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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
二章 反撃の章
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第十五話 ウルフファング作戦 中編2




 ハイオーク、アードルフの攻撃を受けた場所の担当であるクーンは状況を把握すると、タマの支援を利用し、防衛体制を一早く構築し直していた。

 練度と士気に勝る防衛側も数的には不利の状況にあるため、一部の防衛網の決壊が全体の崩壊に繋がる恐れが存在したのである。


 中央部を囮にし、薄くなった場所から侵入してくることはシルキーの予想には入っていない。

 それでも取り乱さず、的確な指示が出来たのは自主的に最善の行動を取っていたコボルト達の存在が大きかった。

 彼等の一部は第二防衛線へと移動し、その他の者は即座に迎撃に移っていたのである。


 もし、それがなければ……クーンは冷汗を腕で拭い、タマに完全にアードルフを任せ、一息吐いてからタマの受け持ちである中央の指揮にあたる。

 彼等も自主的に防衛を続けていたが、急にタマが抜けたことによる混乱が僅かながら起こっていた。それを沈めるためにも彼女は叫ぶ。



「大丈夫。守りきれるっ! そこの石投げとるコボルトさんは走ってシルキーに連絡! 反対側の第二防衛線に弓六移動! 急いで!」

「は、はい~!」



 自身も弓を射ながらクーンは戦場全体を把握するために神経を尖らせ、自分ではハイオークをどうすることも出来ない悔しさを噛み締めていた。



「さて、これで止まるかね……ほんと頼む……」



 ケットシー族に取ってタマは因縁のある相手だ。

 種族のリーダーの一人であるクーンの心中は複雑であったが、一番危険な相手を引き受けてくれている彼を彼女としては認めないわけにはいかなかった。



「後はこちらもか……」



 中央からタマが移動してアードルフを抑えている以上、中央はどうしても薄くなる。

 だが、一番戦闘が激しいのは中央だ。


 大量のゴブリンと巨体を持つオーク達。


 現在は相手の狭い足場を利用して侵入を防ぎ続けているが、一つも気は抜けない。

 そんな状況下の中、アードルフへの抑えとして移動していくコボルト達の背後から、ゴブリンの戦士が何名か中央に移動して来た。



「シルキーが気を利かせてくれたか……頑張らんと」



 自分の場所の防衛よりも危険と判断したシルキーが、ぎりぎりの戦力を割いてくれたことをクーンは理解し、苦笑いしながら気力を振り絞り、敵を射貫く。


 いつ終わるともわからない攻撃を彼女はひたすら凌ぎ続けていた。





「またお前か。ルートヴィッヒ」

「俺もお前の顔を見るのはうんざりなんだがね」



 二人のオークはお互いに似たような表情を浮かべている。

 その周りではゴブリン達がそれぞれの武器を構えており、威嚇し合っていた。


 アードルフの足元には、彼に及ばなかった者達が横たわっている。

 必死に彼等が防戦した証にアードルフも無傷ではなく、小さな傷を幾つも負わせていた。


 タマはそんな亡骸にちらりと視線を向け、一瞬だけ目を閉じて訓練を共にした同士達に心の中で別れを告げる。



「……俺も帝国の民ってわけか」

「わけのわからんことを」



 アードルフは馬鹿にするように死体を蹴り、嘲笑する。

 だが、タマは感情を露にせず、冷静に槍を彼に突き出した。



「あんたにゃ……わかんねえよ」

「弱い奴の考えている事などわかりたくもないな」



 その槍を軽く払い、アードルフはそう吐き捨てる。

 弱者は全て強者に従う。彼は本心からそう信じている。


 彼にとって敗者は価値がなく、ただ、自分の強さを証明しているものであった。


 タマ自身も以前はそれを信じていたのだ。

 だが、彼は今、そのことに明らかな不快さを感じていた。

 

