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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第十六話 ウルフファング作戦 後編




 夜が開けると両軍は堀と柵を挟んで睨み合っていた。

 冷たい朝の空気もこの場では両軍の熱気で温まっている。



「昨日よりは随分少ないな」

「相手の被害はこちらより多いです。でも、被害はこちらも」



 目を細めながら相手を見詰めているタマの呟きに、側にいたシルキーが答える。

 視線の先には切り倒され、幾分すっきりした森が広がっている。



「今度は何を企んどるのかねい」

「無策だと嬉しいんだが……そんなわけねーわな」



 代理の要塞司令官であるクーンの表情は厳しい。

 昨日の戦闘終了後、要塞から離れた森の中では遅くまで木を切り倒す音が響いていたからだ。それは、乗り込むための橋を作るのもあるだろうが……。



(前は失敗した後、戦力を集中した。昨日は集中した戦力を囮に端から攻めてきた。今度もなんか考えている可能性は高い)



 クーンはそう考えていた。無論、他の二人も同様である。


 要塞は設計としては非常に防衛向きに考えられてはいるものの、実際に使用するのは今回で二回目。攻撃側よりは要塞に関して熟知しているとはいえ、相手が取ってくる行動を一つ一つ予測するのは困難なことだった。


 現状はモフモフ帝国側が優勢に立っているが、それは薄氷のものである。

 帝国の弱点……それは圧倒的な強さを持つ者が少ない事にあった。


 それを補うために彼等は一人一人の強さを底上げしているが、あまりにも相手が強すぎると、どうしようもない……というところがある。



「今、本当に姐さんの凄さを実感してるぜ」

「せやね」

「ですね」



 今より不利な状況から勝利を、彼らから見れば簡単そうにもぎ取った自分達の上司を思い出し、三人は揃って溜息を吐いた。




 一方、攻め手のアードルフも余裕があったわけではない。

 数十名の手駒が一日で減らされており、これで落とすことが出来なければ、彼は自身の破滅に繋がることを把握していた。オークも数名命を落としている。


 良くも悪くもオーク族は実力主義だ。

 魔王だけではなく、他のハイオークも無能には厳しい。


 だが、彼は落ち着いていた。

 周りの部下が見れば不自然なほどに。


 怒気もなく、憎悪もない。

 個人や種族への好悪の情は当然残っていたが……。

 それ以上に強者と闘うことへの喜びと、純粋な闘争心がそこにはあった。



「アードルフ様。準備が出来ました!」



 部下のオークリーダーからの報告にアードルフは満足そうに頷く。

 彼は今までにない困難を楽しんでいた。


 だが、当然ながらアードルフ以外の者は楽しむ心境にはなかった。

 低い段差、狭い堀、簡素な柵……それだけなのに、何度も攻撃を弾き返すその要塞に対して、恐怖を感じ始めていたのである。


 しかし、部下達はハイオークであるアードルフに逆らうことは出来ない。

 意見すらも出来ない。


 絶望的な気分で戦士達は要塞を見上げていた。

 攻め始めた頃にあった熱狂は既にない。


 彼等に出来るのはアードルフが要塞を落としてくれることを祈るだけだった。




 両者に大きな差があるとすれば、それは戦争への希望の有無だろう。

 そこには明確な差が両者にはあった。


 既にモフモフ帝国の三人の指揮官は既に持ち場へと戻っている。

 中央で敵を待つタマは強い風に毛並みを乱されながら、真っ直ぐに相手を見据えていた。



「さて、やっぱ俺んとこか。全員、来るぞ! コボルト弓兵構え! ……そう来たか」



 これまでバラバラに橋を掛けてアードルフは攻めて来ていた。

 そうやって空けた穴から侵入し、要塞を落とそうと図ったのだ。


