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もふもふ帝国犬国紀  作者: 鵜 一文字
一章 建国の章
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第一話 騎士の誓い(?)



 パシャッ……ポタ……ポタ……。

 小さな水の音が耳元で聞こえる。私は死んだはずでは、とクレリアは困惑しながら眼を開ける。家の中のようだ。さらに薄い毛布の上に寝ていることに気付く。


 帝国の家と違って粗末な作りで屋根は木と枯れた植物で出来ているが、ちょっと丸っこい感じがして不思議な温かみがある気がする。ここはどこだろう。


 魔王領である『死の森』であんな怪我を負った以上助かるわけがない。だけど今、自分は森の中ではなくどこかの家にいて生きている。



「あ、人間さん起きたっ! よかった! 間に合ったんだ!」

「……?」



 仰向けに寝ながら顔だけ横に向けると褐色の肌の清潔そうな白い服を着た、犬のような耳を頭に付けた可愛らしい少年が邪気のない満面の笑みで、桶に入れた布を絞っていた。


 他にも同じような服を着た背が低くてまるっとした二足歩行のわんこが側に並んでちょこんと座り、クレリアを心配そうに見ている。彼女は現状を理解すると……ふぅ……と息を吐いて微笑んで呟く。



「ふ……なんだ、天国か」

「お姉さん、生きてますって! その一応……ごめんなさい!」



 身体に痛みはない。少しだけ身体起こして周りの様子を窺うと、家の入り口には近くに座っているわんこ達が怖々と外からこちらを覗いていた。

 クレリアは何故かびくびくと震えながら謝っている少年だけが人間に近いことを不思議に感じつつも聞き返す。



「何故謝る。私は致命傷だったはず。助けてくれたのだろう? 礼を言わねばならん」

「う……怒らない? 怖いことしない?」



 泣きそうな顔で少年が俯き、近くのわんこ二人が震えながら抱き合う。クレリアは必死に込み上げてくる抱きしめたくなる気持ちを抑えながら必死に歯を食いしばっていた。

 そんな表情を見て、彼女が怒っていると思ったのか、さらに少年が涙目になる。


 自分の失敗に気がつくと、クレリアはなるべく努力して微笑みながら少年を見る。



「私は命の恩人に八つ当たりするような礼儀知らずではない。説明してくれ」

「あの怪我だと絶対に治療が間に合わないから、僕の眷属にしちゃったんです」

「眷属?」



 聞いたことのない言葉に思わず首を傾げる。すると、あわあわとどう言ったらいいかわからずに慌てている少年に変わって、抱き合って震えていたわんこの内一匹がコホンと咳払いをして説明してくれた。見かけによらず低くて渋い声だ。

 ニヤニヤしそうになるのを我慢して真剣に聞く。



「人間殿、魔王という存在はご存知かな?」

「聞いたことはある。魔物達の王だろう。人間には不干渉だと聞いている」



 こくりとわんこが頷く。愛らしいふさふさな小型犬の顔を上下に何度も動かし、彼(?)は続ける。ぷにぷにの肉球の付いた小さな手を大袈裟に振り上げながら。



「本来魔王は魔王を倒した者が引き継ぐのじゃが、今回の引継ぎでは……なんと相打ちになってしまったのですじゃ!」

「ふむ……するとどうなる?」

「魔王になる資格を持つ全族長が一時的に不老となり、魔王候補となるのじゃ。そのうち一つが我らが狼人……対外的にはコボルトと呼ばれておるのじゃが……狼の血を引く一族なのじゃ。そこにおられる若様はコボルト族唯一の上位種、魔王候補にあられる狼の中の狼ですじゃ!」



 クレリアは突っ込みたくなるのを必死で我慢する。冷静冷静……犬じゃない……狼……狼に見えなくも……無理無理。どうみても彼らは犬……しかも愛玩犬……。

 笑わないように力いっぱい拳を握って笑いの波が去っていくまで顔を下に向ける。


 こういうときは、どんな風に考えていても表情には出ない自分の顔に感謝する。

 そんな彼女を見ながら声の渋いわんこの言葉を少年が引き継いだ。



「眷属っていうのは魔王候補の能力で魂の一部を分け与えて、そのなんといいますか、自分の部下にしちゃう能力なんだ。僕の影響が強く出ちゃうし、僕が死んだらお姉さんまで巻き込んじゃう」

「一心同体にしてしまう。君が死ねば私も死ぬということか」

「はい。それだけじゃなくて、お姉さんの身体にも影響が出ちゃってます」



 言われてみて立ち上がり、クレリアは自分の身体を確認する。

 肌の白さはそのままだけど銀色の髪の毛は彼と同じ茶色い髪の毛になり、全体的に細くなっていた。無駄に高かった背も目の前の少年くらいまで縮んでいる。

 胸に手を当てると、ここも小さくなっている。

 極めつけは耳とお尻。耳の位置が頭の上に代わり、お尻には尻尾が付いているようだ。


 これはもしかして私が望んでいた可愛らしい容貌じゃないだろうか!

