に入ってからにしよう。今は急がないと」
「無茶はするなよ」
苦笑いをしているコーラルにシバは頷くと、土に手をそっと添える。
「土の精霊さん、少しだけ力を貸して」
落ち着いた口調で土に話し掛けると、土に触れているシバの腕が目も眩むような光を放ち、轟音と共に周囲の土が集まって固まり、要塞までの大きな橋を作った。
「物凄い力だな。そういや魔王候補だったか。忘れてたぜ」
「さあ、みんな行こう」
その場にいる全員が緊張した面持ちで頷き、シバとコーラルは戦闘に立って、ウィペット要塞へと入っていく。
「戦闘の跡だな。転がっている敵の武器は頂いておこう」
「うん。近接用の武器はゴブリン族に持ってもらう」
生活区域であるはずの入口付近には幾つか、矢に射抜かれたり斬られたゴブリンが倒れており、仲間が抵抗を続けていることを彼等に理解させていた。
「それで、武器庫に行くか?」
「ううん。遠いし真っ直ぐ行くよ。この分だと、倒されている敵はそこそこいるはず」
「だな。ある程度、武器があれば俺の魔法も活かせる」
そして、全員に前進の指示を出し、彼等は闘いの続く第二防衛線へと走っていく。
そこでは、最後の防衛線をグレー達が必死に守っていた。
越えられれば、後が無いというところでグレー達は踏ん張り続けている。
コボルト達は矢を射て、石を必死で投げ、ゴブリン達は槍や剣を振るう。
敵も味方も無数の亡骸がそこには転がり、無傷の者は殆どいない。
グレーも矢が尽き、必死の形相で拾った剣をゴブリンと並んで振るっている。
戦歴のあるゴブリン、オオセも倒れ、敵を二名抱えて壮絶な死に様を見せていた。
後少しシバが遅ければ第二防衛線はオーク族に占拠されていたかもしれない。
コーラルは安堵の息を吐き、シバは真っ直ぐにオークリーダーを見る。
「オーク族のリーダー。出来れば降伏して欲しい」
「なっ! エルキー族と魔王候補だと……!」
ピタリと守備側に止めをさそうとしていた相手の攻撃が止み、全員が援軍の先頭に、落ち着いた様子で立つ少年の方を向く。
「し、知っているぞ。コボルト! お前には力は無い。お前を殺せば戦いも終わりだ!」
「そうだね。僕には君を倒す力は無いよ。それからごめん。僕達は支配されたくないんだ。だから……戦争はまだ続く。悪いけど……降伏しないかい?」
「誰が! 俺達の勝利だ。魔王候補を殺せっ!」
守備隊を攻撃していたゴブリンをもオークリーダーは呼び戻し、非力そうな少年を全力で殺すべく、命令を下す。
「出来ればやりたくないんだ。どうしても降伏しない?」
「馬鹿を言え!」
慌てながらも拒否するオークリーダーに、シバは悲しむような瞳を向けた。
「クレリアがいなくてよかったよ。残酷なモノを見せなくて済む。そう、確かに僕に力は無い」
「全員、皇帝を守れ!」
咄嗟にコーラルが指示をだし、武器を持ったゴブリン達が前に出る。
「武器を捨てた者は殺さない」
「な、何を!」
「僕はさ。魔王候補で皇帝なんだよ。僕は皆の命を預かっているんだ」
静かな……だが、不思議と彼を見る者全てに届く呟き。
シバの身体から暗い光が沸き上がり、コーラル以外の帝国側の戦士達へとその光が吸い込まれていく。
「僕達は弱い。臆病なんだ。だけど、戦いたい。戦わないといけないことはわかっている。だけど、恐怖で身体が動かない」
「何だこれは……」
「その枷を……外すよ。もう一度言う。武器を捨てない者は……皆殺し。ごめんね」
「は、早く殺せっ! まずいぞ!」
死の気配を察したオークリーダーが必死に叫ぶ。
そして、シバは普段通りの優しい口調で『命令』した。
「皇帝シバの名に置いて命ずる。帝国の勇者達よ……『武器を持ち帝国を侵す者を倒せ』」
前に出たはいいが怯えていたゴブリン、震えて動けなかったコボルト達から怯えが消え、その代わり、彼等は瞳を不気味なほどにぎらつかせ、静かな闘志を放っている。
一人冷静なコーラルは、突然の変化に戸惑っていた。
長時間の戦いに疲れきり、立っているのがやっとのはずのグレー達にもその薄暗い光は吸い込まれ、彼らもまた力を取り戻したかのように狂気掛かった闘志を漲らせ、武器を構える。
「な、なんだ……?」
オーク族の側も、無言で近づいてくる相手に得体のしれないもの覚え、動揺をしていた。
感じるのは理解の出来ない根源的な恐怖。
「何かはわからんが、戦いに集中するか」
コーラルは気味の悪さを感じつつも、これが自分達に有利なことなのだと判断し、攻撃用の魔法の詠唱を開始する。
「帝国軍、攻撃開始!」
クレリアから貰った片手剣を振り下ろし、シバは全員に『命令』を下す。それは一方的な闘い……降伏を拒否する者に対する虐殺の合図だった。