第二十話 戦争の風
時は流れ、モフモフ帝国に収穫期がやってきた。
作っている作物は保存の効く芋類が多く、味はそれ程良くはないが、食料を安定供給できるという点では役立っている。
また、他の作物の栽培の研究も勧められていて、今年からは実験栽培された野菜や果物など、僅かながら彩りも考えられ始めていた。
それらの特典には現在、殆どが最前線の戦士達が預かっている。
研究用に残したりはされているが、それが戦わない者達の総意であった。
「これは美味しいですね」
「うーん、俺には甘すぎるから、お前が食え」
「えーいいんですか?」
「タマさん、シルキーばかり贔屓ですねい。私も欲しい!」
「俺はハルガスの実みたいな辛いのが好きなんだよ。落ち着け! わけりゃいいだろ」
会議室でも試食会が開かれ、タマがシルキーに苦手な物を押し付けようとして、クーンから非難を浴びていた。
彼らや他の戦士達の感想は、報告書にまとめられて農業の政務官に渡される。
これも一応彼らの立派な仕事なのである。
軍議中の会議室には実験で作られた果実の甘い香りが漂い、タマと同じく甘いものが苦手なキジハタは顔をしかめていた。
だが、タマと違って真面目な彼は報告書に詳細を書くべく、黙って果物をかじっている。
「拙者には見当も付かないが……このような物に意味はあるのか?」
クレリアは止めなかったことから、意味はあるのだろう。
そう考えながらも、あまりの甘さにキジハタがぼやく。
「美味しい食べ物があれば幸せじゃないですか?」
「せやせや」
そんな彼とは違い、女性陣は幸せそうに果物を頬張っている。
「ま、本気で美味いんなら取引にでも使えるんじゃねぇか?」
「ふむ。拙者達の武具にこれがなるわけか……」
少しだけ齧った果物をキジハタは感慨深そうに見詰める。
「そんなに嫌なら私達に下さいよ」
「せやせや」
「馬鹿者。これも仕事だ。軍議を始めるぞ」
食い意地の張った彼女達をキジハタは叱り、シルキーに作戦の説明を促す。
シルキーは表情を切り替え、地図を指し示した。
「カロリーネはウィペット要塞から半日くらいの場所に、前線基地を構築しています。彼女自身がその防衛に当たっているため、それを邪魔するのは難しいかもしれません。これは非常に厄介です」
「何だかあいつらしくねぇなぁ」
カロリーネの性格を良く知るタマは腑に落ちないと腕を組んで唸る。
良くも悪くも単純なサバサバした性格で、こういう地道な攻め方には向いていないはずと彼は考えていた。
「どうもここに物資を運び込んで、攻めるための準備をしているようですね」
「どんな準備をしているかは?」
「警戒が厳しくて、内部までは確認できんらしい」
ヨークがいない時の諜報担当であるクーンは困ったように目を細める。
情報は少ない……だが、北東部の拠点をウィペット要塞しか保持していない以上、ここを落とすつもりであることは、容易に想像が出来ていた。
「ふむ……」
「前の手を使うのは難しいかもねい。こちらの戦士が何名か彼女に捕まり、話をさせられたそうだし。前回の戦いに付いては詳しく知ってるはず」
「ならば、この要塞の攻め難さも相手は知っているだろうな」
キジハタの言葉に全員が同意するように頷く。
同じハイオークであるアードルフが敗死しているこの要塞を甘く見る……ということは、流石にありえないだろうというのは共通認識だった。
それでも、侮って無策で攻めてくる……そんな相手なら頭を悩ませる必要もない。
だが、カロリーネはそんな相手ではないと全員が考えていた。
タマを除いてカロリーネをよく知らない幹部達は、一人で物見遊山のように偵察に来るカロリーネを全く理解出来ず、かなり警戒を強めていたのである。
「もう一つ重要な情報。こっちは朗報かな?」
「どういう情報だ?」
