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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第十七話 それぞれの戦後




 激しい戦いを続けていたウィペット要塞の近くでは、その戦況を見つめる三名の姿があった。二人は楽しそうにそれを眺めており、残る一人は深刻そうに見詰めている。


 コボルトリーダーのバセット、彼女の主であるハイオーク、コンラート。

 そして、北東部のもう一つの拠点、『コモンスヌーク』の主であるカロリーネは、アードルフとモフモフ帝国の戦いを観戦しに来ていたのである。



「ちょっとちょっと! 何が起こったの?」

「これは驚いたな。まさかこんなことが」

「楽しそうですね」



 カロリーネは興奮しながら隣にいるコンラートをガクガク揺らし、大はしゃぎで一気に戦況が変わった戦場を指指していた。そんな彼女をバセットは冷めた目で見詰めている。


 彼等の目の前では戦いが佳境に入り、背後からゴブリンとラウフォックスが襲いかかっていた。このような戦い方は彼らの知らない代物だったのである。



「篭っているだけの退屈な戦いだと思っていたが……全滅だなこれは」

「初めから狙っていたのかしら」

「バセット。どう思う?」



 背の高いハイオーク二人の腰くらいしかないバセットは、少しだけ考えるように俯いて、しばらくしてから顔を上げる。



「ラウフォックス族に彼等が近づいていることは私も掴んでいました。直ぐに現れなかったのは時期を待っていた……いや、手薄な『サーフブルーム』を落としていたのかも……」

「狙っていたのは間違いないということか」

「はい」



 バセットは頷く。

 カロリーネはそんな彼女の頭に手を置いて、感心するように驚いていた。



「賢いわねーその子、やっぱり私にくれない?」

「駄目だ」



 一言で断り、コンラートは食い下がるカロリーネを無視して、戦場を思いを馳せるように薄笑いを浮かべながら見つめる。



「攻撃を受けながら手薄な場所を落とし、更に後ろから攻めるか」

「恐らく一戦目で、守備に徹したのもアードルフの油断を誘ったのでしょう……ですが」



 バセットは冷静に続ける。



「成功させたのは見事ですが、危険な作戦です」



 彼女はその理由として、情報が漏れた場合には各個撃破される恐れがあり、逆用される恐れがあることを上げた。



「弱い奴なりの戦い方ってわけだ……アードルフは死んだか……」



 ウィペット要塞から剣戟の音が止み、やがて大歓声が上がる。



「アードルフ……本当に負けるなんてね」

「わかったろ。奴らの強さが」

「ええ、認めるわ。惨敗もいいところだしね。面白い」



 カロリーネは美しい顔に獰猛な笑みを浮かべ、要塞に視線を向けた。

 戦うことが楽しみで仕方がないといったように。


 コンラートも血が騒いでいたが、彼女ほどではない。

 彼の戦いたい相手はここにはいないからだ。



「さて、バセット。チャガラに連絡しろ。『サーフブルーム』を奪還する」

「……放っておいて良いのでは。どうせ奴らに維持は出来ませんし、維持をしようとすればこちらが有利になります」



 冷徹なバセットの意見を聞くと、コンラートは笑った。

 彼もそれくらいの計算は出来ている。



「わかっている。だが、負けっぱなしだと舐められるからな」

「考えがおありなのですね」



 バセットは主であるコンラートに頭を下げ、去ろうとして……コンラートに呼び止められる。



「お前がもし、うちの魔王候補ならどうする?」

「エルキーなど無視して、全軍……全力でモフモフ帝国を潰します。なるべく早期に」

「なるほどな。行っていいぞ」



 今度こそバセットは去っていく。



「ま、現場を知っている俺達ならそうなんだがな」



 コンラートは目を細める。情勢は楽観できるものではない。


 アードルフが死んだ事でオーク族はモフモフ帝国を明確に敵と考えるようになる。だが、オーク族の魔王候補、フォルクマールは思い切ったことをしないだろうと彼は考えていた。