 この場合守備側としては穴から入ろうとする相手を叩き落とすだけでよかった。

 射手も左右から狙いやすく、相手一名に数名で戦っている状態になっていたのである。


 今度は少し様相が異なる。

 全ての木を中央部に固め、一つの大きな橋を作ったのである。


 それは他を捨てて完全に中央を突破する事を狙っている事を意味していた。



「おい! 杭を用意しておけ! 相手を中に一人も入れるな!」

「了解!」



 タマは激を飛ばし、それに応じる威勢のいい声が周囲から上がった。

 更にそれをかき消す程の声を上げながら、相手の全ての戦士達が中に入らんと必死に駆ける。


 昨日と同じように射手の援護を受けながら、帝国のゴブリン達は奮戦し、相手のゴブリンを懸命に退けていた。


 しばらく戦いは防衛側有利に進み、膠着するかと思われたその時、アードルフ達の本陣から地を揺るがすような轟音と共に、歓声が上がる。



「む、様子が……まじか。杭は中止だ! 全員避けろっ!」

「おらおらおら! どけどけっ!」



 激しい音と共に中央の柵と逃げ遅れた者を強引になぎ倒し、土煙を上げながらオーク達が中に転がり込む。

 彼等は太い木に縄を括り、持ちやすくした上で力の強いオーク達でそれを抱えて突っ込んできたのである。その威力は杭など問題にはならない。


 タマは完全に意表を突かれていたが、咄嗟に思い付いたことを笑いながら叫んだ。



「またお前か、ルートヴィッヒ。今度こそ……」

「お前ら! うははははははっ! 戦士達よ! 敵が罠に掛かったぞ!」



 適当である。だが、彼の戦場全てに届く力強い笑い声を、敵も味方も多くの者が信じた。

 アードルフも一瞬、動きを止め、注意深く左右を見渡す。彼の部下達も同じだ。


 強引な侵入した後、帝国側の戦士達が混乱している一瞬。

 その短い時間的優勢を利用することにアードルフは失敗したのである。


 そして、タマの嘘で生じた隙をクーンとシルキーは活かす。



「ゴブリンは中央に加勢! コボルト弓兵隊は第二防衛線へ! 上から矢の雨を降らせ」

「ゴブリンは中央に加勢です。挟み撃ちにしなさい。コボルト弓兵隊は半分はゴブリンの援護! 半分は上からです。奴らに止めを刺します!」



 要塞の左右を守っていた彼女達は自分達の受け持ちに敵が来ないことを判断すると、状況を一瞬で見極め、中央に来る敵を挟み撃ちにするための指示を出した。



「降伏しろ! 武器を捨てた奴は助ける!」

「はったりだ! 押し切るぞ。やるな……ルートヴィッヒっ!」



 アードルフが空けた穴から次々と後ろからゴブリンは入ってくるが、入り乱れる無秩序な戦闘にはならず、効果的な援護を受けながら闘う帝国のゴブリン達に次々に打ち取られていく。


 オークも同様だ。オークリーダーの二名は生き延びているが、それ以外は対オークの訓練を積んでいるゴブリン達に打ち取られていく。


 アードルフはそんな状況でも臆さずに戦っているが、焦りの表情は隠せなかった。



「エリク、クラウス! 俺の背後をなんとかしろ。俺はルートヴィッヒを殺る!」

「は、りょ、了解!」



 降り注ぐ矢の雨を諸共せず、彼は戦い続ける。

 数本の矢を受け、それでもゴブリンの援護を受けるタマと互角以上の戦いを演じ、味方の士気を上げていた。



「ぐぅ……く……やっぱ洒落にならんな」

「くくっ! 面白いぞお前。殺すのが惜しいな!」



 このまま続けばアードルフは強引にタマを突破したかもしれない。


 昨日のうちにこの作戦を取っていれば。

 いや、そうでなくとも、もう少し早く決定的な差が出来ていれば。


 この先の結果は変わっていたかもしれなかった。

 そんな僅かな差。


 タマが相手の腕の負傷と引き換えに鋼鉄の槍を落とし、アードルフが勝利を確信した瞬間……彼等の後方で爆発が起きた。アードルフ側の戦士達の全員が味方しか居ないはずの後方を振り向く。