「コンラートが本国に戻ったらしいんよ」
「この状況で? 罠ではないか?」
両手を広げてわからないとクーンは肩を竦める。
皆が真偽を悩む中、一人だけ納得したように頷いていたのはタマだ。
「有りうるぜ。フォルクマールなら」
「どうしてだ?」
「嫉妬だ。男女の関係ってなやつさ。オーク族では有名なんだぜ?」
タマは笑いながら手の平で顔を覆い、シルキーは嫌そうに顔をしかめる。
「えー……そんなのあるんですか?」
「シバ様と違って人気は無いからな。ま、用心しつつ調べるってとこじゃないか?」
「あ、はい。そうですね。彼がいないなら北東部を抑えることは不可能じゃないです」
具体的には……と、シルキーは説明を続ける。
「今のままでは自由に動けないので、前線基地を何とかする必要があります」
現状のウィペット要塞は喉元の剣を突きつけられている状態である。
これを放置して『コモンスヌーク』を落としに行くことは出来ない。
「そこで、これを攻め落とし、逆に我々の拠点として利用します」
「ほう……」
「勿論攻めるのは相手の戦力をしっかり確認することが前提ですが」
第二次ウィペット要塞攻防戦で降伏した者達のうち、半数はある程度の戦力化に成功しており、本国からの援軍も期待できるため、現在、北東部に置ける戦力差は縮まっていた。
カロリーネが攻めてくる時、どの程度の戦力で攻めてくるか。
余力を持たせるか全力で来るか。
こちらから攻めるという選択肢を考えるとき、この情報が最も重要だった。
「要塞から動かない。そう考えられてしまうのも困ります」
「ふむ」
「だがよ。カロリーネはどうすんだ?」
「はい、それも考えています」
タマの疑問にシルキーは数種類のパターンにわけて説明する。
シルキーの意図はこの攻撃により、可能な限りの敵戦力を削り、継戦能力を無くさせた上で中小集落を降伏させ、拠点である『コモンスヌーク』を包囲するというものであった。
「ゴブリン達の強さは相手よりも上です。数でも勝れば森での乱戦は優位に立てます」
彼女はそう結論づける。
森での戦いは、戦力の集中が困難であるために個人の強さが大きく影響する。
臆病であり、集団戦を得意とするコボルト達には不利な戦場であるが、彼等が助力に徹し、ゴブリンが前衛を務めることで同数くらいなら勝てるとシルキーは計算していたのである。
「今回はタマさんは留守番です。よかったですね」
「おいおい、何でだよ」
「コンラートに対する抑えです。サーフブルームみたいになると困りますから」
苦々しい顔をしてタマが「なるほどな」と呟く。
そんな彼にシルキーは勝ち誇ったように胸を張った。
「毎回タマさんばかり危ない目にあわせちゃいけませんしね」
「やれやれ、ちゃんと上手くやれよ?」
「当然です。作戦名は……どうしましょう」
呆れるタマを無視して、シルキーが全員に確認する。
「先程の説明では、相手に罠を仕掛けるとのことだったな」
「はい。単純なものですが」
「作戦名は『ラビットトラップ』で行こう。相手は美しい女性らしいからな。まあ、作戦名にこだわる必要性はない」
キジハタが軽い調子で提案し、前回の反省から全員が苦笑しながら頷く。
「だがよー。あれは兎なんてもんじゃねぇよ……とびっきりの猛獣だぜ」
「わかっている。油断はしない」
表情を引き締めてキジハタは頷き、全員で作戦の細かい詳細を詰めるために話合いを再開した。
ささやかな休息の時は終わりを迎え、再び戦いが始まる。
この時、モフモフ帝国の幹部達はオーク族の変化には気付いていない。
オーク族も敗戦から学び、変わろうとしている。
これまでの原始的な戦いから一歩進んだ本物の『戦争』。
その第一歩目となる激戦が始まろうとしていた。
それに気付いている者はこの時点では誰もいない。