「だからこそ、面白くなる余地もあるか」



 そう笑うと彼もまた、戦場へと向かうためにバセットが去っていった方向にゆっくりと歩いていった。




 ウィペット要塞の医療所では、この戦闘での負傷者の手当を行うため、看護隊の制服である白服のコボルト達が忙しそうに走り回っている。


 元々敵であった降伏した者達の治療もしなくてはならず、彼等にとっての戦争はどちらかというと始まったばかりといったような様相を示していた。


 だが、戦闘そのものは終わっているため、負傷者達には安堵の空気が漂っている。

 そんな中、包帯でグルグル巻きにされた白い毛並みのコボルトは一人、不機嫌そうにシートに横たわっていた。



「マルさん。僕達勝ちましたよっ!」

「そうか……」



 見舞いに来た黒い毛並みの少年、グレーの顔を見ず、彼は短く答える。



「アードルフはどうなった?」

「キジハタ様が一騎打ちで打ち取りました。格好よかったなぁ」

「何! どうやって、あの化物を?」



 マルは倒せたとしても集団で取り囲むしかないと考えていた。

 それが自分達と同じく、強さに恵まれないゴブリンが一人で倒していたことを知り、驚きで思わず立ち上がりそうになる。



「だ、駄目ですよ! マルさん……ざって槍をかわしてガッと剣を突き刺したんです」

「お前の説明はさっぱりわからんな」



 身体を動かして説明するグレーに、シートに寝転び直したマルは苦笑する。



「グレー。俺は勝った気がしねえよ。俺の弓は全然効かなかった」

「でもあの時もアードルフは逃げたじゃないですか」

「それが精一杯だった。だが、キジハタはあいつを仕留めた」



 コブリンはハイオークに勝利した。

 ならば、コボルトも……出来るのではないか。


 マルは感触がない左手にそっと手を置き、目を瞑る。



「だが……もう、怪我で俺は弓を使えん。死んだほうがましだな……」

「マルさん……」



 正確無比の射手であるマルは左手が殆ど動かなくなっていた。

 オーク族を恨み、敵を倒すことを生きがいとしていた彼にとって、これは死んだ事と同じである。


 老け込んだように見えるマルを慰めるように、勤めてグレーは明るい声を出しておどける。



「で、でも! ほらえっと……どうやったら僕達でも一発でハイオークを倒せるんですかね!」



 慰めるつもりで、まずい発言をしてしまったと気付き、少年のコボルトはあわあわと慌てる。だが、それを聞いたマルは、驚きの表情で彼を見ていた。



「おい、グレー……お前なんて言った?」

「あわわわ! ごめんなさい!」

「怒っちゃいねえ……頼む! もう一回言ってくれ」

「え……どうやったら僕達でも一発でハイオークを倒せるんですかねって」

「そうか……そうか……そうじゃないか……くくくくっ……」



 マルの瞳に『狂犬』と呼ばれていた頃の憎悪の色が戻り、表情にも生気が戻る。



「まだ終わってねぇ……俺に弓はいらん……あんな弓じゃどうせ奴は倒せねえ」

「えええー! じゃあ、どうするんですか?」

「そう。それだ」



 彼はしばらく考えるように髭を弄っていたが、手を一つ打って笑う。



「コボルトでもハイオークを一撃でぶち殺せる武器を作ってやりゃいい」

「そ、そんなことって可能なんですか?」

「わからねぇ。だが、クレリア様なら何か知っているかもしれん。くくっ……絶対に作ってやる。例え誰も知らないものでも俺が……絶対に! その時コボルトは……」



 グレーには何が何だかわからないが、マルが元気になったことに安心の息をこっそりと漏らす。何だかんだで彼はマルに世話になっていたし、弓の腕は尊敬していたのである。



「じゃあ、静かにして、身体を治してくださいね」

「ちっ、わかってら。つくづくお節介な子供だな」

「僕はもう大人です!」



 そこはしっかり主張して、グレーは医療所を後にする。

 彼の適当な言葉が未来に引き起こした結果を今の彼は知る由もなかった。





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