 その隙にタマは近くのゴブリンから、予備の槍を受け取り、安堵の息を吐いた。



「大変です! アードルフ様! 後方からも敵! ラウフォックス族です!」

「間に合ったか……キジハタの旦那。よっしゃ! 包囲したぞ!」



 押され気味だったタマの側の戦士が勢いを盛り返し、完全に立ち直る。



「な……何が……何が起こっている」

「旦那がお前の本拠地、『サーフブルーム』を陥落させたんだよ!」

「馬鹿なっ!」



 何本矢が命中しても、いくつ傷を負っても、不利に陥っても動じなかったアードルフの表情に困惑の色が広がる。その間にもキジハタ率いる精鋭は後方から襲いかかっていた。



「駄目です! あのゴブリン達は……止められません! つ、強すぎるっ!」

「魔法が……弓が……どうすれ……ぎゃああぁあぁ!」

「武器を捨てた奴は命を取らない! 武器を捨てろ!」



 唖然とし、完全に立ち尽くしているアードルフを見た部下達は次々に武器を捨てて行く。

 ただでさえ低かった士気は完全に崩壊し、要塞の外の者は四散したが、要塞内の者は逃げ場も無く慌てて武器を捨ててしゃがみこむ。



「アードルフ殿」



 タマとゴブリン達、そしてコボルトの弓で傷だらけになっているアードルフの前に、一匹の背の低い血まみれのゴブリンが立つ。

 コボルト達の射撃は止み、生き残っている全ての者が武器を捨てている。



「決着は付いた。貴公には降伏しろとは言わん」

「賢明だな」



 キジハタは赤く染まった……それでもなお輝きを失わない剣を真っ直ぐに彼に向けた。



「拙者は『剣聖』キジハタ」

「……よく覚えてるぜ。変り種。まさかお前一人で殺るってか?」



 憑き物が落ちたかのように、穏やかな表情でアードルフは笑う。

 長年の友人と再会した。そんな笑みだった。



「ルートヴィッヒといい、お前といい、お前らの国は戦りがいがあるな」

「五分の条件で戦いたかったが……お主の片腕、使い物にならんだろう」

「丁度いいハンデだぜ。お前とは本気で戦ってみたかったんだ」



 二人のために、全ての者が場所を空ける。

 言葉を誰も漏らさない。


 静かにお互いの武器を構え合う。

 勝負は一瞬。


 キジハタは相手が動こうとした瞬間、先に距離を詰め、突きを放つ動作と自分の身体を入れ替えるように内に入り、アードルフの心臓を貫いた。



「……く……ごふっ……」

「すまぬな。お主の癖は前に十分見せてもらった」



 剣を引き抜くのと同時にアードルフは音を立てて崩れ落ちた。

 血糊を払い、剣を納め、キジハタは呟く。



「それでも怪我が無ければ突きの方が速かったな。いい勝負であった」

「無茶するぜ。キジハタの旦那」

「許せ。剣士として、ハイオークとは戦わねばと思っていたのだ」



 呆れるタマにキジハタは苦笑しながら頭を下げる。



「ただのゴブリンでもハイオークを破ることができる」

「そんなん旦那だけですぜ」

「拙者は特別ではない。努力次第で誰もがそうなる。まあその話は後にしよう」



 キジハタは武器を捨て、座り込む敵と誇らしげに立っている味方を見渡す。



「狼の牙は敵を噛み砕いた! 我々の勝利だっ!」



 キジハタの宣言と同時に歓喜の大歓声が沸き上がる。

 この日、『サーフブルーム』を拠点とするアードルフの軍勢は壊滅した。


 ハイオークの初めての戦死は、モフモフ帝国を軽く見ていたオーク族の魔王候補に大きな衝撃を与えることになる。






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