 弱い者が抗う事は本当に困難なことだと。

 そして、それでも諦めずに戦い続けることは尊いことなのだと。


 平和に暮らす子供達の笑顔を見ることは楽しいのだと、彼は学んだのだ。

 それを守るために闘うから……彼自身も槍を振るうことが出来る。



「その弱い奴にお前達は負けるんだよ」

「戯言を。お前だけで何ができる」

「俺だけじゃねえ。周りを見てみろ、お前こそお前だけで何が出来るってんだ!」

「俺がいれば後は問題ないだろ」



 獰猛な笑みを浮かべたアードルフとタマが槍をぶつけ合い、荒れ狂う暴風のような打ち合いが始まった。

 突き、払い、薙ぎ、振るう。


 アードルフが攻撃し、タマがそれを防ぐ。

 モフモフ帝国のゴブリン達は必死にタマのためにアードルフを牽制するが、アードルフ側のゴブリン達は見ているだけだ。


 訓練と士気の差がここでは如実に出ていた。

 それでもタマは押されている。圧倒的な身体能力の差がそこにはあった。



「また、頼るのか。オークの誇りはどうした!」

「そんなもん知らねえよ!」

「死ねっ!」



 ゴブリン達の妨害を面倒そうに排除し、今度こそタマを仕留めるべくアードルフは彼に必殺の突きを見舞おうとして……片手を槍から離して首筋まで上げ、顔をしかめる。


 トスン……と、軽い音を立てて短い矢が彼に突き刺さっていた。

 それを合図に、アードルフ達に矢の雨が降り注ぐ。


 第二防衛線に移ったグレー達の射撃だった。



「首を狙ったか。さっきの目付きの悪い白い犬……生きていたのか」

「よそ見してんじゃねえよ」

「ちっ!」



 隙を狙いタマが攻撃するがそれは巧みに穂先を逸らされる。

 だが、コボルト達の矢は連続で放たれ、それは自然と楯を構えるゴブリンではなく、アードルフに対しての攻撃に集約されていく。


 楯で防いでいるゴブリン達も、タマ達の後ろからのコボルトの射撃もあり、ある者は倒れ、ある者は来た道を戻って逃げていった。



「で、お前だけ残ったがどうすんだ? アードルフ」

「全く役立たずめ……まあいい。次は殺す!」



 コボルト達の無数の矢を必死に弾きながらアードルフは、要塞の外へと引いていく。

 彼の姿が完全に見えなくなると笛の音が響き、敵の攻撃は止んだ。


 相手が完全に引いたのを確認するとタマは地面に大きく息を吐いて座り込む。



「ふぅ……なんとか生き残ったか。次はどんな手でくるのやら」

「生きてた生きてた。悪運強いですね」

「おう、お前も無事だったか」



 やれやれと、疲れた様子で頭を掻いているタマにシルキーは背中から声を掛けた。

 彼は振り向かずに彼女に応え、ゆっくり立ち上がる。



「どうだ? もう一回くらいは来るか?」

「引いてくれたので、橋を落としました。もう昼も過ぎてますし、今日中には来ないと思います。今のやり方だと無理というのはわかっただろうし……」

「そうか……じゃ、死んだ奴を埋めてやろう」

「そうですね」



 仲間達の亡骸を無造作に両手で担ぎ、のそのそと疲れた様子で要塞の内側へと歩いていくタマをシルキーは、言葉にし難い感情を抱きながら見送った。

 そんな彼女に、今回責任者として防衛を受け持ったクーンが声を掛ける。



「ええ判断してくれたな」

「ごめんなさい。勝手して」

「いやー、あれで正しい。本当に助かったわ」



 クーンは元々細い目を更に細め、タマが去っていった方向を見つめる。



「……繊細やねい……情が深いというかなんというか」

「だから、オーク族なのにみんな信用しているんでしょうね」

「シルキーもか?」



 シルキーは苦笑しながらも頷く。

 彼女達は仲間であるコボルト族やゴブリン族が死んでもそこまで悲しんではいない。


 既に生死に関わる感情は麻痺をしているのではないかと、彼女達は考えている。


 弱い者達にとって悲劇は身近であり、明日は自分に起きるかもしれない出来事だから。

 だから、タマの反応は彼女達には理解出来ないことであったが……同時に羨ましさを感じていた。



「私達の種族も未来はああいう気持ちになれるといいですね」

「せやね」



 クーンは短くそれだけ返事をし、片手を上げて仕事に戻っていく。

 やらなくてはならない事は山積みだった。


 この日は結局、アードルフはもう一度攻めてくることはなく、翌日を迎える。

 闘いの決着を付ける時が刻一刻とウィペット要塞に迫っていた。




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