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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第二十三話 第三次ウィペット要塞攻防戦 前編



「さて、何をやってくるやら」



 カロリーネが去った方角をじっと見つめながらタマは呟く。

 既にコボルト達は弓と大量の矢を準備し、ゴブリン達もそれぞれの武器の調子を確かめている。


 新兵は緊張した様子で落ち着きがなく、歴戦の者ほど静かに敵が来るのを待っていた。


 今回の戦いに先手はなく、確実に相手次第となる。

 防衛戦は長丁場になるため、可能な限り疲労を抑えなくてはならないと、防衛戦に参加したものはしっかりと学んでいた。



「タマ様。グレーが戻りました。『こちらの準備は時間が掛かる』と」

「そうか。出来るだけ急ぐように伝えてくれ」

「それから、シバ様とコーラル様が来ると」

「はぁ? なんでだ?」



 伝令のコボルトからタマは報告を受けると口を開けて呆気にとられていたが、頭をぽりぽりと掻いて苦笑する。



「運が良いのか悪いのか。姐さんが怖いぜ……さて……全員良く聞け! サーゴから我らが皇帝が援軍に来る! それまで耐え切れ! 格好悪いところを見せるなよ!」

「おおおおおおおおおおおっ!」



 周囲のコボルト族とゴブリン族から歓声が上がる。ラウフォックス族は、きょとんとしていたが、援軍が来ることがわかると、真っ青に染まっていた表情に生気が戻った。



「やる気は大丈夫そうだな」

「タマ様、敵が来ます!」

「よっしゃ! 敵が近づいたら矢の雨を降らせてやれ!」



 大きな楯を持ったゴブリン達が駆け寄って来るのを確認し、タマは命令を下す。

 堀を渡るための木材を持っていないことに、不審なものを考えながらもそれを少しも顔には出さない。


 ウィペット要塞側の守備はコボルト族、ゴブリン族、ラウフォックス族で十組に分け、集団戦の得意なコボルト族の戦争経験者をそれぞれのリーダーとして、現場判断を任せている。


 そして、タマ自身はその組に入らないコボルト族とゴブリン族を予備戦力兼防衛時の工作活動を行う者として指揮を行っていた。

 これは彼自身が敵の最高戦力であるハイオークと戦うことを覚悟しているからであり、そうなれば指揮をしている余裕など無くなるためである。



「まじかよ……そうきやがったか……コボルト弓兵隊、引き付けて射て!」



 鬨の声と共に身体を覆うほどの大楯を持ったゴブリン達が堀の幅が比較的狭い部分の手前で整列して正面と側面をカバーし、その後ろを隠れるように土嚢を持ったゴブリン達が次々に土嚢を堀に放って行く。



「射角を付けろ! 真上は防げん!」

「はいっ! コボルト弓兵隊、狙いますっ!」



 楯は前回のアードルフ戦の結果、様々な対策が考えられた。

 その時の経験からコボルト達は楯同士の隙間から、土嚢を運ぶゴブリンを撃ち、角度を付けて楯を狙い撃つことでそれに対応する。


 それでも、カロリーネの配下は怯まず、楯のゴブリンが倒れれば他の者が楯を拾い、怪我人は仲間が引っ張って下がり、少しずつ堀を埋めていった。



「道を塞ぐ準備、しとけよ!」

「了解!」



 橋を掛けられた時の対処も考えられている。

 道が出来たところを木材で蓋をするように塞ぎ、後ろに土嚢を積むことで簡易の壁を作る……奇しくも彼等は同じものを攻防の道具とすることを考えていた。



「まさか埋めるとはな。コボルト弓兵隊、長い戦いになる。交代で休みながら射て!」



 コボルト族は体力のある種族ではない。

 タマは彼等に掛かる負担と矢の本数を計算し、指示を出す。


 射程内ではあるものの、楯で防がれ、それなりに距離があるため威力が削がれていることからの判断だった。


 気力が残っていても体力は無限ではない。

 本番はまだ先だと、タマは押し寄せる相手を睨みながら考えていた。




 コボルトの作戦を取り入れ、命令を出し続けているカロリーネもまた、タマと同じように秀麗な顔をしかめ、相手側の要塞を睨んでいた。



「コボルトは怪我人の手当! これが戦い? ……酷いわね」



 オーク族は早くにゴブリン族の魔王候補を降したことにより、あっさりと『死の森』における均衡を自分達に傾けている。

 そのため、オーク族の魔王候補、フォルクマールは相手よりも圧倒的な戦力を準備し、押しつぶす……もしくはそれにより降伏させるというやり方で勢力を広げていた。


 そこに必死に抗う者は存在せず、抵抗された場合でもその中で最も強い者をハイオークが倒すことにより、相手の戦意を失わせ、降伏に追い込むことが出来ていたのである。



「フォルクマールのやり方は慎重すぎて面白味は無いけど、被害は少ないし正しいわね……いえ、正しかった……わね。過去形になってしまうけれど」



 カロリーネは小さく息を吐く。

 確かにフォルクマールは一度エルキー族には敗れたが、予定通りコンラートが東部を完全に制圧していれば、前面、側面から膨大な戦力を集め、エルキー族の打倒も成功させていたに違いない。


