第十四話 ウルフファング作戦 中編
ウィペット要塞を守る者達は相手が相手が弓の対策を取ってくることは予測していた。
彼等が次に考えたのはその対策である。
「よおし、まずは相手の出方に合わせるぞ」
防衛側の背後には抱えられる位の太さの木を、ゴブリン三人分くらいの長さに切り、先端を尖らせたものが何本も置かれている。
「コボルト弓兵隊構え!」
それぞれの部署を守る幹部達の声が響く。
同時に堀を渡るための木の橋が勢い良く要塞に打ち込まれた。
橋を渡された部分の柵が打ち倒され、空いた穴から怒号を上げながら侵入せんと一斉にその上を楯を持った先頭のゴブリン達が駆けてくる。
「撃てっ!」
一糸乱れぬ統率を見せるコボルト達が小さな弓から一斉に矢を放つ。
ががががっ! と固い木に矢があたる音が響きわたる。殆どが防がれているが何匹かのゴブリンには命中し、橋から転げ落ちて堀に落ちた。
同時に避難民達の投石も弓の合間を埋めるように相手に投げつけられる。
「こういう時はオークは目立っていかんわな。中央。木杭持ってこい!」
一番の激戦になるであろう中央を受け持つタマがこの時のために準備している木の杭を戦士隊に命じて用意をさせる。
これは三人で抱えて狭い場所から侵入してくる相手に勢いを付けてぶつけるものだった。
多少高さのある要塞側から使うならば、楯を持っていても効くだろうとの判断である。
「よし。敵に水浴びをさせてやれ! 道を開けろ!」
「おうっ!」
殺傷力は実のところ微妙だ。先が尖っているとはいえ、倒せるのは正面の一名のみ。
重要なのは足場の悪い相手を叩き落とすことにある。
とはいえ、これを扱うには三名必要であり、守備の人数の関係から多用は難しい。
だが、効果は絶大だった。
「げえっ!」
「ぎゃああぁぁぁ!」
要塞に入ろうとしていたゴブリンが三人掛かりで勢い良く突っ込んでくる木の杭を避けて自分から堀に飛び込み、視界が防がれて気付かなかった二人目の腹を抉る。
勢いのままに川に落ちないよう、ウィペット要塞のゴブリン達は前にそのまま木の杭を放り投げ、それに押されたゴブリンやオーク達を堀に落としていった。
「いいぞ。どんどんやれ! 出し惜しみするな!」
自分も鋼の槍で次々とゴブリンを叩き落としながら、タマは戦いの喧騒の中でも届く明るい笑い声を出し続ける。それが狂気と混乱に支配されている戦場で、味方に冷静な行動を取らせることに必要なことであると考えていたからであった。
コボルトもゴブリンもケットシーも本来は臆病なのだ。
精神的な支柱が必要になる……それがクレリアが彼に教えたことだった。
(幹部は何もわからなくとも、どかっと構えておきゃいい……か)
戦場は既に敵味方の争いが激しさを増している。
弓での被害は前回よりも確実に抑えられており、ゴブリン戦士隊とゴブリン長槍隊が連携して防いでいるが、楯を構えているため敵を倒すというよりは叩き落とすことが多く、防いではいるが被害はそこまで与えられていない。
一進一退の攻防は続いていく。
アードルフはまだ動いていない。彼はじっと堀の向こうで、戦局を見守っていた。
「グレー。焦るのはわかる。落ち着け。落ち着いて狙え」
「は、はい!」
コボルト達も嵐のような攻防の中、恐怖を忘れて無心に矢を放っている。
これが二戦目になる弓兵隊の中で一番若いコボルトである黒い毛並みのグレーもベテランの白い毛並みのコボルトの隣で、懸命に戦っていた。
矢は直ぐに手に取れるよう、十本程地面に刺し、さらに大量の矢筒を柵に立てかけている。
彼の担当は端の方であり、激戦区である中央に比べればましではあるものの、近くでは橋を渡ろうとするゴブリンとそれを防ぐゴブリンが悲鳴と血をまき散らす激闘を繰り広げており、必死さは変わらない。
