第十二話 嵐の前
木を切る音、木材を加工する音、オーク達の怒声が森の中を賑やかに響きわたる。
オーク族拠点、『サーフブルーム』では、再びウィペット要塞を攻めるための準備が慌ただしく行われていた。
「何故だ! 何故それだけしか集まらんっ!」
「そ、それが……モフモフ帝国とコンラート様の手が先に回っており……」
「ラウフォックス族は!」
「やつらは中立を守ると……」
立ち上がり、怒りに震えるアードルフに怒鳴られたオークリーダーが恐縮しながら頭を下げる。
現状でサーフブルームに集まったゴブリンは250名。生き残った者と、元々集落に待機していた者や集落から新しく徴用した者、周辺の集落から戦える者を全て掻き集めた結果であり、彼等はもっと集まると予測していたのである。
しかも、本来は戦士として用いない、戦闘に不向きな者まで併せての数字であった。
「コンラートめ。こそこそ何かしていると思えば……それに、あの弓を防ぐための準備も遅れている……おい! コボルト族は! あいつらを動員してやらせろ!」
「それが……コボルト族は残らず、帝国とコンラート様に……」
当然の流れであった。彼の領地で扱いの悪かったコボルト族は、殆どの者は魔王候補のいる帝国へ、残った少数は彼等を罰しないと約束したコンラートに付いたのである。
そのため、『サーフブルーム』に残っていた少数のコボルト達が、ゴブリン達に指示を出して不眠不休で作業にあたる羽目になっていた。
「くそ忌々しい……絶対に皆殺しにしてやる。コンラートもこの戦いが終われば……」
すぐにでも復讐に乗り出したいアードルフだったが、流石に何の準備も無しにあの要塞を落とせるとは考えていなかった。
時間はこうして掛かってはいたが、準備は着々と進んでいたのである。
憎しみと怒りで身を震わせながら、彼はその時を想像し、表情を歪めて笑っていた。
「まあ、そんな感じだ。観察した感じでは後二日といったところだな」
会議室で茶色と深緑の迷彩服を着たヨークが一同に説明する。
この服は彼が探索中、どうすれば見つからないかを考えた結果、自作した服であった。
だが、基本的に質素ながらもお洒落なコボルト達には評判は悪く、実用的ながら評価は二分されている。
「恐らく弓に対する対応もしているな。ご苦労なことだ」
「こちらも準備はしています。色々と」
前回はこのウィペット要塞を落とせると勘違いさせるために、シルキーは落とされない程度に防備の手抜きを行っていた。
だが、今回の防衛は本気である。
守備隊が減る上に、相手の人数が増えるということもあり、シルキーとクーンを中心に戦争の方が楽、と戦士達から悲鳴が上がるほどの準備が行われていた。
「今回は避難民の協力者も募集しています」
「んー、でもそりゃ役に立つのか?」
「基本的には人数を多めに見せるためです……が、戦意は期待できると思います。アードルフに石を投げたい方は沢山いそうじゃないですか?」
要塞の地図を示しながらシルキーが聞き返すと、タマは苦笑いしながら頷く。
「キジハタ様が今回は別働隊を率いるため、要塞側の大将はクーンにお願いします。タマさんは、アードルフと……ヘマするんじゃないですよ?」
「わかってら。任せとけ」
「了解了解。任せてねい」
クーンとタマが自信ありげに頷き、シルキーは微笑んだ。
そして、キジハタの方を向く。
「キジハタ様は最精鋭の剣士隊20名と奪取した『サーフブルーム』に配置する戦士隊5名。計25名を連れて明日、先に作戦行動を開始してください。後は任せます」
「拙者の判断で良いのか?」
キジハタは静かにシルキーを見つめる。
疑問というよりは確認。彼には不安の色はない。
「一番危険な役目です。タイミングを間違えば……私には……」
シルキーは顔を伏せる。彼女とてかなりの時間を割いて考えていたが、戦争は動き続ける。そこまでの自信を持つ作戦を作る事が彼女は出来なかった。
失敗すれば各個撃破されることになる。
キジハタを失うことは帝国にとって相当な痛手だ。
「危険だからこそ、成功した時は大きいということか」
「はい……」
だからこそ、彼女は怯えていた。だが、タマはからかうように笑う。
「馬鹿だな。お前は自信満々にやれって言っときゃいいんだよ」
「な、タマさんに馬鹿って言われるなんて心外です!」
「失敗したっていいんだよ。そんときゃそんとき考える。キジハタの旦那ならそれくらいできるさ」
陽気にタマは「なぁ」と、キジハタを見る。
話を振られたキジハタは、薄らと微笑んで頷いた。
「拙者が美味しい所をもらえるようだしな」
「俺もアードルフの野郎を殺りたいんだがなぁ」
今ではキジハタも軍を率いているが、根本は剣士である。
彼の想いは一つ。
強者とやり合う機会を得ることができる。
作戦に対する不安よりも、その期待の方が大きかったのである。
「最後に作戦名ですが……本当にこれで行くんですか?」
「多数決で決まったろ?」
「そうだ。今更」
涙目でシルキーは苦情を言い、タマと提案者であるヨークが抗議の声を上げた。
「恥ずかしいですよ。もっと可愛いのにしません?」
「おいおい、そりゃねえだろ」
『隠密』ヨークが提案した作戦名は、シルキーが提案した『サーフブルーム奪取作戦』という散文的なものと、どちらが相応しいか口論になり、三対二の多数決でヨークの作戦名が採用されたという経緯があった。
「キジハタ様もキジハタ様ですよ」
「拙者は……まあ、そのなんだ。つい……な」
詰め寄られたキジハタは明後日の方を向いて誤魔化し、クーンはその様子を呆れるように傍観していたが、再び口論に入りそうなのを見て、苦笑して仲裁する。
「まあまあ、決まったものはしょうがないしょ」
「ううー」
唸りながらもシルキーは、しぶしぶと席に座る。
キジハタはごほんと、気まずそうに一度咳払いして全員を見渡し、厳かに告げた。
「明日より、作戦名『ウルフファング』を開始する。各員、奮闘を期待する」
「了解!」
翌日、キジハタは準備を整え、ウィペット要塞を出発していく。
その日は風もなく静かな一日であった。
だが、その翌日には嵐が迫っていることを、要塞の誰もが覚悟を決めていた。
────第二次ウィペット要塞攻防戦までの戦間期について
第一次ウィペット要塞攻防戦終了後、ハイオークの迎撃に成功した北東部司令官『剣聖』キジハタは、その実績を元にアードルフ領の諸部族に対する切り崩しを強めた。
その中で最も重要であったのは狐の一族、ラウフォックス族との交渉であった。
点在する集落の中ではまとまった人数が存在し、戦闘用の魔法を用いることもできるこの部族はこの時、オーク族ともコボルト族とも中立であるという立場を取っていた。
彼等がどちらに付くか。それは、第二次ウィペット要塞攻防戦、通称『ウルフファング』の成功の可能性に関わっていたのである。
ここで交渉の任にあたったのはエルキー族のターフェだった。彼女は中立を強く主張するラウフォックス族に硬軟取り混ぜた交渉を行い、協力を取り付けることに成功する。
これにより、『ウルフファング』は完全な形で進められることになった。
この時彼女はコボルト族に対し、交渉力の向上を計ることを提言している。
コボルト族の弱点である交渉術はこの先、ラウフォックス族とケットシー族によって、磨かれていくことになる。
『モフモフ帝国建国紀 ──反撃の章── 二代目帝国書記長 ボーダー著』