 そういう意味では彼が魔王候補に選ばれたのは間違いではなかったと彼女は考えている。


 だが、モフモフ帝国はエルキー族とは違う。


 少数でも抵抗できる力があるエルキー族とは違い、場所を利用し、的確な指示により統制し、生産物を質のいい武器と大量に交換することにより戦力を充実させ、手段を選ばぬ戦術を用いることで粘り強い抵抗を続けている。これらによる被害はカロリーネの想像を超えていた。


 フォルクマールの物量作戦が通用しない相手が現れたとき、果たしてどうなるのか。

 しかし、カロリーネはその結末を理解しながらも笑みを浮かべる。



「モフモフ帝国は時を置く程に強くなる……か。コンラートめ……上手く言ったな。面白い」

「カロリーネ様、もうすぐ堀が埋まります!」



 最前線に出ていたオークがカロリーネに膝を突いて報告する。

 彼女は伝令を行ったオークに頷くと、よし! と声を上げた。



「予定通り、ハリアー川で待機している者達に伝令を送りなさい」

「はっ!」

「尻を蹴り上げてやりなさいってね。私もそろそろ行きましょうか」



 いたずらっぽく笑うと伝令のオークの肩を叩き、近くで休んでいるオーク族の者達に顔を向ける。



「埋まったらオーク族は全員で柵を破り、内部に侵入する。今日中に落とすわよ」

「りょ、了解!」



 そう命令し、自身の獲物である使い込まれた巨大な鉄塊……ぼろぼろの両手剣を手に取ると、彼女は前線へ向かって歩きだした。




 生産に携わっていた中でも若いコボルト、ゴブリンを連れたグレーはウィペット要塞に戻ると、タマから戦力として預けられた一組に第二防衛線での守備を説明を任せ、荒い息を吐き、崩れ落ちるように座り込んでいた。


 途中、サーゴで少しは休めたものの、全力に近い速度で走り続けたこともあり、流石に彼も疲れたいたのである。


 それでも座りながら、次々と到着する非戦闘員を筏で運ぶための指示を出し、効率的に守備体制が取れるように働いていた。


 だからこそ、彼はその異変にも一番初めに気付くことが出来たのである。



「あれは……筏……僕達のじゃない……敵だ!」



 緩やかなハリアー川をウィペット要塞は背にして建てられている。カロリーネはその川の流れを利用し、背後から襲うことを計画していた。


 当然ながらウィペット要塞の背後も土が盛られ、柵も張り巡らせているが、前面に比べれば備えは薄く、守備兵も出せる状況ではない。



「そっちのコボルト三人は生活区域に残っている人に第二防衛線への避難の指示を! そっちのゴブリンさん二人は、入口を閉めて! 後続の人にはシバ様が来るまで対岸で待機と声を掛けて!」



 挟み撃ち……グレーはそのことに思い当たると、咄嗟に叫ぶように指示を出し、第二防衛線へと走る。痛む足を動かしながらそれでも全力で走り、武器を配っている仲間達を見つけると、息を荒らげながら、川を利用して攻めて来ていることを伝えた。



「ゴブリンが見えただけで20くらい……オークはいない」

「で、どうする?」



 タマにより振り分けられた中で、グレー以外で唯一戦争経験を持つ壮年のゴブリンが彼に問い掛ける。グレーは少しだけ迷うそぶりを一瞬だけ見せたが、しっかりと頷いた。



「川に近い生活区域で防ぎます……僕達だけで。タマさんには正面に集中してもらわないと」

「ふん、貧乏籤を引いたと思ったが……キジハタ様直伝、ゴブリン流剣術をオーク族側の奴等に見せる最高の機会があるなんてな。嬉しいぜ」



 ゴブリンは笑みを浮かべ、彼から離れてゴブリン族の本来戦闘に加わらない者達の所へと歩いていく。グレーも戦闘員以外の不安げなコボルト達に近付き、声を掛けた。



「背後から敵が来ます。弓を使える方は弓を、使えない方は石を持って下さい。シバ様が来るまで地形を利用して防衛します。僕達がちゃんと指示を出します」



 彼は丁寧さを心がけて説明したが、コボルト達は怯えており、反応は無い。

 そこでグレーは今、正面で戦っているタマの顔を思い出した。彼ならどうするだろう……どうやって、やる気を引き出すだろう……。



「難しくないよ。大丈夫! 僕達の仕事は敵の嫌がらせ。石を投げて、襲いかかってきたら、みんなは走って逃げればいいんだ。逃げ足ならコボルト族は一番なんだから」



 答えに思い至り、グレーは気楽そうに笑う。

 するとコボルト達はほっとしたような表情になり、頷いた。



 正面での戦い……そして、川を利用した背後での戦い。

 ウィペット要塞攻防戦の第二幕はオーク族の両面攻撃で幕を開けることになった。






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