「で、でもマルさん、射たないと!」
「適当に射っても楯に当たる。剥き出しの足を狙うのだよ。よし、星二個目」
正面を向き、無造作に弓を射ちながら白い毛並みのマルと呼ばれたコボルトはふさふさな毛で覆われた口を歪めた。マルの黒い服には黄色い星の飾りが既に7個刺繍されている。
全ての戦闘に参加している彼が倒した敵の数だった。
「……それ良くないですよ」
「ふん。儂等の住む場所を破壊してくれたオークに組みする奴等だ。倒した数だけ仲間が浮かばれるってなもんだよ。お前も俺みたいな狂犬と仲良くしてると干されるぞ」
「僕は狼だから」
「はんっ! お、命中した。やるな」
グレーの放った矢がゴブリンの首筋に命中し、橋から落ちていく。
同時にマルもゴブリンの足に矢を命中させた。
「よし、これで記念すべき星十個目だ……ん……?」
「何かあった?」
弓を射る手を止めたマルに、矢を射ながらグレーは声を掛ける。
「……来やがる。コンラート……あいつと同じ奴だ。嗤ってやがる」
「え……」
「グレー! 走ってタマに報告だ。急げっ! ……あいつは儂のだ……」
狂気の色を瞳に湛え、口元に笑みを浮かべてマルは弦を引き絞る。
グレーはそんな彼の雰囲気に不安を感じつつも走り……そして、持ち場に戻ったとき、そこは戦況が一変していた。
「くくっ……弱い弱い……歯ごたえがなさすぎるなぁ……! くはははっ!」
守備側のゴブリン達が血を流して何名も重なるように倒れ、それを踏みつけるようにしながら何本かの矢が肩や腕に刺さっているのも構わず、アードルフが高笑いを上げている。
その後ろからは何名ものゴブリンが内部に侵入していた。
辺りは一面血の海で、それでも戦士達は彼を通すまいと牽制している。
倒れている中にはマルの姿もあった。
かろうじで生きてはいるようで、肩から大量の血を流しているが背中で這うように後ろに下がりつつ、憎しみに燃える瞳をアードルフに向けている。
「マルさんっ!」
「グレーって言ったか。白いおっさん拾って下がってろ」
長槍をアードルフに向けたタマがグレーに指示を出し、何名もの要塞の戦士達もアードルフが空けた穴を塞ぐために集まる。
その中をグレーは倒れているマルをずるずる引き摺って後方に下げた。
「ま、待て……グレー……突っ立ってる奴らを第二防衛線……あそこに……俺も……」
「マルさんは治療!」
「あそこで治療してもら……う……」
怒りながらもマルが言おうとしていることを理解したグレーは、今いる場所より高い位置にある第二防衛線を見上げ、自分達の近くにいたコボルト達に声を掛け、四名掛かりでマルを抱えながら移動する。
「ちきしょう……当てても怯みもしやがらないとは……力が足りない……」
「それだけ元気なら大丈夫ですね」
運ばれながらマルは呻く。だが、戦意と気力を失っていないことにグレーは安心する。
重症だが生き延びられるかもしれないと。
第二防衛線に辿り着いたグレー達五名はマルの治療を看護隊に任せながら、自分達から見れば下にいるアードルフ達を見下ろす。
「ここからなら……お前ら下手糞でも……狙える」
「こら! 黙って治療されなさい! 死ぬわよ!」
看護隊のコボルトに怒られ、清潔な布の上に寝転びマルは柵の隙間から敵を睨んでいた。
ここにも準備の際に矢や石が置かれている。
「グレー……お前がアードルフを……狙撃しろ。後の奴はゴブリンを……」
「わかった。もう、マルさん寝てて!」
返事もせずにコボルト達はタマを援護するために、指の皮が擦り切れる勢いで矢を放つ。
一番年若いグレーもまた、集中して弦を引き絞る。
黒い毛並みの少年の表情は不慣れな見習いから、戦士のものへと変わっていた。