 彼女はそう感じて嬉しさを隠せずに、少年にお礼の意味を込めて微笑む。



「随分素敵に変わったようね」

「ごめんなさい! 僕もこんなことになるなんて知らなくて!」

「いや、いいんだ」

「許せないかもしれないけれど、僕のできることならなんでもしますから」



 本当に怒ってないのに……そう見えるのかな、と気落ちしながらも何度も謝る少年の顔をまじまじと見る。健康そうな褐色の肌、ちょっとやんちゃそうに見える顔立ち。

 それでいて庇護欲が沸き上がる優しそうな知性を感じさせる蒼い瞳。可愛らしい耳やふさふさの尻尾も好感触だ。ドキドキと胸が高鳴るのを感じる。

 少年は人間ではない。もしかして……。



「君は子供か?」

「え、成人ですが」



 クレリアは眼を閉じる。やった! 私大勝利! と、拳を握り締め、爆発するような歓喜を内心で感じながら、あくまで少年に対してはそれを見せずにじっと彼を見て……そして静かに微笑む。



「私は君を許す。魂をわけてくれたのだ。恨む道理はない」

「あ、有難う御座います!」

「礼を言わねばならぬのは私の方なのだがな」



 心底安心したような笑顔を見せる褐色の少年と、万歳しているわんこ二匹を温かい気持ちで見つめながらクレリアは彼等に助けられたことを神に感謝した。

 同じ種族であるはずの人間といるより心が休まる不思議な生き物……彼等との出会いを。



「若! 仲間達に紹介しましょう」

「ここは……村か何かなのか?」



 可愛らしい高い声を上げたもう一匹のわんこがクレリアの問いかけに頷く。よく観察すると服装が男二人よりちょっとお洒落な刺繍が付けられていた。

 そんなわんこは、少しだけ哀しそうに俯いて言った。



「ここはコボルト族最後の村です。他の村はその……散り散りでみんな大丈夫かどうか」

「何故そんなことに……ああ、戦争か」



 魔王候補とやらは彼以外にもいるのだ。魔王になるために勢力争いをしていてもおかしくない。

 若と呼ばれたクレリアを助けてくれた犬耳の少年は、彼女に申し訳なさそうな……そして覚悟を決めた顔を見せて頭を下げる。



「お姉さんには謝らないといけないんです。またすぐ死んじゃうかもしれない。僕は仲間のために逃げる時間を稼がないといけないんです。僕達は弱いから」



 家の外に出ると粗末な家が立ち並んでいて、渋い声と可愛い声の二匹のわんこと同じ、二足歩行する背が低くてまるっこいコボルト達が、平和そうに生活している。

 族長らしい唯一人間に近い容姿を持つ彼はそんな光景を大事そうに見つめつつ、そう呟いた。


 クレリアはそんな自分と同じ目線の高さになってしまった少年を真っ直ぐに見つめる。

 可愛いだけじゃない……族長としての責任感もある……か。そして可愛い。



「少年。君の名前を聞かせて欲しい」

「え、シバだけど」



 族長であるシバが出てきたからか、ワイワイと辺りからコボルト達が集まってくる。そんな中、彼女は膝を付き、彼の右手を取って軽く口を付け、下から困った顔の彼を見上げる。



「騎士、クレリア・フォーンベルグはシバ様を主と認め、永遠の忠誠を誓う。我が剣と与えられた命は貴方の為に捧げる。貴方を守り……敵がいるならば、全てを打ち破りましょう」

「えっ? えっ?」



 混乱しているシバに微笑みかけ、クレリアは立ち上がると周りに集まっているコボルト達を見渡した。誰一人として自分を特別な眼で見ずに仲間として受け入れてくれているように感じていた。

 魔物とは思えないお人好しさ……それが、この魔王領以外でコボルトが滅びた理由。



「私は戦闘の専門家だ。貴方達に戦う術を教える。シバ様を助ける為に協力して欲しい」



 静かな口調でそう伝えると周りのコボルト達から歓声が上がった。彼らもまた族長であるシバを大切に思っているんだろうと彼女は不敵に微笑む。

 コボルト達はそんな自信に溢れている彼女を尊敬の瞳で見つめていた。



「折角手に入れた私のモフモフ理想郷。誰にも潰させてたまるもんですか」



 そんな彼女の私欲たっぷりな小さな呟きは幸いにも誰にも聞こえなかった。





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