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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第二十一話 兎の罠




 『ラビットトラップ』作戦は、それほど複雑な作戦ではない。

 柵で覆われた相手の拠点に対して、キジハタが正面から攻め、偽りの退却を行うことで相手を引きつけ、側面からシルキー、クーンの両名が攻撃を掛けるというものだ。


 シルキーは事前に相手の戦士の数を大体把握しており、その辺りは慎重に進めている。


 攻め手であるモフモフ帝国側は歴戦のゴブリンが50名、新兵が100名、コボルトが50名、ラウフォックスが10名。援軍と降伏者からなるゴブリン達も数ヶ月訓練を積んでおり、ハイオークを倒した同族、キジハタへの畏敬の念もあることから士気は低くない。



「おかしいですね……」



 事前の調査ではこの拠点には、カロリーネが100名程の戦力で守りに付いているという話であった。だが、キジハタの退却予定地に潜んでいるシルキーは、不安に胸が締め付けられている。


 何かを見落としている……彼女が感じているのはそんな不安だった。

 キジハタが歴戦の戦士だけで前線の拠点へと攻撃を仕掛ける。



「静かすぎる」



 わざとらしく大声を上げながら拠点に寄っても、散発的に矢が拠点から返って来るくらいで、相手から攻撃してくる様子はない。

 少数に見せ掛けての攻撃なのに、相手は長時間経っても出て来ない。


 挑発にも乗らない。これは……。



「おかしい。ハイオークの性格なら…………」



 シルキーは恐ろしい可能性に気付き、戦慄する。

 これまで自分達が相手を罠に掛けることだけを考えてきた。


 だが……もし、罠を仕掛けたのが相手側だったとすればどうか。

 兎の罠に引っ掛かったのが自分達だとすれば。



(タマさんはこの拠点での準備はカロリーネらしくないと言っていた)



 その言葉からこの拠点が罠だとした場合、目的は……。

 そこまで考えたことで、シルキーはようやく状況を把握した。



「はっ! まさか……やられた!」



 思考を走らせ彼女は相手がやったことを理解する。

 難しいことではない。ようするに相手は自分達をそのまま真似たのだと。


 足の速いコボルトを呼び出し、二人への伝言を頼む。



「……っ! クーンとキジハタさんに連絡を。ここにカロリーネはいない……作戦を変更します。一度合流して話し合いを……と」



 悲鳴を上げそうになるのをシルキーは必死に堪えて冷静さを装い、不安げなコボルトに言葉を伝える。



「完全に見抜かれていた……でも、まだよ」



 悔しそうに歯噛みしながら、シルキーは葉に覆われて光の差さない空を見た。



 シルキーからの伝言は直ぐに二人へと伝えられ、戦闘は一度中断された。

 キジハタとクーンはシルキーから説明を受け、納得しつつも困惑する。



「カロリーネは一人で抜け出し、本隊と共に攻勢に出ている……か」

「はい。『ウルフファング』と同じ状況に今度は此方が置かれているのです」



 『ウルフファング』は相手に全力で攻めさせ、本拠を落とした上で背後から襲った作戦である。今回のオーク族の作戦は戦力の大小は異なるものの、その性質は似ていた。

 落とす拠点の重要性は異なるが。 


 キジハタとクーンも相手の挙動には不可解なものを感じており、あまりに予定と異なる相手の行動に頭を悩ませていた。だが、問題は今後どう動くかであり、その手段が思い付かなかったのである。



「退却するか?」

「いえ……単純に退けば、足止めのために追撃されます。ここは……」



 シルキーは真剣な表情で、キジハタとクーンが揃うまで考えていた方針を二人に話す。

 変更した作戦を聞いたキジハタは暫く考え込んだが、頷くと直ぐに指示を飛ばした。




 一方、カロリーネは本隊を率いてキジハタ達とは違う場所を行軍し、ウィペット要塞の目前まで辿り着いていた。



「さて、空っぽだといいわね。ここを攻めるのは面倒だし」



 連れてきたウィペット要塞攻略担当のコボルトに彼女は笑いかける。

 コボルトの方は、緊張で身体を固くしながらコクコクと頷く。



「拠点を餌に相手を吊り出して、要塞を掠め取る……か」

「そ、その、正攻法じゃ絶対無理ですから」



 彼ら『コモンスヌーク』のコボルト達が出した結論がそれだった。

 力攻めをするには要塞の作りは固すぎ、装備も違うために圧倒的に守備側が有利になってしまう。攻撃手段を色々と考えても、同数がいればまず落とすことはできない。


 そこで、モフモフ帝国側の戦闘の詳細を聞き、同じ手を用いることを考えたのである。

 つまり、囮に主戦力を食いつかせ、動けない間に戦力を減らした相手の急所である要塞を落とす。


 当然引き返して来るだろうが、どちらにしろ主導権を取ることができる。

 この場合要塞は攻略するのは難しいが、戦力を減らせる。


 そうすれば落としやすくなる……コボルト達はそう判断していた。



「いい仕事ね。ここを落とせば北東部の戦争も終わったようなもの」

「は、はい。ですが、時間は限られています。三日……いや、二日が限界かも」

「わかっているわ。ここからは私達の仕事」



 カロリーネは表情を引き締め、部下達を見回す。


 今回、彼女は『コモンスヌーク』や周辺集落から戦えるものを根こそぎ連れて来ていた。オークが20名、ゴブリンが200名、コボルトが20名……彼女が用意出来るほぼ全軍である。



「私の好きな展開ね」



 小さく彼女は笑う。時間を置けば攻めている者達が戻ってくる。

 その間の僅かな隙を突く、一気呵成の短期決戦。


 失敗した場合の手も考えられている。そちらも短期決戦だ。


 コボルト達が考えた作戦のうち幾つかを採用したカロリーネは、この日のために戦うことを我慢してきていた。ようやく、その我慢が報われると彼女は喜びに身を震わせる。


 強敵だとカロリーネは考えていた。

 部下のコボルトは二日と予想していたが、彼女は楽観視していない。


 そして、そんな相手だからこそ楽しいと考えている。



「じゃあ、あの要塞を落とす準備をしましょうか。本当に大丈夫なの?」

「は、はい! 水深は浅いし、幅も狭いので……計算では」

「よし、全員。配った袋に土を入れなさい!」



 まず一つ目の準備はハリアー川の水を引いた堀への対処。

 橋ではあまりにも足場が悪く、また落とされればまた準備をし直さなければならない。


 そこで大きめの袋を無数に準備し、堀を埋めて道を作るということを考えていた。

 これならば橋のように落とされる心配もないし、足場も狭い木の上よりはましである。


 袋だけであれば軽くて持ち運びがしやすいのも大きい。



「楯隊は埋める者を護る。逃げては駄目よ」



 二つ目に準備したのは前を見るための穴を空けた大きめの楯である。

 これにより危険な堀の側での作業の被害を減らす。


 この楯は戦争を直接見ていたカロリーネの案だった。



「あれの準備も進めておきなさい……さて、防ぎきれるかしら?」



 そして、三つ目の準備を指示し、カロリーネは不敵に笑う。

 絶対にウィペット要塞を落とすと誓いながら、自分が予測もできない善戦をしてくれることに期待をしている。矛盾しているとは彼女はちらりとも考えない。


 それが最も彼女がやりたい戦いなのだから。



 第三次になるウィペット要塞防衛戦が始まる。

 モフモフ帝国にとっては予想外の……そして最悪の形で。





 


────ラビットトラップ作戦について



 第二次ウィペット要塞攻防戦に勝利したモフモフ帝国は北東部を守護するハイオーク、カロリーネを打倒するため作戦を練っていた。

 モフモフ帝国が直ぐに攻勢に転じることが出来なかった事には三つの理由がある。


 第一に激戦による戦力の減少。

 第二に物資の減少。

 第三に純粋な戦力の差。


 これらの条件を対等にするまで攻勢に出ることは自殺行為であり、『サーフブルーム』もハイオーク、コンラートに占拠されたまま我慢するほかなかった。


 これら三つの条件が満たされた頃、コンラートのオーク族本国への召還という大事件が発生する。この事により、ウィペット要塞司令官『剣聖』キジハタは北東部の完全奪還を決意する。


 一方でハイオーク、カロリーネはウィペット要塞を攻略するべく前線基地を構築。

 まずは後顧の憂いを断ち切るべく、これを落とすべく作戦が立てられた。


 本来この作戦はモフモフ帝国が罠を仕掛けるという意味合いで名付けられたが、この拠点そのものが罠であり、結果として我々の方が相手の罠に掛かってしまうことになった。


 相手の作戦は敵本拠『コモンスヌーク』のコボルト族が考えたものであり、我々自身がコボルト族の恐ろしさを思い知る事になったのである。



『モフモフ帝国建国紀 ──反撃の章── 二代目帝国書記長 ボーダー著』





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